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第2話 進化するNEETの真価!

「えーと、こんにちは。俺の名前は、比企新斗。怪しい者じゃないです」


 スキル【NEET】の翻訳精度に望みをかけて、俺は震えながら自己紹介する。


「ヒキ・ニート?」


 ……翻訳は一応、されてるようだな。微妙に漢字の読みが間違ってるけど。


「ヒキ・アラトです。ア・ラ・ト。日本から来ました」


「では、ヒキ・アラト。聞かせてもらおう。村人から通報があった。昨夜、貴様が謎の光に包まれて、突然ここに現れたのを見た、とな……貴様は一体、何者なんだ。神の使徒か? それとも、魔王に従う暴徒か?」


「使徒? 暴徒? 俺はただのニートですけど」


「なんだ? やっぱりアラトじゃなくて、ヒキ・ニートなのか? まあ、どっちでもいい。連れていけ!」

 俺は兵士たちに両腕を抱えられ、護送馬車の牢屋の中に勢い良く放り込まれた。固い床へ、したたかに体を打ちつける。


「痛ぇっ! 何すんだよ」


「貴様が勇者候補だとは、到底思えん。のんきなその顔を見る限り、魔物でもなさそうだ。だが、念のため、王都で取り調べさせてもらう。そこで大人しくしてろ!」


 ……やれやれ。牢の中は体がやっと入るだけで狭く、天井は低く、布団もない。しばらくの間は、ここが俺の領域テリトリーということになる。


 護送馬車が動き出した。ガタガタと揺れる中で、俺は、視界の隅にずっと見えているタッチパネルウィンドウに触れ、画面を拡大してみる。


Not inノット・イン・ Educationエデュケーション、学校行ってない


〈情報検索モード〉

「……この国の名前は……カラナシア王国、と。文明レベルは中世から近世くらいだな。火薬あり、銃火器は未発達。宗教は一神教、神の奇蹟あり。魔法はあるけど、異端扱いか」


 ネットでオンライン百科事典を参照する感覚。この世界に関する情報を、どんどん日本語で読み進めていく。


「現在、王国の北部辺境は、魔王教団の支配下。教団の魔術師たちが魔物を召喚して、王国への攻勢を強めている――」


 ファンタジーの世界そのままだ。退屈な護送生活も、これを読んでれば何とか暇が潰せるだろう。あとは、ゲームがインストールされてたら、最高なんだが。

「しかし、飯を持ってくる様子もないし、住環境は最悪だな。トイレどうするんだ?」


 他のスキルも使えるものがないか、調べてみる。


Not inノット・イン・ Employmentエンプロイメント、働いてない


〈通販モード〉


 スキルの説明が、またも追加されていた。画面をスクロールすると、オンライン通販サイトのようなメニューが開き、現代日本の生活雑貨や食料品の画像が並ぶ。


「マジ? これで買い物できるの?」


 俺はさっそく、簡易トイレと布団セットを選択した。たちまち、牢の中にそれらが出現する。

 簡易トイレで用を足し、布団を床に敷いて潜り込む。快適快適。俺は続けて炭酸飲料と、コンビニおにぎりを注文した。おにぎりは、ツナマヨ・梅干し・明太子の計三個。

「おっ、炭酸飲料、冷えてるじゃん。おにぎりも、海苔が巻いてある。じゃあ、ひょっとしたら……」


 俺は試しに、カップラーメンを注文してみた。実はおにぎりより、麺類の気分だった。期待通り、熱湯が既にカップに入った状態で届く。ちゃんと割り箸付きだ。便利便利。


 要するにこのスキルは、食事を取り寄せ、住環境を自在に改変できる能力なのだ。


 ラーメンをズルズルとすすっていると、馬車が急に停止した。危うくスープをこぼしそうになる。


「おい、食事とトイレ休憩だぞ……貴様、何を食っている?」


 カチカチの黒パンを差し出しながら、牢の中を覗き込んできた兵士が、驚愕の表情を見せる。


「食事はもう済ませましたよ。あ、おにぎり食べます?」


 俺は、余ったおにぎりを、兵士の鼻先に突き出してやった。黒パンよりも真っ黒な見慣れない食べ物に、兵士は顔を一瞬しかめる。


「なんだ、これは……しかし、確かにうまそうな匂いがするな?」


 海苔の香りに誘われて、兵士はおにぎりを受け取ると、恐る恐る一口かじる。


「これ、うっま……! 中に入ってる白いやつ、噛めば噛むほど甘くなるぞ?」


「米の飯ですよ。具はツナマヨです。なかなか、イケるでしょ?」


 残りの兵士たちにも、おにぎりを配ってやった。


「確かにうまい……だが、この赤いのはなんだ! 酸っぱ!」


「か、辛い……舌がヒリヒリする!」


「あ、梅干しと明太子だった。ちょっと上級者向けでしたかね?」


 兵士たちはおにぎりを平らげると、俺を腰紐に繋いだ状態で、牢の外へ引っ張り出した。草の陰で大小便を済ませて来いと言う。


 トイレも間に合ってはいたが、簡易トイレの中身を外に捨てたかった。俺は黙って従い、草むらへ向かおうとする。


 その時だった。突然、街道沿いの斜面から護送馬車めがけて、矢の雨が飛んできた。


「山賊だ!」


 兵士たちが慌て出す。


 俺は馬車の陰に隠れながら、辺りを見回した。


Not inノット・イン・ Trainingトレーニング。訓練受けてない


〈防衛戦モード 防衛対象∶護送馬車〉

 またも空中に、タワーディフェンスゲームのような画面が開いた。護送馬車とその周辺を俯瞰ふかんした、兵力配置図が表示されている。


「おおっ、これで戦えるのか?」


 我が方は、槍と短剣で武装した革鎧の兵士三人と、丸腰の俺。


「うわっ、俺のHPゲージ、低すぎ……!」

 山賊の位置も丸わかりだ。斜面の岩陰に潜んでおり、総勢七人。弓矢と剣を持っている。


 戦力的には、こっちが不利。


「んー……でも、あそこの岩、少しグラついてるな?」


 タッチパネルウィンドウに、赤い矢印で敵の弱点が表示された。俺は立ち上がると、斜面目がけて足元の小石を蹴る。


「あの岩を狙うんだ!」


「おい……何の権限で、我々に命令している?」


 さっきツナマヨおにぎりを分けてやった兵士が、俺を一瞬睨みつけてきた。


 しかし彼にも、この危機を脱出するための他の策は、特にないようだ。


「……まあ、おにぎりみたいに、行くといいがな」


 ツナマヨは渋々、他の二人に指示を出した。

「どうやら、敵はあの岩に隠れてるらしいぞ。投石だ! 急げ!」


 梅干しが、大きめの石をそこら中からかき集めてくる。ツナマヨと明太子が、斜面に向かって次々と石を投げる。


 岩の根元付近に命中した石が、岩を支えていた土を少しずつ削り取っていった。すると――


 ――ドドドドドッ!


 次の瞬間、地すべりが発生した。山賊たちが、隠れていた岩ごと、雪崩のように転げ落ちてくる。


「こ、この野郎! 全財産、そこに置いていけ!」


 なおも立ち上がって剣を抜こうとする、山賊の首領らしき大男。俺はそいつに向かって、簡易トイレの汚物袋を投げつけた。


「これでもくらえ!」


「ギャッ!」


 袋の中身が、首領の顔にビシャリとかかる。異臭にたまらず、首領は襲撃をあきらめて逃げ出した。配下の山賊たちも、後を追って遁走する。


「……一体、何が起きた? 今の地すべりは、さすがに偶然だよな?」


 兵士たちが驚きのあまり、固まっている。視線が痛い。


「そう、偶然偶然。俺は、何もやってませんよ?」


 タッチパネルウィンドウは、どうやら俺にしか見えてないようだ。一歩も動くことなく、会心の勝利。俺は牢の中へと戻り、内心ニヤつきながらも、さっさと布団に潜り込む。


 護送馬車は、王都へ向けて走り出した。

 兵士たちが、ひそひそ話す声が聞こえる。


「妙なやつだ。これは、ひょっとしたら――」


 少し、警戒され始めたようだ。今後は出来る限り、力を隠しておいたほうが無難かもしれない。


 墨子先生も言っている。「人は、の長する所に死せざることすくなし」と。


 実力を他人に見せつけると、それに目をつけられて、利用されたり、命を狙われたりするもとになるのだ。


Not inノット・イン・ Educationエデュケーション、学校行ってない


 自動翻訳と情報検索の能力。


Not inノット・イン・ Employmentエンプロイメント、働いてない


 食事と住環境を整える、空間改変能力。


Not inノット・イン・ Trainingトレーニング。訓練受けてないけど

 戦場全体を一目で見渡せる、防衛戦司令官としての指揮能力。

 ――俺自身はもう、このスキルの底力に気がついている。それだけで充分だ。他人の評価は、要らない。


「ま、この世界でも、できるだけ動かずに生きてやるよ。それが、俺の真価だ!」


 翌日、護送馬車は王都に着いた。


 三人の兵士たち――本名は知らないが、仮にツナマヨ、梅干し、明太子と呼んでいた――とは少しだけ戦友意識が芽生えていたが、ここであっさりお別れとなる。


「元気でな。勇者になれたら、またおにぎり頼むぞ」


 明るく俺を送り出す、ツナマヨ。


「寂しくなるな、ニート殿」


 渋い顔の、梅干し。


「すぐ処刑されそうで、心配だ。せいぜい、うまく立ち回れよ」


 明太子は、俺への評価も辛口だ。


 降ろされたのは、王都にある大寺院。布団を両手に抱えながら、ヨロヨロと門をくぐる。そこで俺は、魔力検査とやらを受けた。聖職者が神妙な表情で、俺の額に手をかざす。


「どうやら、魔物ではありませんね。私が保証してやりましょう」


 当たり前のことを、偉そうに恩着せがましく宣言しやがる。これで釈放かと思いきや、ここからが大変だった。光に包まれて現れた俺が、魔物じゃないなら、勇者候補で間違いないと言うのだ。


「いやいや……勇者って、冒険に出て、魔王を倒しに行くアレでしょ? 俺はただのニートだから、無理っすよ。外で働きたくないんです。在宅ワークで軍師なら、やれますけど……」


 スワンと名乗る眼鏡の聖職者は、侮蔑の表情を浮かべながら、慇懃無礼いんぎんぶれいな口調で言った。


「比企新斗。君、何を言ってるんですか。実に愚かな異教徒だ。とにかく、明日は一緒に王宮へ行ってもらいますよ」


 その夜、寺院の宿舎には入れてもらえず、物置で寝ろと言われた。これが勇者候補に対する仕打ちとは到底信じられない。


 候補とは言っても、俺は当て馬みたいなもんで、きっと本命は別にいるんだろう。


 持ち込んだ布団でぬくぬくと一泊しながら、俺は思う。


 ……王宮、行きたくねぇなあ。


 このまま明日は、昼すぎまで寝てぇ……


 だがすぐに、あの動画広告少女の顔が脳裏に浮かんで、少し思い直した。


 彼女、俺に向かって、「勇者様」って、呼びかけてたっけ。


 俺はあの時、親やSNS民を逃がそうとして力尽き、倒れた。そして、異世界にやってきた。


 ならば、この【NEET】スキルは――何のために、俺に与えられたんだ?


 俺は、勇者になる運命なのか。しかしそんな、押し付けられた「天命」みたいなものは、簡単に認めたくない。


「俺は、そんな肩ひじ張らないで、もっと自然に生きたいんだよなぁ」


 俺にスキルを付与したのは、「天命」じゃなくて、墨子先生言うところの「天志」――この異世界の、天地自然の法則だろう。


 それが世界の法則ならば、俺はそれをうまく活用して、理想のニート生活を取り戻してやるまでだ。


 目を閉じながらそんなことを考えているうちに、俺は速攻で寝落ちした。

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