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子どもの怪我<4>

 ――――子どもがブランコから飛んだぞ!


 ブランコの前で、人が騒いでいる。

 その人だかりの中心に、赤い水たまりができている。


 ――――着地に失敗して頭を打ったみたいだ。出血がひどい。早く医者を!


 一人が小さな子を抱きかかえて叫んだ。

 テトリと同じ背格好の子どもだった。


「何、これ」


 母親の声が震えた。

 父親は何も言えず息を飲む。

 テトリは、呆然として言葉を失っていた。


 ――――残念ながら……もう息がない。


 駆けつけた医者が子どもに触れるとそう告げ、首を振った。


 ――――嘘、嘘、そんな、そんな……いやああああ!


 ぐったりした子どもと同じ髪色の女性が絶叫した。

 そこで映像は途切れ。

 3人が瞬きをすると、目の前には黒い瞳のカルネがいた。


 ――視覚操作魔法、”霧影”。久しぶりに見たな


 テトリ親子が赤紫の光を帯びた霧に包まれたと思えば、数秒で霧は消え。

 先程まで上機嫌だった親子はこの世の終わりのような顔をしていた。


 ――さて、どんなえぐい映像見せたんだか


 予想以上に面白いものを見れたアヌレイは、腕を組みながら成り行きを楽しそうに見守った。


「あ、い、今のは」


 テトリの母親が怯えた表情で言った。


「実際にあった出来事です。私が昔目撃した現場です。あの時は私も子どもだったので何もできず見ていることしかできませんでした。今ならばブランコを飛ぶ危険性を伝えて止めることができたのですが」


 そう言ってカルネは視線を落とした。


「何故、私達に見せたのですか」


 黙っていた父親が口を開いた。

 その声は、母親より震えていた。


「今のを見て、どう思いましたか?」


 父親の質問には答えず、カルネは視線をしっかり合わせて尋ねた。


「テトリ君と同じ子どもが、あっさり命を失っているのを見て。どう思いましたか?」


 残酷な言葉を平然に述べ、質問を畳みかけた。

 テトリの両親は、言葉を返せなかった。


 ”もしあの子が自分の子どもだったら”


 一瞬でもそう思ってしまったことを認めたくなくて。

 口に出すのも恐ろしくて。

 ぞっと背筋を凍らせることしかできなかった。


「新しいことに挑戦させるのはいいことだと思います。むしろ、挑戦させていくことで学んでいけることは多いでしょう」


 カルネはテトリの両親の目を真っ直ぐ見つめながら言葉を紡いでいく。


「けれど、命を危険に晒すのは挑戦ではありません。自殺を促すのと一緒です」


 ――――例え、大袈裟すぎると言われても。


 それぐらい大袈裟に言わないと理解しない親の方が多い。

 理解していても、心の奥底では”大丈夫だろう”という気持ちが残るものだ。

 特に、危険と隣り合わせの冒険者たちは。

 危険の度合いのベクトルが他と全く違う。


「私は、貴方たちのテトリ君への言葉は、死ねなかったからもう一度自殺しに行け、と言っているようにしか聞こえませんでした。だから、実際に起こった事故を見せたのです」


 子どもに見せるのは確かに残酷かもしれない。

 一生拭えない記憶と恐怖として植え付けられてしまうかもしれない。

 それでも。

 落としてしまう命と比べれば、何百倍もマシなはずだ。

 どれだけ罵倒され文句を言われても。

 カルネは自分が間違っていないと確信していた。


「そんな、そんなわけが!」

「逞しい子に育ってほしいだけだ!」


 自殺、の言葉に真っ青になって二人は反論した。


「なら無謀と挑戦をはきちがえるな!」


 カルネの迫力のある一喝に、二人はそれ以上の言葉は言えなかった。


「テトリ君」


 カルネは、青い表情のまま動くことも話すことも出来ないテトリに視線を向けた。


「テトリ君は勇気があって強い子だということは先生もよく知っています。でも、今お父さんとお母さんに言った通り、滑り台の上から飛び降りるのはとても危険なことです。今回は幸い両足骨折で済んだものの、着地に失敗したら首の骨を折って取り返しのつかないことになっていたでしょう」


 カルネの言葉に、テトリは肩をビクリと震わせ、そっと自分の首に手を添えた。

 恐怖で冷や汗が出て、少し湿っていた。


「けれど、危険な挑戦をしてみたい気持ちもわかります」

「え」


 カルネの口から出た意外な言葉にテトリは吃驚してカルネを見た。

 先程まで恐ろしいほどの威圧を放っていた先生は。

 よく見せる優しい微笑みを浮かべていた。


「挑戦したい時は施設ここではなく、お父さんとお母さんが傍に居る時だけにしてくださいね。一人では絶対にしないと、約束してください」


 そう言って、カルネは額に中指と人差し指を添えてから、ぎゅっと額の前で拳を握った。

<アンファン>独自の、約束の印だ。

 いつも通りに戻ったカルネの様子に安堵したのか、テトリは涙をポロポロと零した。

 そしてすぐに拭って


「はい、約束します」


 と、カルネと同じように約束の印をした。


「お父さんお母さん」

「「はい!」」


 突如かけられたカルネからの声に、テトリの両親はビクっと怯えたように肩を震わせた。


「あー……いや、ちょっと言いすぎましたね。申し訳ありませんでした」


 有名な武闘家夫婦である屈強な冒険者に怯えられ、流石にやり過ぎた、と後悔したカルネは頭を深々と下げた。


「い、いえ、先生の言う通りですし」


 カルネの謝罪に、テトリの母親が慌てて手を振り制した。

 けれど父親は重々しい表情でカルネを見つめた。


「……先生、一つよろしいですか?」

「ええ、どうぞ」


 文句でも罵倒でも何でも来い、とカルネは覚悟を決めて頷いた。

 父親は、大きく息を吸うと、きっと睨むようにカルネを見た。


「危険度が自分たちではわからないときはどうすればいいですか」


 そう言うと、父親は歯を食いしばりそっぽを向き。


「この先、私だけでなく、恐らく妻も子供にとってどれが危険かわからない。さっきだって、あれだけ高い所から飛び降りて危険、ではなく誰にも出来ないことをやったことがすごいと褒めることで頭がいっぱいになっていました。こんな私にわかるわけがない。わかるわけがないんですよ!」


 そう、吐き捨てるようにいった。

 カルネは不思議そうに首を傾げた。


「お父さんは、わからないことをわからないままにするのですか?」


 てっきり、カルネから「そんなの努力してください!」だのと罵倒されると思っていた父親は拍子抜けたように「へ?」と間抜けな声を上げた。


「ですから、わからないことをわからないままにするのですか? 冒険中道に迷っても、わからないままにするんですか?」


 冒険、というワードに父親は「まさか!」と声を上げた。


「そんなわけないじゃないですか。わからなくなれば地図を見ればいいし、地図がなければ通りすがりの人に聞けば―――」


 そこまで言って、父親はハッと言葉を止める。

 その様子にカルネはにっこり笑った。


「ほら、答え出ましたね。わからなければ聞けばいいじゃないですか」


 2人のやり取りに、テトリの母親も「あ、そっか」と口に手を添え驚いていた。


「私でも、他の先生でも。何だったら、同じ年代の子を持つ冒険者じゃない親でもいいんです」


 カルネはいつも張り付ける笑顔ではない、心の底からの笑みを見せた。

 それはとても柔らかく、人の心を安心させる微笑みだった。


「それでわからなかったら、私に八つ当たりしていいですよ。やりすぎの説教をした分責任とってさしあげます」


 そのカルネの言葉は。

 まだ子育てについて悩みの多い2人にはありがたい言葉だった。

 特にテトリの母親にその言葉は響き、テトリ以上にポロポロと涙を零した。


「カルネ先生……ありがとうございます」

「これからもよろしくお願いします」


 頭を下げた母親に倣い、父親も深々と頭を下げてそう告げた。



「無事、トラブル解決だねぇ」


 先程の異様な雰囲気はまるでなかったかのような明るさで談笑した後、テトリ親子がその場から去ってからずっと黙って見守っていたアヌレイが口を開いた。

 動けないのは嫌だというテトリの意向をくみ完全治癒を施し歩けるようにしたため、アヌレイの横には空っぽの医療室のベッドがふわふわと浮いていた。


「でもさ、カルネ」


 アヌレイはにた~と悪戯な笑みを浮かべカルネを見た。


「言葉遣いに関して、私に言える立場かい?」


 その言葉に。

 カルネは「うっ」と目を逸らした。

 問題行動を起こす職員のトップは勿論アヌレイだが。

 実は2番目に多いのはカルネだったりする。


「言葉が荒い、ね~。虐待、ね~」


 カルネの周りをウロウロしながらにやついた笑みでカルネを舐め回すように見る。


「人のことが言えるのかねぇ?」

「そういう揚げ足をとってくるお前が私はすごく嫌いだ」


 楽しそうなアヌレイにカルネがそう噛みついた時。


『カルネ先生。アヌレイ先生。園長室までいらっしゃい。理由は勿論おわかりですよね』


 園長先生の言葉が二人の頭上から降ってきた。


「あー……」


 カルネは、やっぱりか、と頭を抱え。

 アヌレイは顔中に冷や汗を垂らしながら


「一緒にばっくれない?」


 と爽やかに笑った、その時。


『アヌレイ先生、お仕置き増やしますよ』


「今すぐ行きまーす!!!」


 アヌレイは猛ダッシュした。

 その背中を小走りで追いかけながら、カルネはこれからの園長から食らう説教を思い盛大なため息を零した。

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