家に着く頃には涙はとまり、サジタリーはずっと私の手を撫でてくれ、静かに微笑んでくれた。
何故、という幾つもの疑問が不思議に愚問に思え、何一つ質問することなく私達は無言のまま馬車に揺られていた。
そういえば、とふと思う。
この馬車の中に召使いがいない。
つまりふたりきり、だ。
ふたりきりで馬車に乗ったことなど無いし、考えてみれば手を繋いだことも無かった。
けれど、今は、ふたりきりで、手を繋いでいる。
それも、この馬車は学生の頃からよく見ていたサジタリー専用の馬車だ。
外観しか見た事が無かったが、気品溢れる造りになっていて、一度乗せてもらたいと、思っていた。
もし、もし、恋人同士になったら、
この馬車にふたりきりで乗って、手を繋ぎたい。
そう、幾度も妄想していた事が、今、現実なっているのに、全く理想とかけ離れた流れで願いが叶っている。
それも、泣いたせいで身体が熱を持っているから繋いだ手が汗ばんでいる。
そう思うと、何だか急に笑いが出た。
「どうした?」
「あのね、学生の頃初めてこの馬車を見た時、なんて素敵な馬車なんだろう、と思ったの。一度乗せてもらいたないな、と思っていた事を思い出したの」
「何だよ、言ってくれれば乗せてやったのに」
「言いづらいわよ。何人か女の子が乗せて欲しい、とお願いした時、イヤだね、とバッサリと断っていたでしょ」
「そりゃ、話もした事ないヤツを乗せられるわけ無いだろ」
「成程ね。でも、その場面を見たら何だか言いづらくなるでしょ」
「そんなものか?」
「そんなものよ」
「学生の頃、で思い出したが、卒業パーティーで着てきたオレンジ色のドレスにジュースを零して大騒ぎした事があったな」
「嫌な思い出を蒸し返すわね。あれ、凄く気に入って仕立て貰ったドレスなの。それなのに、」
「そう、それなのに葡萄ジュースを零したんだよな。オレンジ色に紫の滲みがべったりついて、大騒ぎしていたもんな」
嫌味がないくらいに楽しそうに笑うから、少しムカついた。
「そりゃそうよ。凄いショックだったし、帰ってからお母様にすっごく怒られたの。なんで、葡萄ジュースなの!?葡萄以外のジュースなら何こぼしてもある程度隠れるのよ、何故わざわざ葡萄ジュースなの!?このドレス幾らしたと思ってるの!?とね。はぁ・・・お陰で暫く葡萄ジュースが毎日出てきて、毎日小言を言われたわ」
「それはご愁傷さまだったな。だが、あのぶちまけ方はなかなかだったな」
「うるさいな。飲もうと思ったら名前を呼ばれて、そっちに気を取られたらグラスをひっくり返しちゃったのよ」
「たまに、とろくさいとこがあるもんな」
もう、と文句言いながら、他愛のない昔話に花を咲かせた。