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19 虚数ゲージ変換


 周期界境条件を確認。

 無限系の極限にて、非エルミート非局在、局在値の波動関数を触知。

 開放境界条件を確保。


 虚数ゲージ変換を発動します。



 非局在条件において相互の反射波と透過波の位相干渉、減衰確認。

 アラート、非対称ホッピング・ハミルトニアン固有ベクトルの固定域確保困難。

 固有ベクトル非依存平面波の規格化失敗。


 ランダムポテンシャル・エルミート、…―――。

 警告、…警告、警告!

 固有状態、空間的に局在。


「くそっ、…――だから、おれは細かい調整なんて苦手なんだよ、…――!」

「界境開放条件、固有関数、非エルミート非局在です!」

 嵐神が唸るようにいうのに、若い神が。

「わかってる、…!なんだって、こんな、…―――虚数展開だからか?くそっ、…!局在波動関数値の中央値は!」

「はい、いま変動したデータ流し込みます!」

「はやくしろ、…!よし!きたな?」

 世界を構成する要素。

 幾重にも多重条件の中で変動する数値。

 その一瞬――いや、瞬間というにも遠い極微の数値を拾い上げる。

 それは、間違えば世界そのものを滅ぼすことにも簡単に繋がる唯の数値だ。

 数値を変換し、数式に当て嵌め相互変換する固有値を導き出し、――――。

「指数関数的増大、…―――!」

 若い神の悲鳴にも近い警告に嵐神が無言で歯を食い縛る。

 それは、単純に世界の破壊を行う方が早いだけの。

「…ねじこむぞ、…――!」

 嵐、極限に増大した波動が渦巻く嵐雲を生み出していくように波紋が広がるのを、無理矢理に中心渦へ落ち込ませる。

 収束していく波動を無理矢理に変換して。

「よしっ、…!」

「実数複素数転移、…――波動関数の局在非局在転移を利用して!?」

「なんとか、おさまったな、…だから、おれは細かい調整は苦手なんだ、…」

かなりな力業だったな、と嵐神が肩で息をしていう。

「…すごい、ですね」

若い神が茫然としているのを、ちら、とみて。

「あとは、少したのんでいいか、…?」

肩をまだ上下させて息を吐き、領域を固定させるのに残っている制御領域を使いながら、嵐神が頼む。それに、おどろいて若い神がうなずく。

「は、はい、…!」

「ランダムのエルミートと非エルミート模型を学習したことあるな?あれを参考にしろ、…後は微調整だが、…つかれた。やすんでから、続きをする、…。回復するまで、転移後の固有分布図の観測をたのむ」

「はい、わかりました」

勉強になります、と若い神が嵐神にうなずき、それを確認して嵐神が存在を纏め始める。

 一度、領域固定の為に開放した条件を収束させて己の存在を規定している、それらの条件を揃えて嵐神としての存在――固有値の分布へと変換していく。

 落ち着かせるには、いましばらくは掛かるだろう。

 ――まったくな、…非存在領域の世界消滅点を舐めてたぜ、…。

 嵐神が想うのは、それだ。

 単純に、異世界転生キャンセルされたニンゲンという一個の小さな生命体の魂がもつ総量――エネルギー・ポテンシャルはそう大きくない。

 魂だけとしたら、極少ない数値だ。誤差で片付けられるような。

 それが、これだけ問題になるのは。


 虚数ゲージ変換が発動され、存在の固有値が虚数――つまりは、非存在、非局在へと変動する。


 世界と世界の消滅する境界に生まれるというのは、そういうことだ。


 単純にいえば、世界での現象として捉えるなら。

 ヒトとしての一生でいえば、それは何かが成功したと思うと、すぐにそれ自体がなかったことになる、――ということの繰り返しになる、ということだ。

 今回の地震で仕事をなくしたニンゲンが、新たに仕事に就くことに成功して。

 すぐにまた、仕事を交通事故でなくす、というような繰り返しがその一生で起こり続ける、という生涯になるということでもある。

 人生ハードモードすぎる、と。

 神様さえも同情して、異世界転生キャンセル後の小さきいのちを気に掛けてしまうほどには、つらく重い人生だといえるだろう。

 その世界にある神話でいえば、シジフォスの岩。

 繰り返し、岩を山頂に苦しみながら運んで持ち上げた途端に、落とされる。

 それが、ニンゲンの人生に連続で起き続けてきたといっていいだろう。

 通常ならば、精神が壊れる。

 或いは、死を迎えることこそが掬いとなる、―――故に、異世界転生に選ばれたのだが。

 ――そのニンゲンを異世界転生キャンセルさせるとは、ねこ様達もハードだよなあ、…要求が、…。

 何とか、身体――とヒトがみたならいうだろう――形態を渦動のまま定型の渦に戻しながら、嵐神が考える。

 総てのことが、一度成功したと思ったら、すぐに崩されてしまう環境。

 うまくいった、と思った途端、崩れるのだ。

 本来、この小さき命――ニンゲンはよく持っているというべきだろう。

 世界の消滅点になったのが、感情などない崖や岩であったなら。

 世界の果てでひっそりと崩れて海へと落ちる岩であれば、―――。

 だが、それはこの世界で小さきいのちを持つヒトであったのだ。


 そして、その消滅点を持つヒトが。


「普通、他の生命体の存続としあわせとかを願うとか、考えねーだろ、…ったくな」

 悪態を吐きながら、嵐神が存在を纏める。

 身体を構成する渦の端々が崩れて、嵐を他の世界間へ巻き起こしかねなかった処を、慎重に纏めて他に影響しない形へと収束させていく。

 ――よし、と、…。

「少し、休息が必要だな、…」

 息を吐く。

 ようやく、存在を収束できたが。

 ――危ない処だった、かもな、…―――。

 世界間が相互干渉する非存在領域の世界消滅点。

 其処に存在する固有域がいかに小さな極小のものであろうとも、干渉するということはこういうことなのだ。

 ――あやうく、世界ごと破壊する処だったぜ、…。

 いや、あぶなかった、とかおもいつつ。

 それでも、なんとか。

「これで一つ位階があがったかもしれんな、…」

 そのくらい、今回の微調整はきつかった。

 ニンゲンの非存在からの非局在、――非存在領域の世界消滅点に生まれたことで重なる世界線が常に消滅しつづけるという考えられない状態から。

 要は、本来もう転生して世界との縁が切れた存在をつなぐだけでなく。

 あらたな縁をつないで、しかも、新たに今生を終えるまで。

 三毛猫の女王達の下僕として生涯を終えるまで、これまでのような消滅点としての作用が及ばないようにする必要がある、という、…―――。

 いや、そもそもそうでなければ、本当に有限の生命を持つ小さきいのちに消滅点としての運命を背負わせ続ける等という非道は、赦されることでないのだから。

「だよな、…本来なら、生命体に負わせる運命じゃないだろ、…」

 ぼそり、と嵐神が身体を白雲に投げ出していう。

「まったくなあ、…」

こっちの方面だったら、即、異世界転生案件だぜ、と。

 波に削られ続ける岩の運命を、ヒトという生命体に負わせていいものではないだろう。

「ま、随分と。めずらしく耐性のあるたましいみたいだがな、…」

 ヒトとして、通常なら耐えられる限界を超えているのは確かな運命に翻弄されて、これまで生きてきたニンゲンをおもう。

 不思議なものだ、と。

これまでのニンゲンを襲った多くの負荷を、その経緯を此処に入り管理を実行する前に観察されたデータを確認したのだが。

 通常なら壊れている、というのが本当だろう。

 それが当り前にすぎるくらいに。

 しかし、―――…。

「こわれてない、んだよな」

 壊れなかったことが、果たしてこの小さきいのちにとり良かったのかどうかは不明だが。ともあれ、その丈夫さは特筆ものではあるだろう。

 三毛猫の女王が下僕として見込んだだけのことは、あるか…。

何にしても、繊細な調整が得意でない嵐神にしても、今回の作業は本当に疲れた上に、その得意でない能力が向上した可能性を感じるくらいハードな案件だった。

「本当に昇格するかもな、おれ…」

昇格は面倒でしたくないのだが。それはともかく。

「さて、そろそろもどるか…?」

 若い神にあと全部任せて戻りたい気がするのだが。

 ――それは、流石にまずいよなあ、…。

 ねこ様達の下僕として、ニンゲンがこの一度縁が切れた世界と繋がりなおして。

 新たに今生を終えるまで、生命維持が出来る方法を。

 消滅点である運命を、無理矢理加工して曲げて。

 その加工というか、曲げる、―――いや、曲げるというよりは、…?


「ここまで来ると、一つの生命の新たな創造に近いよな?」

 つかれるわけだよ、…おれ、と。

 嘆息して、ひとつのびをする。

「う――ん、…戻りたくねえ、…――――」

 伸びをして、天を仰ぐ。

 よく考えれば当然だった。

 一度、生命活動を終えているのだ。

 本来なら。

 それを、再起動するといえば聞こえは良いが。

 むしろ、リ・スタートではなくリ・ジェネレーション。

 再起動ではなく、再創造。

 生命存在の軸を保ったままで、消滅点としての運命を避け、消滅点としての作用を囲い込むことで現象として隔離して作用を消す。

「うん、わけがわからん。よくやったな?おれ?」

 簡単にいうと運命を変えたのだが。

 そんなことは、普通無理で無茶すぎる。

 それでも、おそらく本来ならば世界の管理をしている中で、最初にバグを確認した時点で転生させなくてはならなかったのだ。

 ――そういや、生まれたときにすでに死にかけてたんだったか、…?

「転生点、…何か妨害があったのかね?」

 確かに、あれは転生をすぐに間違いに気付いてさせようとした痕跡に違いない。

 では、一体なぜ、それを放置されて。

 いや、放置ではなく、局在を修正したように。

「まさか、…一度気付いてその後放置してたのではなく、…故意に?なんだって」

 そんなまさかな、と。

 気付いたことにおもわずも存在の芯が冷えるような心地がする。

「…局在非局在転移、」

 忘れよう、とおもう。

 これは、一部存在領域を管轄しているだけの神が触れて良い領域ではない。

「そうだな、なんにしろ、…」

 それがなんであれ、いまは他にしておかなくてはならないことがある。

 消滅点の領域固定化による作用点消滅の輪を閉じなくてはならないのだ。

「話はそれからだ、…だな?」

 ニンゲンの運命を繋ぎ替えるのは簡単ではない。

 本来、望みを訊こうとしたのもニンゲンの意志という軸が存在した方が作用点変換を行いやすかったからだ。それは、極微でしかない要素だが、無いよりは限り無くましなもの。

 要は、運命を変えるにしても意志が肝心だということだ。

「さあて、がんばるか、…」

 ニンゲンの運命を繋ぎ替えるまで、あとすこし。

 本来の消滅点であり、異世界転生するはずだった生命をこの世界で生きられるように改変する。

 それにニンゲンの望みが確認できればよかったのだが。

「あきらめが肝心だな」

 よし!と嵐神が立ち上がり、軽く柔軟をして若い神のもとへと向かう。


 ニンゲンの望みはともかくも。

 ねこ様達の下僕として生きる今生の終わりまで。

 どんな運命に生まれ変わることになるのか?


 あと少し、必要な嵐神と若い神の力。

 その力を注ぐ様を、観察しているものが、いた。――――







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