がっくり、とニンゲンが肩を落として落ち込んでいる。
「もう、…ダメだ、…―――」
ニンゲンは下僕としてもう終わった。
――もう、…本当にダメだ、…どうしよう…―――。
「――――たすけて、…」
おもわずも、つぶやく。
ニンゲンの力ではもうどうにもならないことが起きていた。
ミケさまの脱走である。
いや、正確にいうと、脱走二回目。
一度、戻って来られたのを何とかつかまえて、中にお入りいただいて。
――しかし。
今朝また、脱走されてしまったのだ。…
そして、今度はごはんを食べに優雅に戻ってこられた処を捕まえようとして、しまった。
びゅーっ、と見事に素早く逃げてしまわれたミケさま。
あんな風に逃げられたら、もうごはんを食べに戻ってもこられないかもしれない。…
「なんで、あせったんだ、…。もうすこし、そーっと、…昨日までみたいに時間をかけて、…―――ダニよけのお薬切れるころだから、あせったんだよな、…ばかか、…もうダメだ、…――――」
がっくりと肩を落として落ち込み続ける。
「…ミケさま、…もう戻って来ないんじゃ、…―――」
落ち込んだままニンゲンは言葉を失っている。
「ダニよけのおくすり、…まだしていなかったのに、…―――。昨日戻ってきてくれたとき、しておけばよかった、…――――」
もうどうしていいか、わからない。
ミケさまの脱走。
ニンゲンには、もうどうしていいか、わからなかった。
いや、ひとつだけわかったことがある。
「…もうこの家、…――住んでるのは厳しいのかな、…」
一回目の脱走のときも、どうして外に出ていたのかわからなかった。
「…今回、それがわかったことだけは、いいことだよね、…」
まさか、二階から。
一階はすべて鍵もしまっていて。
状況は一回目の脱走のときと同じだった。
縁側の外に出ておられたミケさまをみたときの驚き。
最初のときに、そとを優雅にあるいておられて、お向かいの庭に入っていってしまうお姿を拝見したとき、かなり家の中を探して脱走できる箇所がないのかみたのだが。そのときはわからなかった。
けれど、流石に今回は解った。―――――
正月の地震で家が一部損壊になって。
何とか雨漏りなどはしていないから、なんとか住めて。
けれど、…――――。
今回、ミケさまの脱走で、ようやく理解したのだ。
「あんなところにすきまが開いているなんて、…―――ミケさま、…――――」
がっくりと自身のうかつさに落ち込み続ける。最初の脱走時にわからなくて、探し切れていなかった。
そして、昨夜は何とかその日の朝にミケさまを確保できたよろこびに、ダニよけのお薬を買わなくてはと外出して。そのときも外にはいっていなかったから、すきまがあることなんて知らずに完全に油断していたのだ。
「せめて、お薬つけておけばよかった、…」
薬を買ってきて、落ち着いてから、明日でいいか、と。
「間違ってた、…―――、それに、これから暑くなるのに、…」
本格的に暑くなる前に確保できて、ほっとしていたのだ。…
だのに。
ミケさま、…―――。
「もう、ごはん食べに戻って来られないかも、…」
せっかく、それでも朝ごはんを食べに縁側に戻ってきていたのだ。
もう少し、あせらずにゆっくり戻ってきてもらうように、また説得を続けていれば、…――――。
「おれって、…もう、ダメだ、…――――」
つかまえようとして、こわがらせてしまった。
もう、どうしたらいいかわからない。
「…また警察と保健所に連絡しないと、…」
昨日の朝、戻りましたと連絡したばかりなんだけど、と。
「もう、ミケさまのことはあきらめた方がいいのかな、…―――」
あのすきまがあって、ふく姫としま王子が中にいるということは。
ミケさまは外に行きたくて、―――。
残りの二匹は気がついていない可能性もあるけれど。
「…ミケさまは外にいたいんだよな、…―――どうしたら、いいんだろう」
ニンゲンが真っ暗になっているころ。
ミケさまは、つーんと顔をあげて、ニンゲンにあきれていた。
「まったく、下僕なのに乱暴で困るわ」
そして、日陰を歩いてゆっくりと佇む。
イエのすきまから外に出て。
屋根をつたい、見事に外に出たミケさまである。
そうして、でもちょっとお腹が空いていたので、ニンゲンのいる縁側に戻ったのだ。そしたら、ニンゲンが何か凄く困った顔をしてごはんを出して、水をおいて。
おいしいおやつを小皿に出すから、それについつられて食べていたのだ。
そんなときに、つかまえようとしてくるなんて。
―――でも、今回は逃げましたわ!
昨日は不覚をとってしまったのだ。ニンゲンがミケさまの為に縁側の外に用意するごはんとお水。それを、ニンゲンにつかまらないように警戒しつつ食べていたというのに。どうしてか、そのときはニンゲンがそぅっとつかまえようとしているのを知っていたのに。
―――昨日は不覚だったわ、…。
ニンゲンは運動神経が鈍い。そのニンゲンに、ごはんに夢中になってしまっっていたといえ、つかまってしまったのだ。
――まったく、気をつけなくてはね?
ニンゲンの隙をついて、今日も逃げだした。
ニンゲンがきづいていないイエの中のすきまから。
―――ふふ、ニンゲンも気がついたでしょう?
まだまだね、ニンゲン、とおもいつつ。
ミケさまは、お外を悠然と散歩していくのである。―――――
それは、ねこ様会議でのこと。
数週間前の会議でのことだ。
議題は、ニンゲンに関してである。
ニンゲンは、なやんでいた。
仕事をすることができずに数ヶ月。
新しい仕事を探す必要があるけれど、どうしたらいいのか、と。
怪我の為、体力は落ちた。ついでに、いままでのように無茶な仕事にはつけないこともわかった。
――ねこ様達の行く先を探さないと、…―――。
何とか、仕事を探していままでのようにねこ様達と暮らして行けるようにがんばりたい気持ちと。もう身体もムリできなくなってしまって、どうしたらいいかわからない気持ちと。
真っ暗になっていたり、―――それでも、がんばらなくてはと思ったり。
そんな風に悩んでいるニンゲン。
そのニンゲンについて、今後どうするかねこ様達は会議をしたのだ。
「わたくしが、外へ出ます」
ミケ女王が優雅に宣言する。
両足を綺麗に揃えて、美しい姿勢だ。
しま王子がそれをみて、目をぱちくりする。
「えー?そと、あついよー?」
それに、ごはんどうするの?ときくしま王子に、にっこりと。
「勿論、ニンゲンに給仕させます。ニンゲンはわたくしに甘いですから、ごはんとおみずを外に用意するでしょう。」
「えー、でも、新しいごはんがいいよー、おそとにおかれると、ふるくなっちゃうでしょ?」
「ニンゲンが新しいものを用意します」
「まーそうかもー」
ニンゲンだし、としま王子がいいます。
無言でにらんでいるのはふく姫です。
「わたくしがいないと、テリトリーが広がると思っているでしょう」
「…―――何の為に、そんなことをするの?」
警戒しながら、ミケ女王をみてふく姫がきくと。
「もちろん、ニンゲンの為です」
「…ニンゲンの?しんぱいするよ?ニンゲン。かわいそうじゃん」
「…―――しま、…」
ミケ女王が残念な子をみる目でしま王子をみます。でも、しま王子は全然こたえません。それがしま王子ですが。
「いいですか、しま。ニンゲンはいま色々と悩みすぎています」
「うん?そーなの?」
かりかり食べようかなあ、と会議から気がそれてきているしま王子が思っています。
それに、優雅に威厳をもってミケ女王がいいます。
「ニンゲンはね、まだ身体が万全ではありませんが、色々とあせっているのです。そして、余計なことをたくさん考えています。」
「ふーん?」
かりかり、あのかりかりがいいなあ、…ニンゲンあけてくれるかな?
完全に新しいかりかりのことしか考えていないしま王子に構わず、ミケ女王が静かに宣言します。
「ですから、ニンゲンに考える暇をあたえないのですよ。わたくしが外へ行けば、なやみなど吹き飛んで、わたくしのことしか考えられなくなります」
「えー、それはそーだろうけどー」
―――それは、わたくしのチャンスね、…。
しま王子がいっている傍で、ふく姫が考えます。いまミケ女王がいる為にふく姫のテリトリーはいつも危険にさらされています。しかし、ミケ女王が外に出れば。
「…賛成するわ、わたしは」
「あら、ありがとう。ニンゲンの為ですからね?」
「えー、…単にそとに出たいだけじゃないのー?」
「…――――」
無言で、真実をいいあててしまったしま王子をミケ女王が睨みます。
「わたくしは、二階にあいたすきまから外へと出ます」
「えー?あそこ、あぶないよー?」
「…―――」
「決めたのです」
ミケ女王が決定というのにしま王子もふく姫もなにもいわず。
そうして、会議でミケ女王の脱走が決定した翌朝。―――
「え?どうして、…どこから、…――――?」
早朝六時。
庭に水をやろうと外へ出た――玄関の鍵他はしまっている―――ニンゲンが呆然と、優雅に外を歩くミケさまをみて立ち尽くすことになり。
「え?え?…どこから?鍵、全部しまってるはず、…―――」
そうして、ミケさまの脱走がどこから成されたかをそのときニンゲンは見つけることができず。
約半月、ミケさまが縁側の外にごはんを食べに来られるかどうかを心配し。
何とか中に入れられないかとがんばり。
暑さに心配し、もうそろそろダニよけのお薬が切れてしまうからとても心配になって。
ようやく、何とかつかまえて中に入ってもらって、―――。
「せめて、…昨夜のうちにお薬つけておくんだった、…―――」
と、後悔に塗れるニンゲンがいるのだった。…
脱走箇所に気がつかず、開いたままになっていたこと。
せっかく、朝ごはんに戻ってきたのに、あせって食べている処に手を出して、びゅーっ、と逃げられてしまったこと。…
「もう、もどってこられないかもしれない、…――――」
これから、暑くなるのに、…―――。
がっくりと肩を落とし、ニンゲンがつぶやく。
「どうしたら、いいんだろう、…」
――ミケさま、無事でいてください、…。
お外にいてもいいから、元気でいてほしい、と。
せめて、と祈るニンゲン。
その頃、ミケさまは。
「やはり、自由って良いものですわね?」
優雅に木陰をあるいて、のんびりと。
――後で、ニンゲンが縁側にいない隙にごはんを食べに戻りましょう。
などと、おもっておられるのだった。…―――
そして、しま王子とふく姫は。
ダニよけのお薬を背中にさされて。
しま王子は「つめたいっ!」といやがっていたり。
ふく姫は、いやな気配を察して、あちこち逃げ回って、その後。
「え?これだけなの?」
ニンゲンがやっと背中にさしたお薬に、あんまりなんにもなくて逆に驚いていたり。
そして、二匹にお薬をさしたニンゲンは。
「…―――ミケさま、…お薬だけでも、させばよかった、…」
戻ってきても、お薬だけでも、…ムリだよね、とか。
無茶苦茶、悩み続けているのだった。
ミケさま、ニンゲンの為に戻ってあげてください、…―――。