神様達の休憩時間。
まったり、御茶なんか飲んでいたりするのだが。
神様達にだって、休憩は必要だろう。
普段、たくさん世界間の調整とかで仕事をしているわけだから。
というわけで、神様達は白い雲みたいないつもの空間で茶飲み話をしていたりなどしたのである。
もっとも、それは単純に気楽な休憩というには少しばかり深刻なものであったのだけれども。
若い神が湯呑みを手にしていうのは、そのことだ。
先日、ねこ様達の要請により、異世界転生をキャンセルされてしまったニンゲンのことである。
「しかし、…――このままでいいのでしょうか」
「そうはいうてものう、…。世界の内側に我らがそう簡単には手を差し伸べてはいかんというのがルールじゃ」
神様もせんべいと湯呑みを手にして少しばかり深刻に応える。
「…あまりにも、――過酷な人生でございましたね」
「まだ終わっておらん」
「は、すみません、…」
本来、事故の後死亡して人生が終わり、異世界転生するはずだったニンゲンの人生をうっかり過去形でいってしまった若い神に神様が突っ込む。
そこへ。
「ま、だからって、終わったことには違いないでしょう。いまからは余生では?」
「…――言い方がのう、嵐神、どうしたのかのう?このような席にあらわれて」
後からかかった声にあわてて若い神が振り向く。
それに、ほらお茶菓子、と袋に入った芋花林糖を渡す嵐神に。
「ありがとうございます。これは?」
「ああ、異世界転生管理主担当の女神達からの差し入れだ。おまえさん、ねこ様達の要請がなければ、転生に丁度良い魂を選定してくれてたんだろう?最近、異世界転生と転移があまりに多くてな。女神達の仕事がかなりつんでたから、…―――手伝ってくれようとしていたことの礼になるそうだ。それと、同じ重さの魂をすぐに選んで転生手続きも済ませてくれたろ?」
「…ああ、それで、――いえ、それほどのことでは。実際の手続きはこちらの神様がしてくださいましたし」
「いやいや、わしこそ、選んでくれたものを認めるだけのお仕事じゃよ。いつもたすかっておる」
「そんな、…神様も、女神様達もありがとうございます。嵐神様にも、わざわざこちらまで来ていただいて」
恐縮する若い神に、嵐神が肩をすくめる。
「別に気にするな」
「しかし、そんなに異世界転生や転移は最近多いのかのう?」
神様の問いに嵐神がうなずく。
「そうですね、いまの処、楽しんでやってるからまだよさそうなんですが、…――」
「やりがいがあるからといって、やりがい搾取になっていてはいかんのう」
「そこでしてね。メイストームの時期にははやいんですが、一度、関係なく世界を吹き飛ばそうとかいう話まで出ていましてね。要は、混線させようと」
困った風にいう嵐神に、若い神が慌てる。
「そちらはそんな大事になっているんですか?世界の混線だなんて!」
「一度、シャッフルしてしまった方が、ちまちまと異世界転生とか転移をさせてるよりは、効率がいいんじゃないかという意見が出ていて。実は、それについてお知らせと意見をお聞きしたいと思って根回しにきました」
「…―――嵐神は、昔から、外見と異なっていつも細心じゃのう」
嵐神は、人が見たら壮年と青年の間にあるような猛々しいハンサムといった容貌にたくましい体躯をしているように見える。その人間が生きている時代背景によって、衣装はいわゆるギリシア神話の神々が着ているようなローブにも、あるいは騎士や剣士にも、兵士のような格好にもなってみえるだろう。
神様達には、嵐神の姿は渦巻く星雲のような激しく移り変わる形状として映ってるのだが。
いずれにしても、激しい嵐そのままであるような姿とは異なり、裏を通し緻密に計算をして進路を決定していく性質は神様達の間ではよく知られている。
「ありがとうございます。褒め言葉としてきいておきますよ。処で、人間で気になっている対象があるとお聞きしてるんですが?」
その嵐神が訊ねるのに、神様がこまった顔をする。
「耳が早いのう、…。それも、今回のシャッフルと関係があるというのかね?」
「ええ。基本的にこちらの方面にある世界間では、あまり動的な混線は行われていないでしょう?それが、世界間の停滞をもたらすとはよくいわれていると思うんですが」
「否定はできんのう、…」
「わたしたちの担当する方面の世界達は、随分と動的に扱われているんですがね。それでも、停滞や濁りは生まれてしまう。それでは、世界は存立できませんからね。世界を保ち、その生存を続けさせる為に苦労もしているわけですが、…――。」
「こちらは、世界の安定を第一に生存をのばしていく方針で動いておるからのう、…。どちらが良いというわけではなく、遣り方の違いというわけだが」
「それも、上からの指示ですからね?神様は元々、もっと激しい遣り方をしておられたとききますが」
「―――…!」
嵐神の言葉に若い神が声に出さないまま驚いて神様をみる。
疑問があったって、若い神の立場からは声に出せない。
穏やかで白い髭をこまって手にしている神様の姿からは、嵐神のいうような方法をとるとはとても思えない。
「…昔のことじゃ、で、…先日のニンゲンの話かの?」
「そうです。どうにも、ねこの女王からの要請があったとか」
「そうじゃ。…――我ら神々であろうとも、ねこ様達からの要請は断れん。この数多ある世界の総てで優越するのは、ねこ様であるからのう、…」
「確かに、ねこ様の、それも三毛猫の女王様からの要請とあれば、―――…世界の理など、後回しにしても仕方がありませんからね」
「そうなのじゃ、…。」
「しかし、ねこ様でおられるので、後のフォローがないのですね?」
「…―――それをいってはいかんぞ、嵐神の」
「ですが、現実ですからね。ねこ様達は気まぐれで、そもそも要請されたとしても後のフォローは絶対になさいません。神様達も、それで人生を終わり転生するはずだったニンゲンのその後に関して、困っているのではありませんか?」
「…―――むう」
嵐神の言葉に神様がうなり、若い神が何かをいいかけて視線をふせる。
それに、ちら、と視線をやって。
「何か提案があるのか?いってみたらいい。許可するぞ?」
「…―――」
嵐神の言葉に、若い神がためらって神様をみる。
神様が腕組みをして目を閉じ、くちをへの字に閉じる。
「ほら」
うながす嵐神に、若い神が思い切ってくちにする。
そう、これは休憩時間で、神様だっていまはきいていないのだから。
「…―――ニンゲンに、…しあわせな転生をさせてやることはできないでしょうか?あまりにも不憫で、…」
神様達は、本来世界の内側に生きる命――例えば人間のような小さな命の行く末に関わることはできない。
だから、若い神のこうした発言は本来なら規律違反だ。
「そうか」
嵐神が微苦笑を零す。人の生に関わることは、神様にとって本来してはならぬことだ。それでも、――――。
いや、だからこそか。
人の小さな生をみるうちに、手を差し伸べてやりたくなることがある。
運命を変えることが、――――。
若い神の手に、嵐神のもってきた女神達の土産である芋花林糖の淡いベージュが白い生姜砂糖を纏ってきらりと光を返していた。