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アンファンの夜<5>

 翌日。


「これマナのー!」

「やだ! つかうの!」

「はい、そこまで」


 人形の取り合いをしている2人の子どもにケトが落ち着いた声と共に間に入った。

 どうやら2人は同じおもちゃを取りあっているようだった。

 出来るだけおもちゃは多く置いてあるアンファンだが、特殊な子どもが多いことで(というより不意な特殊能力発動で)おもちゃは長くもたず、すぐに壊れてしまう。故に、アンファンの職員にはおもちゃたちを修繕する魔法を習得している者が多い。

 その中の一人でもあるケトは、まず人形を所持しているマナを見、それを取ろうとしていたニーニャを見た。冷静に見たおかげで、ニーニャの足元にボロボロの人形が落ちているのに気づけた。

 ニーニャの父親は、炎を得意とする魔法使いだ。

 恐らく、興奮したことにより火花が発動してしまい人形がボロボロになってしまったのだろう。

 ニーニャの手を見ると、怪我はないようだが人形の焦げ跡がついていた。

 母親の特殊体質の炎耐性がしっかり受け継がれているようだった。


「そっか、ニーニャちゃんは同じものが欲しかったんだね」


 ケトはそう言いながら人形を拾い上げた。

 ニーニャは人形を見ると途端に悲しそうな表情になり、目に涙を浮かべて頷いた。お気に入りの可愛い人形が、突然黒焦げになったら落ち込んで当たり前だ。でもだからといって、他人から奪っていいものではない。けれど2歳の子どもにそんなことを理解することはまだまだ難しい。

 ケトは、優しく微笑むとニーニャの頭に手を優しく置いて「先生に任せて」と言い、視界を2人だけに集中した。


『緊張を解くその1。緊張する原因を視界から取り除く』


 アッシュからのアドバイスを思い出しながらケトは人形に手をかざす。


修復リペア


 黒焦げの人形が、みるみる元の可愛らしさを取り戻していった。


「わぁ」

「しぇんしぇい(先生)すごい!」


 人形をしっかり抱きしめていたマナは顔を輝かせ、涙ぐんでいたニーニャは途端に明るい表情となった。

 見事成功した己の魔法に、ケトはホッと胸を撫でおろした。

 今までケトは、子どもの前で魔法を使うことを控えていた。自信がないというのは勿論のこと、緊張で魔法を暴走させるのが一番怖かったのだ。アンファンに入る前冒険者だったケトは、冒険者登録の試験の時、多くの目に見られていることで緊張し魔法暴走を起こしてしまったことがある。

 それがトラウマとなってしまい、人目のない所でしか魔法を使えないのだ。

 それをミナミレに話した時、ミナミレは「役に立たないの極みね」と一瞥した。その鋭い視線は、気の弱いケトを怯えさせるのに充分すぎる威力を放っていた。

 そのせいで、ケトはミナミレの目がある場所では一切の魔法を使えなくなっていた。

 でも、アンファンに勤める限りそれは職員としてよくない。

 魔法を使えないと手に負えない子ばかりが集まっている施設なのだから。

 辞める、という手段もあるが、ケトはこんな理由でやめたくなかった。

 男としてのプライドもあったかもしれない。

 気が弱いのも自覚している。

 けれど辞めてしまえば、ケトはすでにいくつもの就職先を断られているため、次に職にありつけるかどうか怪しかった。だからこそアンファンで頑張りたい気持ちが強かった。

 そんなケトに、アッシュが一つアドバイスをくれたのだ。


『悪手だけどさ、多分ケト先生には一番いいやり方』


 そう言って教えてくれたアッシュが提案した方法は。


 "周りを見ない"


 これは、保育士として一番やってはいけない方法だった。

 保育士は、多くの子どもを見れる目が最も必要とされる。

 一人の子どもを叱るときも、叱りながらも周りの子どもに気を配り別のトラブルや事故を未然に防がなければならない。そして、身体の姿勢はいつでも駆け付けれるように常に腰を浮かせたり、膝をついていつでもさっと立ち上がれる状態にして、一切緊張を緩めてはいけない。

 命を預かる仕事なのだ。

 それぐらい気を配るのは当然のことと思わなければいけない。

 その当然しなければならないことを放棄するのが一番だと、アッシュはケトに提案したのだ。

 保育に慣れていないケトは、今まで周りを見渡すだけで精一杯だった。

 トラブルになりそうなことが起こっても、対処の仕方が分からず二の足を踏んでしまいミナミレに「貴方は何を見ているの?」と怒られてばかりだった。


『命の重さが理解できたなら、対処法さえ覚えればある程度は大丈夫でしょ?』


 アッシュは、ケトの元で起こりうる可能性の高いトラブルの対処法と、出番の多い魔法を教えてくれた。


『誰も教えてくれない暗黙のルールみたいな保育の基礎だ。後のわからないことは人から盗むしかないけどな』


 俺もタイタン先生から盗みまくってるんだぜ、と笑ったアッシュ。

 流石に、盗むという器用なことは今のケトにはまだまだ無理だった。

 だが、与えられた基礎ルールなら覚えられる。

 周りを見ないのは勿論よくない。

 けれど、ケトは今、新人であり補助の保育士。

 万が一があっても、周りを見てくれているミナミレがいる。

 苦手な対象だが、彼女の保育士としての力量の凄さはよく知っているし、尊敬している。

 だからケトは。

 アッシュの助言通り、今の自分だからこそ許される手を使った。

 そしてそれは、今、見事に成功した。


(流石にずっとは出来ないけど、暫くはこの方法で魔法を活用できるようになっていこう)


 ケトは、喜ぶ子どもたちの笑顔に自信をつけてもらいながら、いつかはミナミレ先生の保育の技も盗めるようになろう、と強く思うのであった。


 そんなケトの変化を。

 視野の広いミナミレは見ており。

 とても、驚いていた。


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