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15 ニンゲンの望み 1



 …ミケさま、…無事でいてくれますように、…―――。

 ミケさまが元気でいてくれればそれでいいんだけど。


 暑い日が続き、脱走なさったミケさまを心配しているニンゲン。

 ニンゲンの体調も、怪我が治ってきて何とか普通に動けるまでにはなってきたのだが。ニンゲンは、暑さに弱い。寒さにも弱いが。

 そして、ミケさまの思惑通り、朝と夕方、ミケさまのお姿がちゃんと縁側の外にみられるかを心配してニンゲンは過ごしている。

 ――保健所の人が罠をかしてくれるとはいうけど、…。

「ミケさまがわなにつかまっている未来がみえない、…――」

ミケさまはねこの中でもかなり賢い。ニンゲンの手をかいくぐり、好きに生きてきてこの近所のねこ界を支配してきた女王様である。

 わなを仕掛けた処で捕まるとは思えなかった。

 そして、もとより、かなりとろいニンゲンだが。

 ようやく怪我が治ってきているとはいえ、ミケさまを捕まえられるような俊敏さは望むべくもなかった。

「…どうしたらいいんだろ、―――」

 結局、ミケさまが戻られる度に、お食事をお出ししつつ説得を試みるという方法しか思いつけないでいるニンゲンである。


 その日の朝もそうだった。

「ミケさま、もう戻りましょう?中の方が涼しいですよ?外は暑いでしょう?ね?」

縁側にニンゲンが座り、縁側の踏み台に置かれた新しいお水とごはんをきちんと座って食べているミケさまにニンゲンがうったえている。

 我関せず、とおすまし顔でしっかりごはんを食べておられるミケさまに、ニンゲンがため息をつく。

 ――体調が心配だから、この暑いのにまずは食べていただくことが優先だけど、…。

ニンゲンが住まう辺りは本当に田舎だ。緑が濃く、少し視線を送れば背の高い針葉樹なんていうものが、すぐそこにあったりする。空家なんかも多い。

 そもそも、もともとは農村だったのだ。

 いまも、もと農家は周囲に多い。現在農家もしかりである。

 何なら、少し昔には馬を飼っていたりした地域だ。

 住んでいる方もお年を召した方が多く、一番年長の方は大正生まれである。

 大正生まれだが、とても元気でいまだに現役。

 周辺に住む誰もが頭が上がらない存在で怖がられている。八十代の方ににらみをきかせているのだから、もう誰も勝てないのだ。

 そして、そんなお年を召した方が多く農家でもあった家が多い田舎であるから、内外自由にねこ様を飼っておられる方は多い。

 むしろ、家に閉じ込めていたら、ねこ様に自由をあたえないのか、ゆるせん!と怒り出されるお年を召した方までいるくらいである。

 だから、ミケさまがお外で自由に暮らしておられても、おそらく他に涼まれる家もあり、ごはんだってもらっているお家もあるのかもしれない。

 唯、―――そう。

 昨年の地震から、色々と変わってしまったのだ。

 かなしいことに、地震で被災したあと。

 被災ねこ、が商売になってしまっていたらしい。

 被災地でねこを保護してくれる善意はいいのかもしれない。

 本当に善意なのかはともかくとして。

 ――――被災した人に断りもせずに、内外自由で飼っている――田舎だから、近所の複数の家がごはんをあげていたりした――ねこ達をさらって、都会にもっていって商売にしていたらしいのだ。

 お金になるらしい。

「被災猫」とかいうそうだ。

 ある団体は、その団体の名刺をもった人が勝手に動いて、都会にねこを運んで売っていたそうだ。同情されて、被災猫というのは高く売れるものであったらしい。

 迷子になった猫を探している被災地の人がいて警察に届けていても確認すらせず、地震のあった処から、根こそぎ猫をさらって連れて行き、寄付金とかをもらう商売をしていたのだそうだ。

 近所の猫がさらわれて、とても心配して探した人がいて。

 警察にも、保健所にも、獣医師会にも連絡して必死になって。

 迷い猫を探す掲示板に乗せた途端に、SNSで連絡がきたそうだ。

 いきなり、そのねこかもしれないから、帰して欲しいなら話し合いをしろ、お金を寄越せ、と。都会まで猫を運んだ費用と他にもかかった「経費」とやらを要求してきたそうだ。しかも、警察にいうな、ファミレスまで来て話し合え、金を寄越せ、と。金が支払えないなら、このまま被災地でそうしたお金も支払えない人の処に住むよりも、もっとお金持ちで立派な家に住む人達にもらってもらえるならその方がいいじゃないか、とまでいわれたそうだ。

 さらに、そんなにねこが好きなら、ボランティアで(かれらがさらってきた)猫がたくさんいるから、その世話をすればどうだ、とどの猫だっていいだろう、とまでいわれて、その人は怒ったそうだ。

 どの猫でもいいわけじゃない、と。

しかし、動画が撮影されて――フェイク画像で合成かもしれないと悩んだそうだ――殆ど脅迫されて、本当かどうかわからずに悩んだその人は、そのSNSを寄越した相手の名乗っている団体に問い合わせをして、本当にその人物が所属しているのかを確認した。

 それで、何とか事態が動いた。

 その人は確かにその団体に所属していたそうだが、会長である人は、その人が都会に猫を勝手に運んでいる活動をしらなかったのだという。

 団体といっても、家庭用のプリンタで印刷した名刺かわりのカードを持ち歩いているだけで、特に規則等があるわけでもなく。

 その会長さんが間に入り猫を取り戻してくれて、ようやくその猫は家族のもとに戻ったそうだ。

 そんな風に、地震があった後から、色々な人が来るようになった。

 ねこを自由に外に出していたら、攫われてしまう。

 「被災猫」が商売になってしまう状況になってしまった以上、ニンゲンもねこ様達を自由に外に出すことはできないと、地震の後、ある程度家が片付いてからは家の中だけでねこ様達過ごしていただくようにしていたのだ。


「ミケさまは、…もともと、内外自由にされていたもんなあ、…」

 ニンゲンが暗い声で呟いて考える。

 もともとニンゲンは、しま王子も家の中だけで暮らしてもらおうと思っていた。

 ミケさまにも同じく。

 どちらも、もとはお年を召した方が内外自由で飼っておられたのが、コロナ下でその方がもどって来られなくなり。しま王子がニンゲンの古家の庭で怪我をしていたのを保護して病院に連れて行ってから、いつのまにかミケさまもニンゲンがお世話をするようになり。段々と家の中だけの暮らしになれてもらおうとニンゲンががんばって。

 地震の後は、「ねこさらい」が来て「被災猫」として連れて行かれるのを防ぐ為にも、家の中だけで暮らしていただいていたのだが。

「…―――もう、あまり最近はねこを連れて行こうという人の姿はみないみたいだけど、…――」

そのかわり、外国語で話して家の周りをうろつく黒づくめの人とか、ぶっそうな方面の人達が、「家の点検しませんか」などと来るようになってはいたようだが。

「ミケさま…無事かな、…」

 何より、今年は異常に暑い。

 昨年はどうだったか、地震の後の色々がありすぎて実はあまり記憶していないニンゲンだが。今年はとにかく暑い。


 ―――ミケさまが、無事でいてくれますように、…――。


 そればかりを祈るニンゲンである。




 その頃、ミケさまは。

「自由っていいわね、やはり」

 木陰に涼んで、まったりとしておられたりとするのだった。―――


 悩んでいるのはニンゲンばかりなり、なのである。…




 さらにそして、そのころの神様達は。

「ニンゲンの今後についてだが、ニンゲンにきいてみたらどうだ?」

「え?」

嵐神の提案に、若い神が驚いて見返す。

「ふむ、その手があったか」

神様が白髭に手をおいていう。

「…え、でも、接触してはいけないのでは、…?」

「それはな?」

若い神の疑問に、嵐神が。―――――



 神様達がそんな相談をしているころ。

 下界では。


 ミケさまはのんびり木陰で涼み。

 しま王子はふく姫にせまってふられ。

 ふく姫は、つーん、としま王子にしゃーっをして。


 それぞれ、ニンゲンが小皿においしいおやつを運んで来たらよろこんで食べたり。ころりんところがってひるねをしたり。

 ゆっくりのびて、ふぁーとあくびをしたりとしながら。

 まったりゆったり、ねこ様達はすごしていたりとするのだった。




  かくして、風雲急を告げるニンゲンの運命やいかに?!

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