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遊び相手は魔物<2>

「え、ちょ、園長先生って何者なんすか!?」

「知らない方がいいこともあるわよ」


 ケトの質問に笑顔で答えたセレーネは「さぁ動く動く。今日は忙しいわよー」と言葉を残して持場へと移動していった。

 色んな事をいっぺんに言われ、さらには本日の動きをきちんと理解していないケトは冷や汗を顔中から流しながら「うう……何か吐きそう」と精神的に負担のかかっている胃を抑えながら、カルネから貰った用紙を確認しつつ持場へと同じく移動した。

 暫く動かず談笑していたその2人の様子を横目で伺っていたカルネは、やっと動き始めたのを確認すると結界の様子を見た。

 万が一、子どもが魔物からの攻撃を受けても怪我を負わないように子どもたちの防御力を上げる防御強化結界。城から預かった魔物たちを逃がしてしまうと大問題に発展するので、<アンファン>外に逃げないよう2重に施してある魔物逃亡防止結界。

 全て、アヌレイ一人で作ったものだ。

 テトリの件で園長から下ったお仕置きは、カルネとアヌレイの2人で今日のイベントの準備・責任・後片付け全てを負うというものであった。

 しかも、一か月先にする予定だったものをお仕置きとなるために早めて一週間で準備を全てやらされた。

 流石に、殺意が湧いた。

 けれども流石園長。

 飴も忘れない。


「もし全て完璧に、かつトラブルなく無事に終われば、今月のお給料2倍にしてあげましょう」


 カルネとアヌレイは。

 その飴にまんまとつられた。


 ――この一日を乗り越えれば給料2倍。ご飯も服も贅沢し放題。やってやらぁ


 一週間という短い期間で、普段の勤務をこなしながら膨大な量の書類を書くのは精神的にも体力的にも限界突破気味な労働ではあったが。

 今日を無事に終わらせ反省点をささっと書けばその苦しい日々も終わる。

 そのためにも、反省点を増やしてしまうようなトラブルだけは避けたい。

 トラブルが起きてしまえば、反省点を書く量が倍ぐらい増えてしまう。


 ――嫌なトラブルを防ぐために難しい結界構築はアヌレイがやってくれた。防御強化結界で怪我は絶対に起こらない。唯一心配なのは慣れていない構築魔法の魔物逃亡防止結界。でも二重にかけさせたからこちらも何とか大丈夫だろう


 結界構築の核となっている<アンファン>を取り囲む柵に触れ、無事結界が作動していることを確認してカルネは安堵する。


 ――この柵は丈夫だ。多少劣化はしているが子どもの力では壊せない。魔法を使わないよう釘もさしてあるし――


 ぐわん


 一瞬、カルネの視界が揺らいだ。

 カルネは舌打ちをしながら頭を抱える。


 ――ちょっと無理をしすぎたか。まぁでも、今日一日ぐらいは乗り越えられるはず


 アヌレイから貰っておいた体力増強飴を取り出すと、カルネは口に放り込みガリっとかみ砕いて飲み込んだ。

 少しだけ、体の疲れが取れた感じがした。


(よし、大丈夫)


 カルネは深呼吸をして顔を上げ、気を引き締めた。

 子どもたちはもう魔物と戯れている。

 それぞれの先生たちも、カルネの配った計画表通りに動いている。

 順調、そのもの。

 けれど、計画表は疲労困憊の中で作ったもの。

 どれだけ計画をたてようと、相手は予測不能の動きばかりをする子供たち。

 やはり、何も起こらないわけが、なかった。




 イベントは、少数の職員でも見切れるようにそれぞれの部屋を合同して3つのチームに分けていた。


 1歳と5歳のチーム。

 2歳のチーム。

 3歳と4歳のチーム。


 それぞれのチームで一本角ユニコーンエリア、二頭犬ケルベロスエリア、綿兎コトランエリアを時間を決めてぐるぐると回っていた。

 まず、お兄さんお姉さん意識の高い5歳の園児たちをよちよち歩きの1歳の子たちと組ませることにより、先生の負担を減らした。1歳だけだと目を離した一瞬の隙に何かを口に入れたり、舐めたり、触ったりしてしまう。けれど、5歳の子ども2人と1歳の子ども1人でグループを作ることで、例え傍につく先生が2人でも、小さい子どもがいることでいつも以上にしっかりと話を聞き動いてくれる5歳達のおかげですんなりと行動が出来るのだ。

 普段は口達者で大人を困らせる5歳達だが、こういう時ばかりはとても助かるお兄さんお姉さんという存在になることが大変ありがたい。

 しかもそのチームを担当するのはツボネとセレーネという一部屋を担当できるしっかりとした2人。


「こっちに来てさわってごらん」


 5歳の女の子が自分より小さな手を大事そうに握りながら、大人にとっては一歩だが、1歳にとっては数十歩の距離をエスコートしていた。


「ほら、これが一本角馬ユニコーンだよ。餌あげてみる?」


 5歳の男の子が自分と同じ背丈のユニコーンの背中を撫でながら、一歳の子に魔物用の餌を差し出した。


「うー?」


 1歳の子どもは小首を傾げながら餌を受け取った。

 そして、そのまま口に運ぼうとした。


「あー」

「あ、だめだめ!」


 食べようとする手を慌てて止め、女の子は餌を持った小さな手に一回りだけ大きい手を添えて「こっち」と一本角ユニコーンへと餌を差し出す手助けをした。一本角ユニコーンは差し出された餌の匂いを嗅ぐと、瞳を輝かせ一口齧った。

 その様子に、1歳の子どもは「おー!」と嬉しそうに声を上げる。

 キラキラと輝く小さな瞳に、男の子と女の子は「よかったねー」と微笑んでいた。

 2人の5歳に挟まれた1歳の図。

 正に、天使のサンドウィッチである。


(う、叶うならばあの中に交じりたいというか子どもの間に挟まりたい)


 実は<アンファン>の中でも一番の子ども好きであるカルネは自分で配置しておきながらも天使たちに囲まれ平和に魔物との戯れを見守っているセレーネとツボネを疎ましく思った。

 一方、敢えて単独チームとした2歳。

 自己の主張が激しく、魔物より恐ろしいとも囁かれてしまうイヤイヤ期真っ盛りの2歳。

 ここは普段から担当している人を当てるのがベスト。

 他の年齢と交わりがないのはあまり宜しくはないが、無事にこなすためにも単独チームとするのがよいと判断したカルネにより、ミナミレとケト、そして念のための補助としてアロについてもらった。

 成長の早い子は恐ろしい隠密スキルと素早さで視界から消えてしまうことがあるので、死角をつかれないためにと視界を広く見れる“鷹の目”スキルをもつアロが適任だった。

 その人選は正解だったようで、ケトが「ルリちゃんどこいった?」「あれ、ナル君がいない!」と騒いでいる横で「ここにいますよ」「足元にいるのは誰ですか」と冷静にサポートしていた。

 アンファンに来て日が浅いケトは自分の立つべき場所を覚えていたとしても、2歳の予想外の動きにパニックになるだろうことは予想していたので、アンファンに居る年数がカルネよりも長いミナミレとアロという職員の中でも冷静さに定評のある2人を一緒にしたのは正解だったとカヌレは自分の配置計画に心中で自画自賛した。


 ただ。


 2人とも冷静すぎて慣れない者にとっては言葉が冷たく感じてしまうのがたまに傷なのだ。


「ほら、トルク君が二頭犬ケルベロスの囲いから出そうよ、ちゃんと引き戻して」

「はい! トルク君、こっちだよー」

「ケト先生、餌がないのですがどこに用意しましたか」

「え? あれ、確かそこに」

「おいしーねー」

「ああああ、サヌちゃんそれ食べちゃだめええ!」


 慌てふためくケト。

 それを呆れて溜息をつきながら冷たい視線を送る厳しい表情の女性2人。

 その周りで魔物と戯れたり足元の砂で遊んだり子どもでも食べられる魔物用の餌をつまんだりと各々に好きなように平和の花を咲かせて遊ぶ2歳の子どもたち。


(うーん、大人はあまり平和じゃないけど……子どもは大丈夫そうだしなぁ。精神の弱いケトには申し訳ないけど、今日は辛抱してもらおう)


 ミナミレとアロが時々目を合わせては呆れたように笑みを浮かべるのを見たカルネは、後程ケトへのフォローを忘れないようにせねばと頭に置いておいた。

 アンファンのように、自分のことだけで精一杯になるような職場では、例え右も左もわからない新人でも同じレベルを求めてしまう。

 それがどれだけ新人である人を苦しめるかも理解せず。

 特に長年勤めていて当たり前のように仕事をこなせる人にとっては、モタモタと要領の悪い人が目の前にいるとイライラするものだ。

 それが異性ともなれば。

 余計に、冷たい態度をとってしまう。

 子どものためには正解の人選、ではあったけども


(失敗だったかもしれない)


 反省点には書けない反省をカルネはしっかりと胸に刻んだ。

 そして、カルネは自分の受け持つチームを見た。


 一番問題のある、3歳と4歳チームだ。


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