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遊び相手は魔物<3>

 3歳はお兄ちゃんお姉ちゃんに負けないぞと奮闘し。

 4歳はお兄ちゃんお姉ちゃんだから負けちゃだめだと奮闘してくれる、ある意味バランスのとれたチームなのだが。

 一番騒がしく、話を聞かず自分の好きな方にすっ飛んでいく年齢の集まりでもある。ただでさえ問題の多い子どもが多いのに、そればかりを固めたといっても過言ではないチーム。でもそれは、問題が多いとわかっているからこそ、そこに大人の人数を集中させ、対処するのが一番だとカルネは判断したのだ。

 担当するのは3歳担当カルネ、4歳担当マルメド、補助にイデ、カンク、ナーシェ。

 補助が頼りない職員ばかりだが、全体を見張る要員のアヌレイにも出来るだけこちらのチームを重視するように言ってあるので実質計6人ともいえる。

 本当はここに園長も入るはずだったのだが、何故だか姿を現さないので致し方ない。


(これは先生の反省点として書いてやる)


『いなければいけない時にいなかった人物、園長先生。報連相もせずに計画表の持場にいなかったので、せめていなくなるにしても連絡はするようにしてください』


(うん、こんな感じかな)


 文章を頭の中に思い浮かべ、用紙の反省点に皮肉たっぷりに書いたものを渡した時の園長の顔を思い浮かべ、カルネは少し溜飲を下げた。


「わー、すごーい!」

「先生見て! 浮いてるよー!」


 ふわふわと浮かぶ白い綿毛に子どもたちがはしゃぎ声を上げた。

 綿兎コトランの特性は空中浮遊。

 丸くて白い綿になり地面から最高で1mほど浮かぶのだ。

 それはまるで大きなタンポポの綿毛のようで、触るとお日様の匂いがふわりと香り、ふかふかとした干したての布団のように人を虜にする触り心地だ。

 大体子どもの顔くらいの大きさなので、危険はなく魔物の中で一番子どもに人気が高い。

 顔を埋めすぎることによる窒息さえ気を付ければいいので、普通の子が通う保育園でも綿兎コトランは飼育されているほどだ。


「ぎゅっとしていいけど、優しくね。強い力でぎゅーてすると、ビックリするし痛いからね」

「はーい!」


 カルネの注意事項を聞いた子どもたちば元気よく手を上げ早速ふわふわの綿兎コトランを抱き締めた。


「ふわふわぁ」

「かわいいねー」


 白い綿に顔を寄せふにゃりと笑う姿は正に天使そのものでカルネも破顔した。

 その笑みは医療室の補助であるカンクとナーシェは初めて見るものなので、こんな顔する人なんだ、と、厳しくきりっとした表情しか見たことがない二人は目を丸くしていた。


「早くかしてー」

「まだだよ!」

「はーやーくー!」


 借りれる限りの魔物を借りてはいたが、それでも子どもの人数が多く綿兎コトランの取り合いが起こった。

 そこに、優しさに定評のあるマルメドが傍にいき揉めている子たちの肩を優しく叩いた。


「時間はたっぷりあるから順番に。ほら、空いてる子が早く抱っこしてー! て来てくれたよ」


 優しくおどけた口調でそう言い、タイミングのいい時にマルメドの傍に来た綿兎コトランを彼女は抱き上げた。


「ちゃぁんと順番を待ってたらいいことがあるね。お友達を急かしたり、取り上げるんじゃなくて、順番を守って待ってあげようね。そうしたら、友達も、自分も、嫌な気持ちになることなく、いい気持ちで遊ぶことができるからね」


 ゆっくり、噛みしめるように言いながら、マルメドは順番を待っていた子どもに綿兎コトランを差し出した。


「ありがとうございます!」

「うん、ちゃんとお礼を言えて偉いね」

「えへへ」


 マルメドの優しい口調につられるように子どもが丁寧な口調で元気よくお礼を言うと、マルメドはにっこり微笑んで小さなその頭を優しく撫でた。

 撫でられた顔は、ふにゃりと表情を崩して嬉しそうに笑った。


 ――さすが、現役のお母さん


 母の優しさというものは、子どもをもたないと中々わからない。

 無償の愛、必然の愛。

 子どもを持たないカルネには中々生むことの出来ない優しさと、愛。

 彼女の優しさに、間違えて「ママ」「お母さん」と呼ぶ子どももいるほどだ。穏便にトラブルを解決するためにも、マルメドからよく助言をもらうカルネも思わずお母さんと呼びたくなってしまうほど、彼女の優しさは広い海の様に大きく、こちらを温かく包み込んでくれる。


 うん、マルメド先生がいるし、やっぱりこっちも大丈――――


 くらり


 また、カルネの視界が歪んだ。

 子ども44名に対し、職員6名はやはり少なかった。

 問題の多い子どもが3分の1はいるというのが、リスクが高すぎた。

 何より、予定に入れていた超人の園長がいないのも悪かった。

 それでも残り時間はあと少し。

 本来ならさらに気を張る場面であるのだが、マルメドの安定した子どもへの気配りで安堵した瞬間に緊張が緩んでしまったのだ。

 疲労困憊していたカルネがその眩暈をなんとか振り払おうと額に手を当て一瞬目をつぶったその時。

 それは、起こった。


 魔物使いの両親をもつ、4歳のモルテ。

 初めての綿兎コトランに触れ、自分だけの魔物にしたくなってしまったのだ。


「見本が目の前にあるんだ。僕ならできる」


 好奇心が多く、根拠のない自信を持つ子どもに多い思考。

 予想していた思考であるからこそカルネが傍について見ていた。

 けれどモルテは、大人の目を盗むのが得意な子どもでもあった。かつ、魔物召喚の魔法陣も親から教わり、簡単なものは出来る子だった。

 モルテは、カルネがふらついた隙を見逃さず、その一瞬で素早く簡単な魔法陣を描き、魔法を施した。


「でてこい、綿兎コトラン!」


 モルテの描いた魔法陣が光る。

 そして、魔法陣から兎の耳らしきものがひょっこりと出てきた。


「やったぁ!」


 魔物召喚の成功にモルテは両手を上げた。

 でも、モルテは知らなかった。

 その魔法陣が簡単だからこそ、暗黒ヌワル側が出やすいということを。

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