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22 量子ゼノ時間 2


「やるぞ!おい、はやくしろ!」

「えっ、…――はいっ」

嵐神が突然身を起こし、背を向けていた若い神に声を掛ける。

その切迫した気合いに何も訊く暇もなく若い神が応える。

白い雲に横たわっていた嵐神が、頭をひとつ振ると。

「神様、制御盤をお借りします」

コンソールを前に、嵐神がにや、と笑む。

その自信と手応えを感じさせるさまに若い神がうれしそうに訊ねる。

「では、ねこ様達の説得に成功したんですね?」

「その通りだ。始めるぞ?量子ゼノ効果を得る為のミッションを始める。指数関数減衰を導き出す為に、分岐点を選択し遅延グリーン関数を導入する」

「はいっ!」

制御盤――古い形式のコンソールを優雅にさえ嵐神の手が操作し必要な数値を導入していく。

 古世界は世界基準点として動かすことができない世界となる。

 その世界に及ぼす影響は多重世界すべてに及んでしまう為に、基準点を動かすような影響を与えることは、何一つ行うことは赦されない。

 それこそが、世界間の生成消滅点に生まれてしまったニンゲンをすぐに転生させることができなかった理由になる。

 だからこそ、本当に死を迎える際に若い神が同情して異世界転生を準備していたのだが。

 異世界転生キャンセルされてしまったニンゲンの為に、消滅点に生まれた負の影響を除いて今後の余生を送らせようと準備して実行した嵐神達だったが。

 若い神が失敗し指数関数増大が起きかけてしまった為に。

 指数関数増大が起きれば、世界は崩壊してしまう。

 その失敗は神様が回収した為に起きなかった状態で止められたのだが。

 時間停止はそれほど長く使える状態ではない。

 世界の時間軸を相対的に停止させた状態で、嵐神がねこ様達との交渉へ赴き。

 いま、嵐神が解決に必要なねこ様達の同意を取り付け、世界の崩壊を止める為に逆に指数関数減衰を引き起こすべく行動を開始していた。

 その若い神と嵐神を見ながら、一歩引いた立場で神様が心の内につぶやく。

 ――わかいのう、…。

 必死になり、世界の内にある小さきいのちのゆくすえを救おうと手を差し伸べるのも。

 年を取れば、いかに危険が増大するか、世界全体という多数対少数を秤にかけて、結局は安全な方へと舵を切る結論を出してしまう。

 そればかりが多くなっていってしまうことこそが、神様が多くの躍動する案件――盛夏とばかりにいま栄え問題も数多くある数多の世界に手を出さない理由だった。

 世界の理を平等にバランスを保ち、平和で平穏であることだけを目指して納めていくのなら、世界はそもそも存在する必要さえなかったのだ。

 世界の始まりは、そのバランスが崩れたことにのみありえたのだから。

 平等でなく、平穏でなく。

 そうでなくては、世界は始まりさえしなかったのだから。

 バランスは崩れ続けていなくては、世界は存立しない、――――。

 世界を護る為に必要なバランスとの、最大の矛盾。

「よしっ、…!切り離せたぞ!」

「確定値入ります!」

 嵐神と若い神が必死になって、その存在を一部制御に振り分けてさえ――行っているさまを見ながら。

 ――ほんに、わかいのう、…。

 世界の制御盤。

 白雲の中に機械装置としてヒトなどにはみえるだろうそれを発明したのは神様自身だ。

 数多の世界にエネルギー生命体として生まれた神様達が、自己の存在を自覚したのはいつのことだったか。

 神様達が経た多世界でさえ幾つもの生滅を過ぎた幾億の世界。

 その多重世界全体の管理をいつから、神様達はすることになったのか。

 当初は、手探りであった。

 文字通り、実体の無いエネルギー生命体ではあるけれど、そのエネルギーによる手を伸ばして、幼い世界の管理に手を出していたのだ。

 無論、失敗も多くした。

 手を下したが為に、エネルギー量の加減を間違い小さき世界が滅びたこと、多数。あるいは、唯寝返りをうっただけで、エネルギーの波紋に巻き込まれて滅ぶ世界も在ったとなれば、その責任からも小さくか弱き世界達が滅んでしまわないように手を掛けることになるのも必然だったのかもしれない。

 渦動、として。

 あるいはエネルギー生命体として。

 「世界」を巻き込まずに破壊せずに生かしておく為に、神様達は苦労することになった。

 そのうち、方法も何とか確立してきた頃に、神様が生まれたのだ。

 神様は、ルーキーだった。

 新人として世界管理に参加する内に、いわゆる下界――管理している世界をみていて思いついたのだ。

 これらの世界の力を借りてはどうなのか?と。

 そしてまた、幾つかの世界で見られた科学技術というものも利用できるのではないかと考えた。

 世界の理を知るというだけならば、哲学や宗教といった「世界」で生まれた思考は的を射ていることもあった。だが、致命的に現実世界を動かすことができなかった。思想として極めた存在が世界の上に登ることはあっても、それは世界の中での理を動かす力はまるで持たない。

 だが、世界を理解して理論的に構築し動かそうとする科学という方策は世界の内部に作用した。世界を創る構造の一部に力を加えて変更することが、微々たる力ではあったが可能であった。

 それならば、と。

 「世界の中」で行われている科学とか技術とかいうものを真似して、神様が生み出したのがこの「世界の制御盤」だ。

 初期型は本当に生み出すのに苦労した。

 これで、世界の生滅から、やり直し、あるいは回復モードまで。

 二つの混ざってしまった世界があれば、二つを元通りに切り離すことさえ可能になったのだ。あれは、この制御盤が出来る前はどれほど繊細な能力を必要として、それでも完全に元通り分離できず、新たな世界が生まれてしまっていたことか!

 当時の苦労をすこし思い出して、神様が息を吐く。

 ――あれは本当に苦労じゃった、…。

 ともあれ、制御盤が出来てからは楽になった。

 但し、限界もあって、それが制御盤に取得する必要のある世界基準点の整備だ。

 神様は、その整備後に、淡々と世界基準点である古世界を護る業務に就いてたのだが。

 その世界基準点が、この度、ニンゲンが存在している世界であり。

 生物が世界消滅点に生じてしまったというのに、その存在を転生させず地獄のようなループの中に放置して観測を続ける、という世界間基本条約でも重大な違反として定義されている状況に、この小さきニンゲンを置いてしまっていた事由になるのだ。

 ―――わしが、世界基準点に選定したばっかりに、…すまんかった。

その想いがある為に、若い神の同情をゆるし、嵐神との運命を変更する作戦に従事することを許可したのだ。

 本来なら、生命体の行く先を変更することなど、簡単に許可できることではないのだから。

 神様を神達に「神様」として呼ばせている原因である技術的結晶である「世界の制御盤」そして、その制御盤を動かす技術。

 繊細な操作をヒトでいうなら「素手」で行う数千倍も確実に行うことが出来るようにした天才的な装置を作成し神様達すべてが使える技術にした「神様」。

 世界管理上、技術革命と呼ばれた「世界の制御盤」をもたらした「神様」は若い神と嵐神の努力を微笑んで見守っている。



 かくして。

「よーしっ、…!よしっ!やった!できたぞ、…――!」

「…はい、できた、ですよね?ですよね?…はあ、」

嵐神と若い神が、見事に増大に向かっていた指数関数を減衰に向けることに成功して。さらに、ニンゲンの魂から、「消滅点としての運命」を切り離すことに成功する。

 いや、…正直にいえば。

「消滅点切り離しからは成功したが、…これは。神様、みてもらえますか?」

 喜びから一転、嵐神がそれに気付いてしまい神様に意見を仰ぐ。

 背後からかれらの動きをみていた神様には、すでにその帰結がわかってはいたのだが。

「うむ、…嵐神も気付いたようだのう、」

「なにが?成功したように、…?」

神様の言葉に、そして嵐神の難しい表情に気付いて若い神が制御盤と「世界」を見比べるが、何もわからずに二柱の神々を振り仰ぐ。

「あの、…なにが?」

「いや、成功は成功したんだが、…」

額を押さえるようにして嵐神がいう。

「そうだのう、成功といってもいいのじゃろうが」

「ダメでしょうね、…。減衰に成功したのはいいが、消滅点として隔離した生滅空間の異常な滞留エネルギーが、―――隔離空間から漏れ出てしまうな、これでは」

「そうだのう、隔離した螺旋の中に封じ込めたのはいいようじゃが、それが内部で循環して増大している上に、このままだとニンゲンの次の生についていくことになるじゃろうのう」

のんびりという神様に若い神が蒼くなる。

「そ、それは!神様?そんなことになったら、このニンゲンは?」

「いますぐ、どうこうはない、…――ないのか?これは、…神様、いま漏れ出てる微量でも影響は」

「あるじゃろうのう、…そういえば、このちいさきものの生計の路とやらは立ったのかね?」

「…神様?あ、そういえば、忘れてました」

「嵐神、…――」

神様の質問に即答で返した嵐神に、何ともいえない表情に神様がなる。

「それはいかんの。消滅点を隔離し運命を変えることで一杯だったのじゃろうが、…。ちいさきものにとっては、生命維持の根幹となる基礎的条項じゃぞ?世界間移動条約批准世界でも、生命体の基本的権利の尊重と生存条件の確保は基本事項じゃろうに、…―むかしから、おぬしは法律を苦手にしておったの」

 そう、最初はニンゲンが生計の路とかいうのを立てる為の方策を、運命を変えることで実現しようとしていたのだが。

 いつのまにか、世界消滅点としての運命から隔離しようとしたら、実は隔離できずにループ――つまり、酷い人生をループして体験し続ける――することになりそうになり。強引に解消しようとすれば世界を崩壊させかねず。

 最後の手段としてねこ様達に協力を仰ぎ、何とかその運命を解消することには成功したのだが。

 すっかり、手段というか経過に発生した問題解決に奔走して、目的を忘れていた嵐神と若い神であった。

「…すみません。確か、最初はそれを維持する方法を探る為にニンゲンに接触して、――すみません、本当に」

つい、横に視線を逸らしていう嵐神に神様が苦笑する。

「まあ、仕方が無いの。どうあっても、存在が状況的に地獄の中にループすることになるとなれば、その解消に動く必要があるのが先じゃ。でなくては、それこそ基本的生命権が維持できんからの」

「は、…すみません、本当に」

俯いて反省している嵐神に神様が笑って。

「ではのう、わしが解決策を考えてもよいかの?」

のんびりと神様が提案するのに、弾かれたように嵐神と若い神が見返す。

「神様が、ですか?」

「え?神様が?」

 驚いて神様を二柱の神達がみかえす。



 その提案は。―――――












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