「奥様はシュルク伯爵家に帰られました」
「ふん。まあ、そうだろうな」
執事のサイモンが無表情で伝えてきた。
己の誕生パーティーが終わり、やっと自室に帰ってきた。ネクタイを外し、上着を脱ぎ、テーブルに投げ、先にソファに座っているカテリナの横に座った。
「お疲れ様。ごめんね、先に帰っちゃって」
「構わないよ。君は大事な身体なのだから、無理は良くない。あの女が勝手な行動をしたのが悪いんだ」
「でも、なんでサジタリー様があんな事したのぉ?何で、一緒に帰っちゃったの?」
右手でお腹を擦りながら、左手はいつものように、私の腰に手を回してきた。
その様子を見るだけで、疲れがなくなる。
本当に疲れた。
あの女が逃げたせいで、全て私が対応しなければならなかった。
あの女の仕事をなぜ私が尻拭いしなければならないのだ。あの女の存在意義は、侯爵夫人、と言う立場なだけだ。
金しか持たない、役立たずをわざわざ侯爵夫人にしてやったのだ。そこを理解している筈なのに、それを放棄するなど存在意義がない。
本当に腹立たしい女だ。
「友人だと聞いている。確か中等部?いや、高等部だったかな?その時に友人になったらしい。おおよそ、シュルク伯爵殿の差し金だろう。カテリナが出産する前に、少しは、自分の娘を可愛がれ、という嫌がらせだろう。わざわざ私の誕生日にしてくるとは、余程苛立っているのだろうな」
「でも、昨日はそんな感じではなかったよね。今までもそんなこと無かったし、とても穏やかに見えたけど」
「それが手なんだろ。招待客の多いところで見せつけた方が被害者ぶれる」
「ふうん、そうかもね。でもホーンもたまには相手してあげたらいいと思うよ。あれだけ放って置かれたら少し可哀想だよ。私、別に怒らないよ」
「あれを、相手する?はっ、気持ち悪い。全く興味のない女に対して何故、相手をする必要がある」
きつめの顔と、いつも己が正しいと言葉を発し、全く可愛げがない。
「でもぉ、あの人正妻ななんだよ。あの人がいないと私、困るもん」
カテリナにとってはそうだろう。レンがいなければ、こんな悠々自適の生活は出来ない。
せいぜい、子爵あたりで、それも裕福ではない男に嫁ぐのが、精一杯だっただろう。
それも愛のない、つまらない結婚。
「だからこそ、だろ。あの女の意味はカテリナの為にあるのだ。カテリナは、私が他の女を抱いて欲しいのか?」
カテリナの髪を触りながら、頬に口付けする。
「それは嫌だけど、ホーンは私だけの人であって欲しいもん。でも、正妻は正妻だもん」
ふと、目線が気になった。
「サイモン、下がっていい。何かあれば呼ぶ」
「分かりました、ご主人様。では、失礼致します」
一礼し部屋を出ていった。
「でもね、もし帰ってこなかったらどうするの?あの人、このままじゃ惨めだもの。そろそろ嫌気がさしたんじゃない?」
カテリナが不安そうに聞いてきた。
「馬鹿馬鹿しい。帰る家などここしかない。サジタリー様は、何かしら口車に乗せられ、迎えを頼まれただけだ。そうでなければ、王子自ら人の妻を連れていくわけが無い」
「言われてみれば、確かにそうね」
「あんな女の事放ってほけばいい。それよりも、疲れただろ?悪いが明日からはパーティーに、出るのは辞めておきなさい。レンが、居ないんだ。招待客を相手するだけの女なのに、それがいないと、カテリナが相手をしなければならない。大事な体なんだから、休んでいなさい。父上と母上も同じことを言っていた」
パーティーは、爵位譲渡の関係もあり5日開催され、まだ、2日目だ。わざわざ、この忙しい時に、パーティー開催時に連れて帰るなど、それも招待客の前でなど、私に対する嫌がらせでしかない。
招待客も興味津々で帰る2人を見ていて、その後質問ぜめで、辟易している。
下手な嘘をついて後で面倒になりたくないから、正直に分からないと答えたが、もしかしたら、妻の両親が体調を崩したのかもしれない、と言っておいた。
どうせパーティーが終わったら帰ってくるのだ。
カテリナが2人程子供を産んでくれたら、相手をしてやる予定なのだから、それまで大人しくしていればいいのだ。
大人しそうだから選んでやったものを、まったく侯爵夫人としての我慢が足りない。
「分かったわ。大人しくホーンを待ってるね」
微笑むカテリナに、満足した。
そうだ。君も私の言う通りにすればいいのだ。