子どもは好奇心が多い。
けれども何が悪で何が善であるかは全くわかっていない。
教えないとわからない。
それは大人も同じことである。
どれが危険で、どれが安全か。
その良し悪しを教えるのが”先生”の大事な役割でもある。
勿論、危険の少ない場所を提供することも……
「はい、今日は施設の子どもたち全員で
淡々と説明していたカルネの瞳が赤く光る。
刹那、カルネの背後に全身真っ赤な皮膚の巨大なゴブリンが棍棒を持って現れ、大口を開けて鋭い牙を見せた。
「わかるわね?」
カルネが微笑むと、赤ゴブリンが”にたぁ”と気味の悪い笑みを浮かべた。
まさに、鬼に金棒。いや、鬼の先生。むしろ、鬼そのもの、と言っていいだろう。
「「「「はい」」」」
話を聞いていた子どもたちはガタガタと震えながら返事をした。
大人も震えあがるような圧倒的恐怖を纏った圧は果たして保育として相応しいか甚だ疑問だが、アンファンの中でそれを咎める者は、いなかった。
「今日のカルネ先生めっちゃ怖くないですか」
子どもたち以上にガタガタ震えながらケトは隣に立つセレーネに言った。
アンファンにいる子どもの殆どが全員参加のイベントなので、それぞれの部屋担当の先生も総出で行っている。
1歳部屋担当セレーネ(160cm、26歳女性)。同じ部屋の補助であるアロ(158cm、56歳女性)、イデ(154cm、21歳女性)。
対し、1歳の子ども15名。
2歳部屋担当ミナミレ(158cm、31歳女性)。同じ部屋の補助であるケト(170cm、25歳)。
対し、2歳のこども21名。
3歳部屋担当カルネ(165cm、29歳女性)。
対し、3歳の子ども18名。
4歳部屋担当マルメド(155cm、38歳女性)。
対し、4歳の子ども26名。
5歳部屋担当であり主任でもあるツボネ(169cm、46歳女性)。
対し、5歳の子ども30名。
医療室のアヌレイ(175cm、30歳女性)、補助のカンク(176cm、29歳男性)、ナーシェ(162cm、27歳女性)。
先生総数11名、子ども110名。
0歳の赤ちゃんたちは些細なことも危険になりうることがあるので安全のために普段と変わらず部屋の中で過ごすことになっており、0歳部屋担当のタイタン(192cm、35歳男性)、補助のアルキネ(160cm、60歳女性)、ワンダ(146cm、24歳女性)、そして0歳児の赤ちゃん14名は部屋で待機となっている。
ただ、タイタンは特殊能力をもっているため、万が一の時に備えて本日のイベントの流れを把握しており、SOSが来次第動くこととなっている。
そして、子どもの人数に対して先生の人数が全く足りていないので、一人で50名は見れるという超人でもある園長先生も参加している。
「今日のイベント責任は全てカルネ先生だからねぇ。そりゃあピリピリするでしょ」
セレーネはそれぞれの担当部屋の子どもの傍につく先生たちを眺めながら肩を竦めて言った。
「え、全部!? だって今日施設の子ども0歳の赤ん坊以外全員参加じゃあ――」
「そうよ。結界に関してはアヌレイ先生が施してるけど、計画も魔物手配も書類作成も全部カルネ先生」
そう言ってセレーネは本日の計画表をぴらりと目の前に出した。
「一日の流れと時間表、個人個人の動き、年齢別での対処法、トラブルがあった場合のそれぞれの対処法、触ってはいけない物・触らせてはいけない物の注意点、結界内で使える伝達魔法の術式に……」
「うわああ、待ってください、僕の頭がキャパオーバーですぅうう」
個人個人に配られた計画表の内容をすらすらと読み上げるセレーネについていけず、ケトは頭を抱えながら目を回した。
「いやいや、ちゃんとこれ理解しとかないとダメよ? 昨日の朝から配って目を通しておくようカルネ先生も言ってたでしょう。カルネ先生が頑張って用意してくれた分、私達も失敗しないようちゃんと流れを頭にしっかり叩き込んで理解して動かないと」
普段のほほんと仕事をしているセレーネが、きりっと表情を引き締めて言った。
「そ、そうですね。お城から借りている魔物を傷つけないようにしないと、ですもんね」
滅多に普段見せないセレーネのキリっとした雰囲気の変わりように、ケトはただでさえいつもとは違う施設の空気もあって青い顔で震えながら頷いた。
施設に来て丁度3ヶ月目のケトにとって、<アンファン>で初めてのイベント。
”魔物と遊ぼう”
冒険者の子どもたちということもあって、魔物に慣れさせてほしいという冒険者の親からの嘆願書が殺到したため、実施に行うことになったイベントだ。
年に2・3回ほどしているらしく、建設して10年の<アンファン>では恒例の行事ともいえるらしいということだけは、ケトは就職する際に少しだけ園長から聞いていた。
「でも、よく
何だかんだと冒険者についてある程度知識を持っていて魔物に詳しいケトは、不思議に思いセレーネに尋ねた。
何せ、魔物と言えど同じ命を持った生き物。
冒険に同行してもらうために借りるだけでもそこそこの値が張ることをケトは知っている。
人間に好意的で、人と共存している魔族であり魔物。
主に魔物使いが従えた魔物たちが
ただ、意思疎通はできるので、危険を伴わずに子どもたちが魔物と交わるためには最善の存在でもある。
一方、
魔物使いが従えることの出来ない魔物たちばかりなので、冒険者たちは依頼を受けて討伐しに行く。魔王はいない世界だが、
ただ、危険と隣り合わせの仕事でもあるのでその分報酬が高く、難易度の高い技を修得すればするほどさらに報酬があがるので冒険者に一度なるとやめられない。
何より仕事の中でも一番自由のきく仕事といっていいほどだ。
稼ぎもあり、自由がきく。
親となった冒険者は、尚更この職業をやめられない。
逆に、自由がきかないのがアンファンでの仕事だ。
子どもに縛られている、といえば言葉は悪いがほぼ文字通り。
2・3日冒険に出掛けて帰ってこない親が多いので、アンファンは普通の保育園などとは違い24時間子どもを預かっている。
言い換えれば、第2の親となっている存在だ。
子どもの傍にいれない親の変わりに傍にいる存在。
衣食住を守ってあげる存在。
どんな職業よりも自由のない仕事と言っていいだろう。
給料がよくなければやってられない仕事。
けれど、生活の中でとても助けてくれる有難い職業。
必要不可欠ともいえる存在。
冒険者をかじった職員たちだからこそ、この職業の有り難さをわかっていて勤めている。
まぁ、皆が皆そうではないので<アンファン>を辞めていく人も後をたたない。
だが理解している者たちは、どれだけ辛く厳しい仕事でも”子どもの笑顔のため”を心に置きそれぞれの思いを抱えて仕事に取り組んでいる。
「ああ、全部園長先生のコネで
「あーなるほどー……うええ!?」
さらっと答えられ思わずすんなり納得したケトだが、時間を置いてその言葉の凄さに間抜けな声を上げた。