<アンファン>
それは、冒険者の子どもを24時間預かる施設。
しかし、人間は24時間稼働し続けることはできない。
故に昼の活動が終わり、一日の終わりの準備を始める夕方当たりの時間帯で昼と夜の職員が入れ替わる。
活動的な昼と違い、夕方から夜にかけては夕食、歯磨き、入浴、睡眠の流れなので、一番肝となるのは子どもに何事もないように見守る深夜の見回りだ。
それを担当するのが、夜の職員と言われている。
指導ではなく、見守るだけなので職員も少なくて済む。
そしてそれらを担当するのが、園長の親戚にあたる人物。
双子の男女、アッシュ(180cm、32歳男性)とメルナ(160cm、32歳女性)だ。
2人は3・4・5歳の部屋を担当しており、夕方までに親の迎えが来た子どもたちはいないので、昼と比べて人数が半分以下のため異年齢合同という形とし、子どもたちを大きな部屋に布団を敷き詰めて過ごさせることにより、2人という少ない人数で見ることを可能とさせている。
そして、0歳部屋の担当は勿論タイタン。
彼は疲労を感じたとてしても、本体が休み、分身が動き続けることで24時間労働を可能としている。その状態は休んでいると言えるのか?、と疑問を持つ者もいるが本人は休めているらしい。
休むことでさらにパワフルに素早く動くことが出来るので、0歳の子たちが運よく全員帰宅したときはタイタンはアンファンにあるタイタン専用部屋で寝ている。
1・2歳はサラシュナ(167cm、29歳女性)とデレク(182cm、36歳男性)と補助のキャッシュ(156cm、26歳女性)で成り立っている。
こちらも昼よりは少ないため、少し広い2歳の部屋で3人の職員の手によって生活を見守られている。
この3人とも、昼の活動は嫌いだが夜は好きだということで採用された。
そして夜は給料が昼より1.5倍。
それによりとてもよく動いてくれるので、24時間子どもを預かり続けるアンファンにとって必要不可欠な存在だ。
そして、今日は。
夜の<アンファン>を知るために。
昼も働くケトが体験として出勤していた。
「まぁ、体験と言ってもちゃんと一日分だけ1.5倍分の給料出るし、明日の勤務は休みになるし、結構お得なサービスビジネスタイムだと俺は思うなぁ」
あっけらかんとした表情で言うのは、アッシュだった。
子どもたちは就寝しているため、彼の担当場所は双子のメルナと、別の部屋の補助のキャッシュに頼んでいた。
「んでもって、夜はどんな仕事をしているかっていうのをちゃんと知っておいてほしいだけだから、基本はメモを取るだけで後は見学気分でいてくれたらいいよ」
そう言って、初対面である自分に対しガチガチに体を強張らせて両肩をあげているケトの頭にぽすんと手を置いた。
「んだから、緊張はしなくてよろしい!」
そう言って、アッシュはケトの頭をガシガシと乱暴に撫でまわした。
「は、はい! え、えと、慣れないこと、というか、初めてのことに直面すると、ど、どうしても、緊張しちゃいまして」
頭を撫でてもらったことにより少し緊張のほぐれたケトは肩の力を抜きながら苦笑した。それでも口は上手く回らないようで、かみかみだ。
「ま、初めてのことっつうもんは未知に溢れているからなぁ。緊張するなっつー方が無理か。人間誰だって”初”がつくことに関しては緊張するし身体も強張るし汗がどばっと出るもんよ。まぁでも、気を抜いて大丈夫だから安心して俺についてきな。万が一があっても俺が全責任とるから、お前は難しいこと考えなくていいぞー」
安心を促すような、優しくもあったかい笑顔にケトは自然と表情が綻び「はい」と大きく頷いた。自然と、緊張で上がり切っていた肩も自然な高さになっていた。
「さて、じゃあまず俺が担当しているのが、ここ」
アッシュは歩を少し進めると他の部屋よりも一番大きな部屋の扉の前で止まった。
「ここって、親に子どものお遊戯とかを見せるところだったり、走り回ったりマット運動だったりちょっとした魔法実習だったりアクティブな活動をするための広場なんだけどさ。一番広いし頑丈だし安全面もバッチリってことでまとめてここで皆に寝てもらってんの」
アッシュは簡単に説明すると、顎を軽く上げて覗くよう促した。
ケトは扉を数センチ開けて覗き込んだ。
中は真っ暗で何があるか全く見えなかったが、数秒すると目が暗闇に慣れはじめ徐々に見えてきた。数度瞬きしたケトの目に、子どもたちが目を瞑り沢山の布団に包まれている様子が映った。
視界で人数を把握していると、すやすやとした規則正しい寝息の合唱も耳が拾い始めていた。
「皆、気持ちよさそうですね」
「昼にアンタたちが布団の手入れをしてくれてるからな。すっごく助かってんだぜ。いつもありがとさん」
ケトが優しい笑みを浮かべ呟くと、アッシュはにかっと笑ってケトの頭をまたわしゃわしゃと撫でた。
それは、父親が我が子に対し目いっぱい褒めるような動作だった。
ケトの目に、零れはしないが涙が滲んだ。
子どもに関わることよりも、同じ部屋担当のミナミレの命により雑用が多かったケト。中でも大量の布団を洗濯したり干したりするのは、省略できる魔法を用いてでもかなり大変だった。
ミナミレは、中々作業を終わらせることの出来ないケトにいつも苛々したように「もっと早くできないの? 仕事はまだまだあるのよ」とほぼ毎日のように毒を吐いていた。
いつも、心が折れそうだった。
出来て当たり前。
ミナミレに、いつもそう言われていた作業だった。
お礼なんて、言われたことなどなかった。
だからこそ、アッシュのこの温かい言葉はケトの心に響いた。
「あ――」
ありがとうございます。
その言葉は、何故かつまって出てこなかった。
泣くのはみっともないと思って涙を堪えていたから、出せなかったのだ。
――褒められたのって、いつぶりだろう
どこか懐かしさを感じるアッシュの褒め方に、ケトは気を抜けば決壊してしまいそうになる涙のダムをぐっと堪えるべく唇を噛んだ。
「はは、変な顔だなぁ。さ、次行くぞ」
アッシュは百面相をするケトの頭を軽く2・3度叩くと、次の部屋に促した。明らかに変な顔をしているのに、何も聞かないでいてくれる優しさがまた胸に沁みたケトは、アッシュが背中を向けている間にこっそり涙を零して、すぐに拭って、その背を追った。
「次は0歳だ。ああ、ここにはお前さんの知り合いがいるかな?」
そう言ってアッシュは0歳の部屋を開けた。
「お疲れさんです、見学のためにケトを連れてきてますよ」
赤ちゃんが寝ている部屋に入るので、声のトーンを落としてアッシュが言った。
「ああ、もうそんな時間だったのか。遠慮なく見ていくといい。今日は比較的楽な日だから」
耳に心地よい低い声に、ケトは「あ」と小さく声を上げた。
ハッとして慌てて口を塞ぎ、赤ちゃんが寝ているのを確認してから、口を開いた。
「タイタン先生、夜も勤務なんですか?」
ケトが声のトーンを落として問いかけると、何故かケトより身長が低くなっているタイタンは頷いた。
「お前は知らなかったか。俺は24時間動ける特異体質もちだ。寝ることは出来るが、寝なくても
「す、すごい……」
タイタンが化け物並に何かしら凄いことを知ってはいたケトであったが、改めて目にするとその凄さがよくわかり喉をごくりと鳴らした。
もし、自分がその特異体質を持っていたら。
そう思って、ケトは首を横に振って苦笑いした。
――容量も動きも悪い僕が持ってても、意味ないか
そう思うと同時に、「宝の持ち腐れね」と鼻で笑うミナミレの姿が簡単に想像できて表情を曇らせた。