◇ ◇ ◇
その日の夜。私は部屋で一人、泣いていた。蒼羽は優しいから、私が泣きだしたら「好きになれるように頑張るから」って言い出すだろう。
情で好きになってほしくなかった。これは私の譲れないプライド。わかってたけど、やっぱり振られると悲しいな。
明日から、どんなテンションで話しかければいいの? それとも諦めるにはまだ早い?
死ぬまでに今よりももっと蒼羽に私のことを好きになってほしい。異性として意識しなくていい。今よりほんの少し、幼なじみとして世界一大事だって思ってくれるだけでいい。
私って強欲? そんなことないよね。
誰だって一度は思うこと。好きな人に振り向いてほしいって。
「所詮アオバにとって、お前は幼なじみ以上の価値はないってことだ。振られたことだし、オレ様と付き合え!」
「なっ……」
忘れたくても忘れられない声がすると思って後ろを振り向いたら、そこには昨日の夜夢の中に出てきた死神がいた。頬を引っ張ると痛い。
夢なら覚めてほしいと願うも、これは現実だ。なんて悪夢だろう。
「どこから私たちの会話を聞いてたの?」
「ずっと隣で見ていた。お前が死ぬまで側を離れるつもりはない」
「そんな……」
こんなの、疫病神じゃないか。
「本当は一日中行動を共にしたいところだが、昼間は死神の仕事があるからな。寂しい思いをさせるかもしれないが我慢してくれよ」
「……」
どこから、こんな自信が湧いてくるんだろう。いつ私が寂しいと言ったの?
「私、諦めたつもりはないから」
「は?」
「一度、蒼羽に振られたくらいで諦めるほど、軽い恋はしてない。これは本気も本気。どうせ死ぬ日が決まっているなら、最後まで足掻いてみせる」
「ふん」
私の覚悟が気に食わなかったのか、鼻で笑われた。一目惚れした相手が違う人を想って行動するのなら尚更、不快でたまらないだろう。それとも喧嘩を売っているつもりなのか。
死神は『本気の恋とやらを見せてみろ』と言わんばかりに上から目線の言葉を言い放って、どこかへと飛び立っていった。
このまま現れないほうが私の恋路の邪魔もされないのだが、きっと明日も死神は私の前に訪れるに違いない。これは女の勘ってやつだ。明日からも蒼羽と話そう。
振られたからって、下を俯くのは駄目だ。タイムリミットまで猶予はある。だったら、それまで私に出来ることをしよう。こんなことで諦めるなんて私らしくない。
『よしっ!』と頬を叩き、気合いを入れ直した私はそのままベッドへとダイブし、夢の中へと意識を手放した。
◇ ◇ ◇
ジリジリと蝉の鳴き声が聞こえる。クーラーをガンガン効かせたはずなのに、蒸し暑い。私はパジャマをパタパタし、涼しい風を少しでも取り込もうとしていた。
「夏休み、か……」
気付けば期末テストが終わり、夏休みに入って数日が経った。私は夏の暑さにやられながら目を覚ました。
あれから蒼羽とは幼なじみの関係を続けていた。学校では普段通り教室まで向かい、昼食は毎日一緒に食べた。
何気ない日常の中に入り込んでくる闇は二つ。それは刻一刻と迫り来る私の寿命。最近では、息切れや上手く言葉が出ない日があった。
私は一体どんな死に方をするんだろう? それを考えるだけで『死』というワードが頭から離れない。そして、もう一つの闇は……。
「おい雨音。菓子がなくなった! これと同じもんはもうないのか?」
「次にスーパーに寄ることがあったら買ってくるから」
「頼んだ」
「……」
私の生活は死神に侵食されつつある。
ちなみに死神はアイルという名前らしい。出会った頃はアイルを家に上げるつもりはなかった。
けれど、気分が変わってタイムリミットを縮められたり、突然殺されたりしたら嫌だという考えが浮かび、やむなくアイルを部屋に置くことにした。
どうせ私にしか見えないのだから、置いておく分には何も問題はないだろう。ただ、やたら私のプライベートに口出ししてくる。本音を言えば、今すぐにでもやめてほしい。
ピーピーとスマホから音がなった。電話がかかってきたので名前を確認すると、そこには『蒼羽』とあって、私はすかさず電話に出た。
「も、もしもし、蒼羽?」
「雨音。今日空いてる? 良かったらこれからプールでも行かね?」
「行きたい。蒼羽とプールっ!」
浮かれてるのが声でバレてしまっただろうか。好きな人と夏休みに会えるだけで十分嬉しい。しかも夏の思い出も一緒に作れるなんて、今なら翼がなくても空が飛べそうな気がする。
「どうせ幼なじみとして都合いいんだろ? なんだ? ビキニでも着て誘惑でもするのか?」
「うるさい」
私にしか聞こえない声、というのも厄介なものだ。
「雨音?」
「なんでもないの。気にしないで」
「そうか? なら、準備が出来たら俺の家に来てくれるか?」
「うん、わかった」
そういって電話の通話が切れたと同時にスマホをアイルめがけて投げつけた。
「うぉっ! 危ねぇな」
「アイルのせいで、蒼羽に変な子だと思われたじゃない!」
「アオバにその程度で嫌われるなら、やっぱ幼なじみからレベルアップするのは当分難しいなぁ~」
「余計なお世話」
「んで、どんな水着着るんだ?」
「アイルに見せるつもりはないから」
私は気持ち悪いほどの笑みを浮かべているアイルを横目にプールに持っていく荷物をバックにつめこんでいた。
「減るもんでもないし、いいだろ。それにほら。オレ様はお前のことが好きなんだし。好きな人の水着を見たいのはお前もわかるだろ?」
「はいはい。それよりいいの? 死神のお仕事」
昼間は死神に依頼があるとかで日中はいないことが多い。自分の寿命を奪った相手に遅刻しないように促すのは私もどうかしている。でも多少の優しさを見せないと、アイルの気が変わるかもだし。
死神なんて嘘をついてなんぼの生き物なんだから……。私はアイルを心の底から信用したつもりはない。お互いの利害が一致したから、今は一時的に私の部屋を貸してるだけ。
「あっ、いっけね! オレ様が帰って来たら見せろよ~」
「だから見せるつもりはないって」
翼をバタバタさせて、仕事場へと向かうアイル。心なしか嬉しそうだ。そんなに私の水着が見たかったのか。
好きな人の水着が見たいのかどうか。それだけはアイルの意見に同意せざえるおえないのが、微妙にイラつくのは何故だろう。