「大分粘ったね。優秀優秀」
目を覚ますと、私は誰かの膝の上に頭を置いた状態で横になっていた。
驚いて体を起こそうとするが、まるで何か薬でも打たれたかのように体に一切の力が入らない。
かろうじて視線を声がした方に向けると、そこには不気味な仮面をつけた金髪の男性がこちらを見下ろしていた。
顔半分を覆うその仮面の下には翡翠のような美しい緑色の瞳が覗いている。仮面に隠されていない部分は整っていて、それだけでこの人が美青年だという事が分かった。
男性は私の顔を覗き込んで薄く笑う。
「名前は?」
「こ……はる」
答えたく無いのに口が勝手に開く。名前を聞いて男性は口の両端を上げて微笑むと、私の頬を長い骨ばった指先でそっと撫でた。
「そうか。僕はここの楼主だ。皆からはそのまま楼主と呼ばれている。小春はここがどこだか分かるかい?」
「わか……らない」
素直に答えると楼主は薄く微笑んで頷く。
「ここは常世の遊郭だ」
「ゆう……かく?」
遊郭と言った? 私は驚いてもう一度起き上がろうとしたけれど、やはり体が動かない。
「君は今、生気が空っぽの状態なんだよ。だから動けない」
「……」
生気が空っぽ? それはつまり死んだと言う事? 視線だけで尋ねると、楼主は困ったように肩を竦める。
「安心して。死んではいない。けれど生きてもいない。生気を満たすにはここで働くしか無い。それが罰を受けた者たちの定めだ」
「ば、つ……禁……足……地?」
それしか思い当たらなくて言葉を紡ぐと、楼主は頷いた。
「そう。君は禁足地に足を踏み入れてしまった。事情は聞いているよ。災難だったね。でもルールはルールだ。君はあの鈴の音が聞こえてしまっただろう?」
楼主の言葉に私はどうにか頷くと、楼主は悲しげに視線を伏せて今度は私の頭を撫でた。
「あれが聞こえた者は許されるまでここで従事しなければならない。そうしなければ君の生気は戻らない」
「そん……な」
好き好んで立ち入った訳ではないのに、こんな理不尽な話があるだろうか。知らぬ間に頬を涙が伝う。そんな私の反応に楼主が困ったように微笑んだ。
「ああ、泣かないで小春。君の事情は僕も分かっているし、同情する者も多く居た。君は酒を振る舞ってくれたし見逃すべきだって声もあったけれど、許されなかった……だからせめて僕は……」
そこで言葉を切って楼主は申し訳なさそうに視線を伏せるが、この人が何を言っているのかいまいち分からない。
「まずは動けるぐらいの今日の分の生気が必要だね。説明はそれからだ」
そう言って楼主は何を思ったか突然上掛けを脱ぐと、動けない私を軽々と抱き上げて部屋の奥にあった布団の上に寝かせ跨ってくると、私の顔の横に両手をついてこちらを見下ろしてくる。
オレンジ色の淡い行灯の光りが楼主の綺麗な金髪に反射してキラキラと光っていた。
「なに……を」
するの? そう言うよりも先に楼主の顔がゆっくりと近づいてきたかと思うと、唐突に唇を塞がれた。
「んむっ!?」
突然のキスに驚いて楼主を凝視するが、楼主は挑発的な目でこちらを見たかと思うと、その目を細める。
「口を開けて、小春」
絶対に嫌だ。そう思うのに、私の体は楼主の言いつけには逆らえないとでも言うように薄く口を開く。
「良い子だ」
楼主はそれだけ言ってまた私の唇を塞ぐと、今度はゆっくり舌をねじ込んでくる。その感覚は今までした誰のキスとも比べ物にならないほど心地よい。
無理やりキスされているのに、私の心はもっと欲しいと叫んでいるようで思わず私はギュッと目を閉じる。
そんな私を見て楼主の方から微かな含み笑いが聞こえてきた。
「気持ち良い? どうしてって顔してる。妖は体液に媚薬を仕込ませてるんだよ。それは本来子孫繁栄の為のものなんだけど、番を持たない者達はこの遊郭でその欲を処理する。だから君がほぼ処女に近くても辛くは無いはずだ」
「&=~@っ!?」
ど、どうしてその事を知っているのだ!
言葉にならない叫び声を上げる私を見てとうとう楼主は声を上げて笑う。
「分からないとでも思ったの? 僕は君みたいな子をそれはもう沢山見てきたし相手にしてきた。今じゃキスしただけで分かるよ」
楼主は笑いながらまた私の唇を塞ぐと、今度はさっきよりも激しく口内に舌を這わせた。歯の裏や舌を擦られるとそれだけで背筋がゾクゾクする。
「ぁ……っふ」
思わず漏れる声を聞いて楼主はまた目を細めると、その長い指で私の頬を撫で、ゆっくりと首筋に這わせていく。
それからブラウスのボタンを一つずつ丁寧に外されていった。
付き合ってる訳でも無い、ましてや今日初めて会った人とこんな事をする羽目になるなんて、思ってもいなかった。
涙がじんわりと頬を伝ったが、これが何の涙なのかは分からない。
そんな私の涙を見て楼主が困ったように眉尻を下げた。
「泣かないで、小春。それにしても……媚薬は効いてるんだろうけど……」
楼主は独り言のように呟く。
私はと言えば不思議な感覚から逃げようと身を捩るけれど、相変わらず体が動かなくて、抵抗する事も出来ずされるがままだ。