沈んだ表情を浮かべた園長は顔を上げ、カルネ、タイタン、アヌレイの順に視線を巡らせた。
「お仕置きだからと、私に寄り掛からぬよう敢えて現れなかったのですが……危うく子どもを巻き込んでしまうトラブルになるところでした」
そう言葉を紡ぐ園長の姿に少し靄がかかる。
「ああ、分身で来たんですね。なら子どもたちは大丈夫ですね」
アヌレイとタイタンが答える前に言葉を発したのはカルネだった。いつの間にか目が覚めていたのか、彼女は顔を歪めて額を抑えながらも起き上がった。
「カルネ先生、もう起きて平気なのですか?」
「ええ」
タイタンの言葉にカルネはにっこり微笑んだ。
「さすが、アヌレイ。とてもよく効く回復薬だわ。まぁ、多少疲労は残ってるけどね」
そう言いながら、カルネは首をぐるんと回して凝りをとった。
「まぁね、私が優秀なのは当然」
褒められるのがとても大好きなアヌレイは鼻高々に言った。
「ええ、本当に優秀だわ。薬だけじゃなく魔法の腕も一流で、アヌレイには何でも任せられるもの」
「フフ、そうだろそうだろ。私にかかれば大抵のことは出来るからな」
「うん、だから今日の子どもの状況と先生の反省点と次回のイベントへの参考点は全部アヌレイが書けるわよね。だって優秀なんだもの」
「そりゃもちろ――――え?」
アヌレイの得意気な顔が固まった。
カルネは、不気味なほどニコニコとした笑顔を浮かべている。
「ま、そりゃ怒りますよね」
「ええ? だって悪いのは園長だろ!? 私は何も」
「結界魔法の構築と面倒な基礎を作ったのと果てしなく面倒くさい構築方法を書類に書いたのは私。というか、普段は先生5人で分けて書く大量の書類を書いたのは全部私。用意したのも私。必要な器具も魔物の手配も会議を開いたのも計画表を配布したのも。全部、私」
カルネは笑顔のまま息を吐く間もなく言うと、すっと目を細めた。
「で、アンタがやったのは何?」
瞳魔法を施されていないのに。
とんでもない圧。
アヌレイの背中に冷や汗が大量に流れだす。
「結界魔法を施して全体を見れる場所に立って叱りやすい場所の子だけ注意しただけですね。万が一の薬の用意は補助の2人がやってたらしいですよ」
「んな、何でそれ知って」
「ほーう」
しれっとタイタンが言うのに慌てふためくが、カルネの恐ろしい声音にアヌレイは畏縮する。
「あら……あらあら、私だけが悪いんじゃなかったのね」
園長が頬に手を当て意外そうな声を出すと、カルネはため息を吐きつつ「まぁ、園長先生もかなり悪いですけどね」ときっぱり言った。
「カルネ先生は何でもできてしまうから、皆が甘えてしまうんですよ。でも、カルネ先生は何でもできるわけじゃない。俺みたいに体力無限の特異体質があるわけでもない。真面目な努力家なだけなんですよ」
充分な
「アヌレイ先生。貴女は”上手にさぼる”のと、”仕事を押し付ける”のは違います」
「園長先生。貴女は”お仕置き”と、”大量の仕事を与えての無限労働”は違います」
「カルネ先生はもっと文句を言っていいんですよ。今日みたいに倒れられたら、他の職員よりも子どもたちが悲しみます」
タイタンはそれぞれの目を見つめながら述べると、最後にカルネの頭に手を置いた。
「ちなみに、今日俺は肝を冷やして嫌な思いしました。疲労を少しでも感じたら俺を頼ってくださいね」
そう言いながらカルネの頭を乱暴にぐしゃぐしゃと撫で、タイタンはふくれっ面をした。大人な言葉を述べると思えば、子どもっぽい表情を見せるタイタン。安定したテンポで生きる彼が時々見せるその崩れた表情に、カルネは笑った。
「うん、そうね。ごめんなさい」
「素直に謝れて、よろしい」
タイタンは満足そうに頷くと、乱してしまったカルネの髪を整えてあげた。
「カルネ先生、ごめんなさい。無茶をさせすぎてしまいました」
園長が深々と頭を下げた。
分身魔法はあまり慣れていないからか、存在はしっかりとそこにあるが、その姿は全体が歪み始めていた。
「もう終わったことですし、とやかく言わないですよ。私のミスも少なからずありますから」
カルネはそう言うと肩を竦めた。
そして、園長をじっと見つめた。
「けれど、見返りは求めてもいいですよね?」
カルネが、悪戯気な笑みを浮かべた。
「ええ、流石に今回は私の大きな失敗です。貴女の望むものを出来うる限り差し上げましょう」
園長は重々しく頷いた。
「では、休みを一週間」
カルネは人差し指をピンと立てて言った。
「それで、次の給料日に間違いなく2倍くだされば満足です」
にっこり微笑むカルネに、やっぱりぬかりない人だなぁ、とタイタンは腕を組みつつ感心する。園長は少し考える仕草をした後、頷いた。
「ええ、許可いたします。責任もってあなたの部屋は私が担当します」
「交渉成立ですね。よーし、めいっぱい休むぞ~!」
園長の返事に気を良くしたカルネは腕を天に突き上げ思いっきり伸びをした。
「じゃ、じゃあ私も」
「アヌレイ先生はカルネ先生が先程言っていた書類を完成させること。貴女にはちゃんとしたお仕置きになっていないようでしたし……そうですね、今日中に、全部書いてくださいな」
便乗して休みが貰えるかもと目を輝かせながら自分自身を指しつつ言ったアヌレイに、園長がぴしゃりと言った。
「今度は私が過労で倒れますよ!」
「アヌレイ先生なら自分で薬を作ってなんとかできるでしょ、一日ぐらい。まぁ倒れたら俺がお姫様抱っこでもしてベッドに寝かせてあげますよ。あ、書き方がわからないなら俺が助けてあげましょうか?」
「やります。出来ます。倒れません」
タイタンの煽りでしかない言葉に、アヌレイは姿勢を正しキリっとした凛々しい表情で園長に答えた。
見事、タイタンの話術にのってくれたので、タイタンはカルネにぐっと親指を立て、カルネは笑いを堪え全身をぷるぷると震わせながら同じくぐっと親指を立てた。
「では、カルネ先生。もう貴方は今からお休みになって、明日から一週間。ゆっくり体を休めてください。それと」
「部屋のことに関しては私の机に一週間分の一日の流れの計画表を出来るだけ細かくまとめてありますので、それを読んで部屋の対応をお願いします。園長先生」
園長の言わんとしていることを察してカルネは言った。
その一歩先を行く行動と、準備の良さに園長は表情を綻ばせた。
「頭の回転が速くて頼れる貴女だから、私は甘えてしまっているのね」
「勿体ない誉め言葉ですね。じゃ、お先に失礼します」
不敵な笑みを浮かべたカルネはさっさとベッドから降りると手をひらりと振って医療室を颯爽と去っていった。
その背中は、先程まで倒れていたとは思えない程、元気な後ろ姿だった。
「なんか、私、嵌められた気がする……!」
わなわなと両手を震わせるアヌレイをタイタンは横目で見て
「ま、当然の報いですね」
と、言葉でアヌレイの心臓を貫き大ダメージを与えてやった。