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子どもの怪我<3>

 施設の広場に移動した一行は(※ケトは逃亡したためいない)テトリが落ちたという滑り台の前まで来た。


「ここ。このてっぺんから」


 アヌレイの移動魔法で医療室のベッドごと移動していたテトリが指したのは、滑り台の階段を登り切ったところの鉄板の上。

 ではなく。

 落下を防ぐ柵の上を指した。


(こんなとこに乗ったらそら落ちるわ)


 言葉に出したら口が悪いとカルネに怒られるので、アヌレイは心の中でひっそり思った。


「こんな足場の悪い所に登ったの。へぇ、そう。確かここに登るのはきつく禁止しているのに。登ったの。そうか」


 いつの間にやら紫の瞳になっているカルネが静かに言った。


「あ、ご、ごめんなさい……」


 カルネの恐ろしいオーラにテトリは顔を恐怖で強張らせ、そーっと布団の中に隠れた。

 テトリの母親は滑り台の傍に寄ると、眉を潜めた。


「あの、やっぱりそんなに高いように思えないのですが。私と同じくらいの背丈ですし」


 テトリの母親はそう言って滑り台の隣に並んで背比べをした。

 テトリの母親は大体160㎝の身長。

 滑り台の鉄板は丁度母親の顔辺りで、柵の上は大体頭の先から少し上ぐらいだ。


「そうですね。ただしそれは大人にとっては、です」


 カルネはそう言い「まぁ、とりあえず登ってみてくださいな」とにこやかに微笑んだ。


「え? 私がですか?」

「はい。お父さんも一緒に」

「え!?」


 まさかそんなことを言われるとは予想もしていなかったのだろう。

 テトリの両親は驚いて目を真ん丸と見開き、顔を見合わせていた。


「え、えっと……それにはどういう意味が」

「まぁいいから登ってください」


 納得のいっていない母親の言葉を遮り、カルネは2人の背中を押して強引に登らせた。

 2人が鉄板の上まで登ったのを見届けると、カルネは紫の瞳を光らせた。


「さぁ、下を見てください。これが、テトリ君が登った高さです」


 その言葉に従い、テトリの両親は視線を下ろした。


「ひっ」

「なっ」


 母親と父親が、同時に悲鳴をあげた。

 目線から地面までの距離が、予想の倍以上あった。

 優れた武闘家である自分たちでも、身体強化を施さないと骨折は免れないほどの高さ。

 ただの滑り台の上とは到底思えない高さだった。


「嘘、こんな高いはずが――」

「高いんですよ。子どもから見たら」


 悲鳴に近い声色の母親にかぶせてカルネは言った。


「大人にとって高くなくても、子どもにとっては大人の思う高さより3、いや、5倍ぐらい高いと思ってください」

「んな、さすがにそれは大袈裟じゃあ」

「大袈裟すぎるぐらいでいいんです」


 父親の言葉をカルネは遮り、紫の瞳でテトリの両親を見据えた。


「実際、予想をはるかに上回る高さだったでしょう?」


 カルネを見、再び地面を見て父親は息を飲む。

 子ども用の滑り台のため、大人2人が鉄板に乗ると身動きが取れない程足場がない。

 むしろ、足が少しはみ出している。

 それが余計恐怖を増幅させた。


「身体強化をきっちりしないと確実に傷を負うレベル。そこから、テトリ君は飛び降りたんですよ。それがどれだけ危険なことか……わかりますよね?」


 テトリは、この足場よりさらに上の柵の上。

 しかも、足場とは言えない棒の上から飛び降りたのだ。

「こんな高い所から自ら飛び降りたなんて……」


 テトリの母親は目を潤ませた。


 ――ようやく理解してくれたか


 子どもが危険なことをしても、数々の修羅場をくぐってきている冒険者の親はそれが危険だと思わない者が多い。

 親がそういった思考だからこそ、冒険者の子どもたちは危険行為が多い。

 実際に運動神経のいい子どももいるから、平気な者が少なからずいることも厄介なのだ。

 かといって、怪我をすればすぐにこちらの責任と責めてくるか、空想のとんでも理由を展開して押し付けてくる。

 だからこそこちらとしては子どもにとっての危険を親にちゃんと理解していてほしいのだ。


「なんて、なんて――」


 母親は俯き身体を震わせると、滑り台から優雅に飛び降りた。

 そして綺麗な着地をするとテトリの元へ駆け寄り。


「なんて、勇気のある子なのかしら!」


 涙ぐんだ瞳で、テトリの上半身を抱きしめた。


「はぁ?」


 カルネの素っ頓狂な声にアヌレイは吹き出した。

 それを一睨みしてから、カルネはテトリ一家に視線を戻す。


「ああ、流石我が子だ! やはり度胸は他の子よりも人一倍あるな!」


 いつの間にやら滑り台から降りていたテトリの父親が、息子と妻の肩を抱きながら誇らしげに言った。

 カルネが伝えたいことは。

 何も届いていなかった。

 カルネの瞳が怒りで燃え、紫の瞳が赤みがかった。

 テトリは両親に褒められたことから嬉しそうに笑って


「うん、皆で度胸試ししてさ! 皆飛ばなかったから、俺は勇気があるから飛んだんだ!」


 と得意げに言った。


「そうかそうか! やっぱりウチの子は勇気があって強い子だな!ハッハッハ!」

「何が勇気だ」


 テトリの父親の高笑いがピタリと止まった。

 母親とテトリの表情も強張る。

 それほどまでに、カルネの声は三人に重く響き、恐ろしかった。


「それは勇気じゃねぇ。無謀っていうんだよ」


 カルネの瞳が、赤紫に変わる。


「死んだら元も子もねぇんだよ! お前らは人が簡単に死ぬってのがわからねぇのか!」


 声を荒げるカルネの瞳が赤紫に光る。

 その光が、3人を包んだ。


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