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Act11 赤毛猫のロクフォール


「よう、待ったぞ?」

屋敷の門柱。正門の上に綺麗に伸びをしていうのは、赤毛猫のロクフォール。

つまり、赤毛の大型猫であるロクフォール三兄弟の真ん中であり。

「…――ミル?どうしてあんたがここに?」

眉を寄せて訊ねるかれに、ねこのミルドレッド・ロクフォール――名参謀ロクフォールが伸びをして。

「勿論、我が家だからな?というのは冗談だが、エディの世話を頼んですまなかったな?それに、大兄も、元気か?」

明るい笑顔でいう鋭い雰囲気を持つ赤毛の大型猫。

名参謀ロクフォールだというねこが、黒塗りの立派な馬車から降りてきた黒衣の儀礼服が似合う美丈夫を見あげて云う。

 馬車を留め、黒塗りの箱馬車から顔を出してエディも驚く。

「にいさん!どうして?僕がこちらに戻ってくるなんてどうしてわかったの?」

「いや、軍曹に邪魔にされてるだろう、おまえ」

「…――やはりな。ミルドレッド、久し振りだ。これから屋敷で久し振りにエディも含めて食事会にしようと思うのだが、参加してくれるか?」

「おう、構わないぞ?実をいうと、丁度いい面子だ。話しておきたいことがあってな?軍曹殿にも」

にや、と笑う赤毛猫が実に男前だ。

 門柱から飛び降りた赤毛のロクフォールに先導されて、一同が馬車を降りて遠い玄関までを歩く。

 緑豊かな邸宅の庭園は、内部に入ってさえまだ敷地が広がっている。

 槍を象る紋章が幾つも庭の路に設えられていて、槍が二本交差している背後に月桂樹の円環が描かれた紋章は石柱や庭を飾る灯りなどの外側に描かれていて優雅な印象をあたえている。

 敷地を随分と歩いて、ようやく現れた屋敷本体にあきれながら見あげていると、リチャード・ロクフォールの声が響いた。

「それでは、グレッグ。きみを招きたいと常々思っていたのがこうして思いがけなく叶うとはね。今宵は、急で悪いがきみも我が家の団欒に参加してくれたまえ」

人の悪い笑みでいうリチャードにかれが苦笑する。

 少しばかり蒼い顔色をしているエドアルド・ロクフォールを目の隅において。

「了解しました。大佐のおっしゃることでしたら、逆らうわけにはいきませんからね?」

「…どうしてこう、…ぼくの包囲網が敷かれてる気がするのは、気のせい?」

「久し振りだな、しかし」

エドアルドが小声で呟くのを面白がる灰青色の鋭い眸で赤毛の大型猫がみると、優雅に玄関の扉を潜って行く。

 それに、小隊長も続き、リチャード・ロクフォールにかるく腕を取られて――先程から、腕を組んで歩かれている――エドアルド・ロクフォールが涙目になりながら一緒に屋敷に入るのを。

 ちら、と振り向いてかれが少しだけ首を傾げてから。

 ――ま、いいか。

 逃げ出しそうな青年将校を元大佐ががっしりつかんでくれているなら重畳だ、と。

 そして、見あげてくる赤毛の大型猫を見る。

「どうしました?」

「ああ、きみには戦場へ行く前に、作戦と大枠の目的について話しておきたくてな?」

「それはたすかりますね。…そもそも、あれをどうしてあなたと一緒に連れて行く必要があるんです?」

「カモフラージュだといったろう?」

「…本当ですか?」

赤毛の大型猫が器用に肩をすくめてみせる。

 ねこなのに肩を竦めるのがわかるってどうなんだろうな?と。

赤毛猫がそう考えているかれの思考が読めるように、にっ、と笑う。

「グレッグ、何れにしても、今夜はおまえに話しておく必要があるからな。あとで頼む」

「はい、…つまり話は晩餐の後ですね?」

晩餐は面倒なんですが、というかれに名参謀のねこが笑む。

「勿論、肉は出るぞ?」

「…―――それはありがたいですね」

それを行儀良く食べるのはとても面倒なんだが、と。考えてから、赤毛の大型猫を見る。

「…すこしは、行儀悪くてもいいですかね?」

マナーとか、というかれに赤毛の大型猫が首を振る。

「それはダメだ。家の執事達はうるさくてな、…」

「そうですか」

ねこがいる食卓なのだから、多少マナーに目を瞑ってもらえないかな?とおもったのだが。多少肩を落としている赤毛猫と一緒に、かれの肩も少しばかり落ちる。

 礼儀作法に則った晩餐なんて。

 ――宿で食うもつ煮の方が絶対にうまいな、…。

考えるかれとおそらく思考が同じだろう赤毛の大型猫と。

長兄に腕を組まれたまま歩いている末弟と。

その晩、かれはとんでもない事実を聞くことになるとは、まったく思わずにこの晩餐を面倒だとだけ思っていたのだ。

 まだ、何も知らなかった頃の平和。

 赤毛猫のロクフォールから落とされた爆弾に、過去の自分に絶対に逃げ出せ!といいたくなることも。

 まだ知らずに。

 ――肉が出るなら、まだいいのか?

 マナーなんてまともに習ってないぞ?と。

 行儀作法くらいが悩みだったこの最後の一刻を、後に深い後悔と共に思い出すかれがいるのだった。

 青年将校エドアルド・ロクフォールと。

 名参謀ミルドレッド・ロクフォール。

 そして、元大佐リチャード・ロクフォール。


 かれら三兄弟にとんでもない事態に巻き込まれるとは、このときまだ知らないかれがいるのだった。―――――


 そう、ドラゴンが本当にこの世にいるなんて。

 聞きたくはなかった、と。

 小隊長であるかれは思うことになるのだ。


 そう、晩餐の後に、――――。







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