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遊び相手は魔物<4>

 魔物使いの魔法陣は、召喚の陣を描いた後、頭に召喚したい魔物を思い浮かべて召喚する。

 ただし、暗黒ヌワルになるか、純白ブラシュになるかはランダムだ。

 純白ブラシュを出そうとなると、野生の純白ブラシュ魔物は滅多にいないので、白と黒が混ざったグリス魔族というのが出てくるのが主。

 それにはかなりの技術と魔力、そして複雑な魔法陣を要する。

 一つの命を地面に描いた絵から出そうというのだから、複雑で難解なのは当たり前だ。けれど、幼い年齢で簡単な魔法陣を学んでしまったモルテは、それがどれだけ重大な意味を持つことか理解せず、普段のごっこ遊びと同じような感覚で発動してしまった。

 簡単な魔法陣に、貧弱な魔力。

 それで出てくるのは。

 暗黒ヌワルしかいない。


 魔法が発動した瞬間、結界を施していたアヌレイはすぐに気づいた。

 ただ、炎魔法を使おうとしていた5歳をとっちめていたため、反応が遅れた。

 見た時にはもう、魔物が魔法陣から頭を覗かせていた。

 アヌレイは緊急伝達用の魔法を発動した。

 白い卵型の光がアヌレイの掌から生まれた。


「SOS」


 発動した魔法にそう声をかけ、すぐに消した。

 そしてモルテの元へと走った。


 ――間に合うか?


 防御強化魔法の強化をさらに上げる魔法を施しながらアヌレイは汗を頬に垂らした。

 モルテの魔法陣から出てきた兎は、全身を魔法陣から出した。

 そして全身を震わせ砂を払うと、じっとモルテを見据えた。


「やった! 出せた!」


 モルテは無邪気に喜び駆け寄ろうとして、はたと足を止めた。


「あれ……?」


 綿兎コトランは、全身が真っ白だ。

 だが、目の前にいる兎は。

 全身真っ黒で、耳の間に大きな角が生えていた。


綿兎コトラン……だよね?」


 モルテの言葉に答えるように。

 その兎は口を開き。

 鋭い牙を2本、見せつけた。


 次の瞬間。


「キィイイイ!」


 甲高い声を上げ、牙を剥きだした兎はモルテにとびかかった。


「わあああああ!」


 食べられる。

 モルテは恐怖で咄嗟に両腕で顔を塞ぎ目を瞑った。


「――っ、……?」


 一向に来ない衝撃にモルテは恐る恐る目を開けた。


「あれ?」


 モルテは瞬きをした。

 兎はおろか。

 魔方陣もなかった。

 驚いて辺りを見回すと、モルテに影が落ちた。

 モルテが見上げると、そこには優しそうな微笑みを浮かべた背の高い老婆がいた。


「何もなかった、ね?」


 老婆は人差し指を唇に添え、しー、と合図をした。

 モルテがこくこくと首を縦に振って頷くと、老婆は「うんうん、利口だねぇ」と小さな頭をそっと優しく撫でた。


「さぁ、魔物たちと遊べるのは後10分ですよ。後悔のないように、たくさんぎゅーっとしてあげてくださいね」


 優しい口調で、けれどその場に居る全員に響き渡るような通る声で彼女は言った。

 決して叫んではいない。

 全員の耳に届くよう、彼女お得意の魔法を施したのだ。


「はーい! 園長先生!」


 子どもたちが元気よくそう返事をするのを園長はニコニコ笑顔で「いい返事ですね」と嬉しそうに言った。


「園長先生、カルネ先生は?」


 マルメドが焦った表情で駆け寄った。


「カルネ先生は大丈夫ですよ。代わりに私がいますので、安心してください」


 多くは語らない簡潔なその答えに、マルメドは察し「わかりました」と答えて頭を一つ下げ持場に戻った。その背中を見つめながら、園長は「カルネ先生には謝らないとねぇ……」と呟いた。




 タタタタタ……


「アヌレイ先生まで来て大丈夫ですか?」

「大丈夫だ、あっちには園長がいるから。それよりタイタン先生こそ、0歳の部屋大丈夫なの?」

「ご心配なく。分身をおいてきました故」

「うへぇ、流石体力無限人間」


 誰もいない廊下を走るのは、アヌレイと、気を失い青い顔をしたカルネを抱えたタイタンだった。

 タイタンのスキルは分身。

 そして特異体質の無限体力。

 簡単に言えば、24時間動き続けることができる最強の大男だ。


「その身長からすると、分身は3つぐらい置いてきたのか」

「ご察しの通りです」


 タイタンは、分身をすればするほど身長が縮む。

 身長を縮めることで消費魔力を減らすことができるというのもあるためだ。最高で分身を約20作り、身長は5歳児くらいになるらしい。

 今のタイタンの身長は192cmではなく、170cmぐらいでアヌレイより低い。


 ――便利なような、不便な体だな


 背の高いことが自慢なアヌレイは、ひっそりとそう思った。

 そうこうしている内に2人は医療器具が全て揃っている医療室に着いた。

 タイタンはすぐさまカルネをベッドに寝かせると額に手を当てた。

 同時に手首の脈も測る。


「かなり衰弱している。魔力の使い過ぎと体力の使い過ぎ。睡眠不足」

「過労だな」


 タイタンの分析にアヌレイはそう答え早速薬の調合を始める。

 アヌレイの魔法で棚という棚から薬や器具が出てはアヌレイの周りで忙しなく動く。


「もうちょい強めの飴やるんだったな」

「体力増強ではなく、疲労回復の方がよかったですね。さっきの魔法陣ごとのテレポートによる魔力の使い過ぎで色々とダメージが来ているみたいですよ」

「……何でわかんだよ」

「体力増強飴は葡萄の香りがするのを知っていますから」


 手を素早く動かしながら横目で睨んでくるアヌレイに、タイタンは己の鼻をちょんちょんと人差し指で指した。


「何お前、私の作るやつの匂い全部知ってんの?」

「疲労回復は林檎。魔力回復は檸檬。聴力強化は苺。脚力強化はバナナ。あとは……」

「もういい、お前が化け物なのはよ~くわかった」

「あと、今はいいですが、子どもの前では”お前”でなく”先生”でお願いします」

「ホントお前嫌い!!」


 抑揚をつけず、淡々とした口調で喋るタイタンにアヌレイは声を荒げ、作った回復薬を投げつけた。


「大事な薬は丁寧に扱いましょうね」


 ため息交じりに言いながらタイタンは受け取り、青い顔で眠るカルネの身体を少し起こして薬を口に流し込んだ。

 ゆっくり、丁寧に、零さぬよう口の中に少量ずつ流す。

 カルネの喉が動いたのを見て、一口は飲んだのを確認すると寝かせた。


「ただでさえ、テレポート魔法は魔力を使うのに。すでに疲労困憊の身体でなんという無茶を。もっと、周りを頼ってくださいね、カルネ先生」


 タイタンはそう言いながら少し顔色の戻ったカルネの頬を撫でた。


「無茶できるのはお前だけだもんな」


 ボソリとアヌレイが零すと、タイタンは視線をそちらへ移した。


「ま、俺は自分自身が化け物だっていう自覚はありますよ。休みいらずですからね。食物エネルギーさえ摂れば何とかなる身体で、この仕事は俺にぴったりですよ」


 言いながら、タイタンは何もない所からバナナを取り出すと頬張り始めた。


「お前の収納魔法ストッカーには一体どんだけ食いもんが入ってんだ」


 アヌレイがうへぇ、と嫌そうな表情をすると、タイタンは首を捻り暫し考えた後。


「まぁ、大体一週間分の食料は常に入ってますかね」


 そう言って今度はハンバーガーを頬張り始めた。


「にしてもアヌレイ先生。貴方綺麗な外見してるんですから、もうちょっと言葉改めたらどうですか? 下品ですよ」

「もうほんっとうお前嫌い。用が済んだら帰れ帰れ。お前の巣に帰れ!」


 合間合間に注意してくるタイタンが苦手なアヌレイはしっしと手で追いやった。


「嫌ですよ。カルネ先生の容体が良くなるまではつきっきりついでにきっちり食物エネルギーを摂るんですから。その分部屋のことは分身がきっちり働いていますし。サボり魔のアヌレイ先生とは根本から違うんですよ俺は」


 タイタンはそう言った後、今度は顔程の大きなコップを取り出して大きなストローでドリンクを一気に飲み干した。


「何か見てるだけで腹膨れるわ……。つか、今私のことけなしたか。けなしたよな?」


 まだ医療室に来て数分しか経っていないというのに大量の食べ物を恐ろしい速さで食べていく合間にタイタンがさりげなく口にした下げ言葉を聞き逃さなかったアヌレイは、嫌悪を込めに込めた目で睨みつけた。


「けなす部分が多すぎて、心にとどめられないんです。俺正直者ですから。見てくださいよこの綺麗な瞳。子どもにも負けないでしょ?」

「うわー、もうお前本当嫌だ! 子どもの方がまだ気を遣ってくれるわ!」


 キラキラと輝く純真な瞳を向けてくるタイタンにアヌレイは喚いた。

 普段は192cmと大きな図体なのだが、今はアヌレイより低い身長であるため、少し可愛いと感じてしまったのがまた悔しくてアヌレイは地団駄を踏んだ。


「まぁでも、子どもたちに何事もなくてよかったです。これに関しては、アヌレイ先生の素早い伝達と、防御強化魔法がかなり役立っていました」


 アヌレイのSOSを聞き、アヌレイお手製の特定場所に移動できる移動玉デプラセを使ってタイタンは現場にすっ飛んできた。

 タイタンが来た時には、モルテに角が当たっていたが、軽く当たる程度で防御強化のお陰で怪我はなく。

 暗黒ヌワル綿兎コトランの毒の牙が触れる前にカルネがモルテの描いた魔法陣ごとアンファンの、いや、この町の外のどこかへとテレポート魔法を施したから大きなトラブルにならずすんでいた。


「ええ、本当に、その通りです」


 不意に聞こえた声に、二人は驚いて声のした方を見た。

 声の主は、園長先生だった。

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