楼主は私の唇にもう一度軽いキスをしてくるが、この先の楼主の行動を何となく察した私の息はそれを想像して浅くなる。
「期待してるの? それとも怖い?」
「わか……ない」
だって、こんなにも丁寧にされた事ない。キスだって愛撫だっていつも早急で皆、早くしたくて仕方ないって感じだったのだから。
涙声で言った私を見て楼主は肩を竦めると、唐突に腕を伸ばして私の頭を撫でてくる。
「僕がちゃんと教えてあげるよ。ここでの生き方を」
唖然としながら頷いた私を見て楼主の行為がどんどん先に進んでいく。
それから私は楼主にされるがままになりながら、感じた事のない快楽にただ身を預けていた。
自分の身体が今どうなっているのか、もうそれすらも分からない。
そしてとうとう、その時はやってきた。
最後の瞬間、思わず叫び声にも似た声を上げると楼主も私の上で息を押し殺している。その直後、身体の奥のほうがじんわりと熱くなった。
ハッとして楼主を見上げると、楼主も肩で息をしながら私を見下ろしている。
「どう? 動ける?」
「……え?」
言われて私は指先を動かしてみた。するとさっきまではピクリとも動かなかった指先がちゃんと動いたのだ。
そしてそれに気付いた途端、まるで全身の感覚が蘇ったかのように激しい快楽が怒涛のように押し寄せてきた。
「やっ、あっ、と、止まらない! だめ!!!!!!!!」
突然襲ってきた思いも寄らない激しい快楽に私は翻弄されて、ガクガクと体を震わせる。
そんな私の反応に楼主は動きをピタリと止め、私を膝の上に抱え上げて徐ろに抱きしめてきた。
それでも私の痙攣は止まらなくて制御出来ない体に恐怖を覚え始めた頃、楼主の声が耳元で聞こえてくる。
「大丈夫。小春、息を吸って」
「うっ、はっぁ、ひっ、うぅ」
「うん、上手。もう一度だよ」
「っふ、う……はぁ……ぁ……はぁ」
私の痙攣を止めるためか楼主の手に力が籠る。ピッタリとくっついた肌は汗ばんでいて、まるで吸い付くかのようだ。
ようやく私がちゃんと呼吸が出来るようになった頃、楼主が私の顔を覗き込んできた。
「もう大丈夫?」
「ん……怖かった」
顔を赤くして俯いた私の耳に楼主の笑い声が聞こえてきたかと思うと、楼主は私の頭を撫でてくれる。
「はは! びっくりした。まさかここまでとはね。もう大丈夫だよ。でも店に出るのは少し先になりそうだね。さっきも言ったけれど、もう少し慣れた方が良さそうだ」
「……うん」
店……そうだった……私は遊郭に囚われてしまったのだった。否が応でもそれを思い出して俯いた私に、楼主が甘い声で言う。
「明日からはしばらく僕が相手をするよ。あと、嫌な客のあしらい方も」
「あしらい方?」
「そうだよ。端女郎には低級妖怪が群がる。彼らは時に野蛮だ。格子以上の位であればそれなりの地位がある者達が客になるけど、格子にまで成り上がるのは並大抵の努力では無理だ」
それを聞いて私はジワジワと自分の置かれている状況を理解し始めていた。
「私、本当にここで色んな人と寝ないと駄目なんですか?」
仮面の奥の翡翠の瞳を覗き込むと、楼主は眉を下げて頷く。
「そうだね。それが禁足地に足を踏み入れた者への罰だ。理不尽だと思うだろうけれど、あの大学生たちのようになりたいかい?」
「大学生?」
一瞬何の事か分からなかったけれど、ハッとして顔を上げた。
「あの子たち……あれもあなた達の仕業なんですか?」
「仕業と言われるのは心外だな。彼らは残念ながら鈴の音は聞こえなかったらしい。だから直接罰が下ったんだよ」
「……え」
一体どういう事だろう? そんな事を考えた私の耳元で楼主が囁いた。
「彼らのこれからの人生に用意されていた幸福は全て取り払われた。何をしても彼らの人生にはもう闇しか訪れない」
「……」
それを聞いて私はゴクリと息を飲んだ。天罰というのは目に見えて分かるような物ではないようだ。そしてこの先許される事もないらしい。