地震で仕事を失って。
ケガをして。
家が壊れて。
それでも、何とか水は出るしトイレもできるから。
お風呂は壊れたままだけれど。
壁にヒビは入ってるけど、雨漏りもしないのは運が良いよね。
部屋の中とか、物が全部崩れてきてとんでもないことになったから、
片付けるのにとんでもなく時間がかかったけど。
色々なものを捨てたけど、…―――却ってさっぱりしたよね?
身体を治して、仕事を見つけて。
試用期間に交通事故に遭うとは思ってなかったけど、…。
事故で休んだら、――連絡はしたんだよ?病院で検査があって遅れるって――――そこで、急に休んだことをあれだけ罵られて、クビになるとは思わなかったけど。
(あ、一応それでも、自主都合退職になってるんだよ?あのときは、もうケガで抗議するとかそんな気力もなかったからね。)
あれはでも、怖かったなあ、…。
遅れる連絡してるはずなのに、いきなり怒鳴られ続けて。二週間は休む必要があると伝えたら。――しかも、本当にケガなんてしてるならな!とか、いわれて、意味わからなかったしな、…。
うん。あんまり、思い出すのやめよう、…。
いい思い出じゃないものね?
「…ニンゲンさん、その相手に復讐したいですか?」
あれ?誰だろう、…?
そっか、夢か、…ふくしゅう?
予習、復習、じゃなくって、…――――。
「はい、そちらではなく、ニンゲンさんを酷い目にあわせた相手への復讐です」
声がなにかこわいこといってるけど、…。
ふくしゅうかあ、…――べつにいいや、
あ、でも、あれはこわかったから、…――。理解できなかったし。
あの人や、ああいう人がもうこっちにかかわってこないようにできたらいいなあ、…。何か、理不尽でこわかったし。
こっちに関わってこなければ別にいいかなあ、…。
「わかりました」
本当は仕事探さなきゃいけないのに、ああいうひとにまた当たったらどうしようって思うんだよね、…。今回、仕事探すのに焦ったからなあ、…。見分けつかないよね、しかし。いや、仕事につきたいが先で見ようとしなかったのかな。
いまも身体が治りきってないし、もう前と同じように身体を動かす仕事にはつけないし。どうしたらいいのかって、絶望感はあったりするんだけどね。
急いで仕事探さなきゃと思うのに、また焦ってあんな所を引き当ててしまったらどうしようともおもう。
ためらうよね、…。
もう、ああいう所に当たらないで、普通に平凡に平和に仕事ができるといいよね。
いきなり、ののしられたり、怒鳴られたり、理不尽な怖い目にもう遭わないといいな、…。
「では、これからどのように生きるのが希望ですか?」
…希望?
夢だからかな、…――。
そんなこと、これまで考えたこともなかったな。
これからどういう風に生きられたらいいかってこと?
「そのようなことですね。これから、ニンゲンさんはどんなふうに生きられたらいいとおもいますか?」
やさしい声だなあ、…―――。
どんなふうに、生きられたらか。
そうだね。
希望、…。
ミケさま達と、幸せに暮らしていけたらいいかな、…。
ちゃんとお世話ができて、病院にも連れていってあげられて。
もちろん、普段から健康なのが一番だけどね。
それで、ミケさま達の好きなごはんもおやつも買ってあげられて。
しあわせだといいな、ミケさま達が。
ああ、でも。
ミケさまにとっては、家に閉じ込められているより、やっぱりお外がいいのかな。
お外に他に家もあるだろうし。
それに、…―――。
あのときを、思い出す。
ミケさまは、ずっとまっていた。
もともと、お年を召した方の家にミケさまはいて。
でも、その方がコロナで戻ってこなくなって。
その人と、話したことはないんだけれど。
アパートの一階で、その人がいなくなってからも、カーテンが少し開いている掃き出し窓を、じっとミケさまはそちらに向いて座ってまっていた。
路地裏の狭い道で車なんてほとんど通らないはいえ、隠れたりせずに。
そんなところに座って、じっとまだ少し開いたままの戸をみていた。
あの後ろ姿が思い出されて。
ミケさまは、ずっと待っていた。
いなくなって、2、3日ではなくて。
いつだったか、もうその位置で待つのをやめたけれど。
ずっと、みていた。
多分、その戸が開いて、その方が招きいれてくれて、――――。
それまでと同じ日常を、多分、ごはんをくれて、それから、―――。
その方とは話したことがない。
ミケさまがみていた掃き出し窓はいつも少し開いていて、その隙間から出入りしていたんだろうか。その隣のアパートの敷地になる細い路地で、四隅を若いねこが見守る中で、こねこが2、3匹遊んでいたこともある。
話したことはないけど、その方が飼っておられるのはしっていた。
そして、それまでお逢いしたことは実はなかったんだけど。
救急車が来て。
その方を、ストレッチャーが運んでいくのに居合わせてしまった。
すれ違っただけだけど。
そして、―――。
アパートには誰ももどっては来なかった。
ミケさまが、唯しばらく、じっとその扉を見つめていただけだ。
何をいわれたわけでもないし、頼まれてもいない。
ミケさまの息子であるしま王子が、家の庭でけがをしているのを病院に連れて行ったり。
そのうち、何故かミケさまも家の玄関先を居場所にしてしまっていたり。
ミケさまはごはんさえもらえれば、外にいたいのだろうけれど。
心配で、家に入れようとしてがんばってしまっていたのは自分だ。
あの後ろ姿が忘れられないのかもしれない。
人が近づいたら逃げるはずなのに、あのときはじっとまってひらかない扉を見続けていた。
動かずに、路地にすわってまちつづけていた。
本当に、随分としてから、ミケさまはそこでまたなくなったのだ。…―――
じっとすわって、見つめ続けていた。
ひらかないとびらを。
帰ってこないことを、いつ理解したのかはわからない。
そのうち、そのアパートは取り壊しになって。
いまはもう更地しか残っていない。
それでも、もしかしたら。
ミケさまは外でまちたいのかもしれないな、とおもった。―――
外に出ないと、まてないから。
お外にいても、元気でいてくれるなら。
それでいいんだけどな。
暑すぎたり、寒すぎたり、雨が降ったりすると心配になるのは。
ミケさまはどうしているのがしあわせなんだろう、―――。
…ミケさまがしあわせでいてくれることが望みかな、
それに、しまも、ふく姫も。
ふく姫は便秘ぎみなのが心配だし。
しまは、―――本当は外で狩りがしたいよね?
自由に。
どこか、しあわせに、くらせる処があればいいのにな。
一緒に暮らせるのが一番だけど。
それは、エゴだから。
ミケさまも、しま王子も、ふく姫も。
みんな、しあわせに暮らせるようになるといいな。
みんなが、しあわせで、健康で、けがなんてしなくて元気で。
しあわせでいてくれたら、それ以上の望みってないかもしれない、―――。