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4「銀ノ帝と帝国の女神は踊り」fin


 銀の波打つ豪奢な銀髪に白皙の美貌。

 長身に均整の取れた身体は鍛えてありしなやかだ。

 酷薄とも見える氷青の眸に、微笑を湛えてさえ氷のようだと形容される美貌の皇帝には、二つ名があった。

 銀狼帝という。

銀の狼を思わせるたてがみの如き銀髪が波打つさまに、何よりも酷薄な氷青の眸が持つ力。相手を一瞥するだけのことで、意思をくじき従わせることができるとまでいわれている。

 或いは、戦においてその決断――配下のものたちへの冷酷かつ感情をけして交えないといわれる命をためらわずくだすさまが。

 銀の狼と、帝をしていわせるのだろう。

 その帝は、いま傍らに愛剣を無造作におくだけで、近侍する何者もいまはいない贅沢の中にひとりしずかに優雅にみえる姿勢で椅子に座りくつろいでいた。

 傍らに人が誰もいない、という贅沢、―――。

 なににも代え難い贅沢ではあるが、それを止めることもやぶさかではない相手が帝には唯一人いる。

 リ・クィア・マクドカル帝国将軍。

 常勝将軍であり、帝国旗艦藍氷艦長でもあり。

 帝国の女神と呼ばれる美しい白髪の女神は。

 唯一人、――――帝の想い人としてしられている存在でもある。

 そう、そして、…。

「きみがいるなら、…―――僕はこの贅沢な孤独も手放すのだけれどね?」

かるく頬杖をつくようにして脇息に凭れながら。

誰もいない部屋に美しい声が響く。そして、それに誰も近侍のものも誰一人、あらわれはしない贅沢を確認して、帝が少し微笑む。

 譬え本当は、誰かが必ず控えているのだとしても。

 こうして、呟きにすら誰も反応を返して慌てて現れたりなどしない状況というのは、真実であろうとなかろうと得難いものだ、とおもいながら。

 ―――リ・クィア・マクドカル。

幼なじみと世間ではいうのだろう。彼女と出会ったのは、互いにまだ小さなこどもの頃のことだった。

 皇宮の庭で、あの日彼女と出逢った衝撃はいまでも鮮明に憶えている。

 鮮やかな白雪を照らす光、―――。

 白く輝く光が、まさか人であったとは。

 眩しさに瞳を瞠り、まだ幼かったかれは唯茫然とその美しい少女を見つめていた。

 輝く藍色の瞳と。

 意志の強さが宿るその藍に、…―――。

 衝撃を受けた。

 少女がどうしてその刻そこにいたのか、そして、何故、―――。

 当時の事情はかなり剣呑なものではあったのだが。

 それでも、それらよりも。

 ―――僕は、恋をした、…のだろうね。

 幼い日に、出逢った白雪の髪に輝く藍色の瞳をした美しい少女。

 鋭く切りつけるような美しくも剣呑な藍色の瞳に。

 我ながら、当時から趣味がわるいものだね、と自覚するくらいには。

 その美しい藍の瞳に輝く激しい意志の光。

 何にも妥協することはなく、己の意志を貫き通す力だ。

 どんなに精巧な映像データでも、完全に彼女のあの強い力を持つ瞳を再現することはできていない。

 ―――どんな精巧なホログラムでも、あなたに敵うものはありはしないのだからね?

 帝国の最高位に就く帝として、命じることで得られるものは多くあるが。

 けして、その命をもってしても激しい意志の光を宿す彼女の瞳を、その姿を再現できる映像はない。本当に、幾多の肖像画家――ホログラムなどの立体像を生成する――に描かせても、技術の粋を凝らしてさえ。

「さて、と」

それにしても、こちらに来る機会があれば、と願っていたが。

 ミルドレッドを足枷として、彼女に対応させたのは我ながら正解だったとおもう。彼女は、ミルドレッドによわい。幼なじみとして育ったかれと彼女とは、ともにある意味、ミルドレッドに育てられたのだから。

 ―――ドレスを着た彼女は見物だからね。

豪奢な銀織の透ける光を織った衣裳に、白銀の絹を幾重にも細身のシルエットを描きながら流れる光を纏うように。着飾らせた彼女は何時も豪奢で周囲を圧倒する輝きを放つのだが。

 此度の衣裳もまた彼女の輝きに圧倒的な強さを添えて周囲を従えるだろう。

 力の持つ容赦の無さと輝きの眩い強さが周囲をひれ伏せさせてしまうほどに。

 ―――まあ、普段、此処にいない貴女なのだから、少しは僕の遊びにつきあってもらってもいいというものかとは思うのだけどね?

 ―――いつでも、貴女は艦上を愛して、此処ではなく、―――地上ではなく。常に宇宙の中に、宇宙を航行する艦の中にいようとする。

 ―――戦艦をあげるから、婚約してくれる?というのは。

実をいうと本当に考えたすえでの作戦ではあったのだけどね?と。

 宝石もあまい菓子も、或いは美しい最新流行のドレスも。

 いくらそれらを積み上げた処で、届きはしないのは解っていた。

 例えば人の欲というわかりやすい基準で、富を、例えば惑星一つを、ありあまる金貨をあたえても、心が動きはしないことも。

 ――これでも、本当にたくさん考えたものだからね?

 リ・クィア、と心の裡におもう。

 少年の自分をほめてやりたい、とおもう。

 ――本当に、よくやった、と我ながらおもうのだ。

 当時から、少女の頃から彼女の憧れは簡単だった。

 宇宙を駆ける存在になること。

 ――宇宙をいく、船乗りになる!

 それは、少年のときに聞いた彼女の言葉だ。


「…――――いい風だね」

銀狼帝、―――帝国を唯一人で統べる帝は、庭に出てその風を愛でる。

美しい白皙の容貌に浅く微笑みを刷いて、ゆるりと歩を進める。

無論、それはわかっていたことだったのだ。

「…――――何故、此処にいる?」

嫌そうに、実にいやそうに眉を大きく寄せていうのは、――――。

 そう、彼女、―――

 リ・クィア・マクドカル。

 美しい白雪の髪を無造作に肩から流し、大股に歩み寄ってきて、訝しげにくちにするのは。

「おまえ、なぜ、…――此処にいる?おまえは母星にいるはずだろう?」

四囲を軽く見まわし、リ・クィアが疑問を顔に刷いたままで気にくわなげにいう。

長身も、帝国軍制服を無造作に身に纏う姿も。

 或いは、その美しい藍の瞳も。

 なにひとつ変わりなく。

「…此処は、護り手の星、…―――の、はずだな?」

訝し気に問いながら、四囲をあらためて見まわしているリ・クィアを前にして。

「…かわりないね、きみは、…――――久し振り」

「おまえな、…。儚い風情なんて作っても無駄だぞ?何を考えているかしらんが、おまえがしおらしくしても限界がある」

座った瞳でいうのでなければ、これほどの美貌の持ち主もそうはいないのだが。

あくまで、己の美貌に価値をおいていない艦長――リ・クィアは。

しげしげと銀狼帝――帝の姿をみなおして。

「…ああ、そうか、――おまえが幻なんだな?」

「おや、何処で見分けたんだい?このホログラムは、議会で本人として認知されるくらいに正確に模倣したタイプになるのに?」

ホログラムであろうとなかろうと、美しく冷静な氷青を前に。

 艦長がひとつうなずいて。

腕組みをしたまま、艦長が帝を見返してくちにする。

「…なんていうかな、…―――リアルタイム通信のホログラムでみるのもあれだが、…。其処、にいないおまえは、…―――なんというか、間延びしている。実に、本物くさくない。おまえみたいな厄介な奴は、きっと何か独特なにおいでも出しているんだろう」

うむ、とうなずいて軽く耳のあたりを掻くと、大きくのびをして大あくびをする。

「…どうしたんだい?」

「いや、…―――おまえがいるのに本物でなくては、テロとか暗殺犯とか、単なる逆恨みで鉄砲玉な刺殺狙いがくるとか、…―――そういうのが、ゼロじゃないか、…。つまらん」

「…―――きみにとって、いまだに僕の価値は「いかに僕が周りに命を狙われているか」になるんだね?」

「当然じゃないか。おまえが狙われてるから、わたしはおまえを護るためという大義名分で、切ったはったが出来て楽しかったんだぞ?幼なじみのおまえとすごしていたときには、そんなに退屈せずに済んだんだ。おまえが弱っちくみえたせいか、一頃は暗殺者の数がすごかったからなあ、…―――」

実に楽しい、良い時代だったんだが、と。

 とんでもない述懐をしている艦長を前にして。

 そっ、と瞳を伏せて。

「まあ、いいんだけどね、…。それがきみだから。そういうきみだから、僕が命を狙われて、―――一日に3回も暗殺者が来たことがあったよね、…―――襲ってくる連中が沢山いるのをよろこんでくれて、…――。いま考えてみるに、やはり、当時からぼくは趣味がわるいよね?」

暗殺者がたくさんくるから、いろいろあそべて楽しいから、おまえといっしょにいる!わたしは!と、…――――。

 愛の告白ならぬ、暗殺者狙いで、…―――遊びたい、というか。つまり、相手と闘うことがたのしくて、命を狙われている少年だった帝の傍にいると宣言したリ・クィア。

「…まったくねえ、―――。どうして、そんなのに惚れて婚約に漕ぎ着けるまでにあんなに苦労をしたのか、…―――我ながら」

吐息をつく帝を、眇めた視線で艦長がみる。

「おまえな、…そういう無駄な述懐をしている暇があったら、わたしをはやく艦に戻せというんだ。いいか?帝国旗艦がそう長いこと宇宙を離れているわけにはいかないんだぞ?」

いかにも真面目に心配しながら提案している風に作ってはいるが。

 ――単に、きみははやく宇宙に戻りたいだけだよね。

「あなたは、別に宇宙にいられれば、海賊だっていいのでしょうに?」

銀髪の波打つさまに光が複雑に反射して。

白皙の美貌に氷青の眸がいくらかの揶揄いをみせてきらめく。

「否定はしないが、…―――。わたしの艦は、おまえに貰ったあの帝国旗艦藍氷だからな?あの美しい艦にはやく戻りたいとおもってなにが悪い」

 銀狼帝が苦笑する。

 そして、あきれとあきらめを抱いた複雑な炯をふくむしずかな眸でリ・クィアをみる。

 美しく激しく輝く藍が、まっすぐにかれを見ることをよろこんで。

「当時もいまも、帝国随一の規模を誇る戦艦をあげたんだからね?ときには僕の都合に合わせてもらっても罰はあたらないとおもうよ?」

 にっこりと小首をかしげていってみせる帝の印象が少しばかりおさなく、初めて逢ったばかりのこどもの頃を思い起こさせて。

 む、と艦長が眉を寄せて帝をみかえす。

「おまえな、…?それはずるいぞ?」

「なにが、かな?」

にっこり、無害そうに笑みを浮かべてみせるのは、当時の少年がよく周囲をあざむく為に行っていた行動だ。

 要は、暗殺者を―――そうした者達を送り込むに足る隙を―――周囲に集めていたのは、当時少年だった帝が罠としてやらせていたことだったのだ。

「あの頃、おまえを真面目に守っていたわたしが健気すぎる」

憮然とした表情を隠しもせずにいう艦長に、帝が笑う。

「そうかな?きみは、随分と相手を倒すのを楽しんでいたじゃない?」

「否定はしないが、…―――。一応、かるくいっていたのは、おまえが気にしないようにという配慮だったんだぞ?…まったく必要のないやつだということは、すぐにわかったがな、…―――」

まあ、お陰で退屈だけはしなかったからいいが、と。頭を軽くかいて、他所をむいて憮然としたまま艦長がいう。

「…まったく、あんな子供が、自分から政敵を誘き出して潰す為に、暗殺者を呼び寄せる為の「無害そうな演技」なんてしてるとはおもわないだろ」

「いいじゃないか。きみはそれで楽しめたのだし、僕は、でも一応ね?潰す為だけじゃなくて、弱みを握って後で操るための目的もあったんだから、そんな風に殲滅狙いみたいにはいわないでくれる?誤解だから」

ね?という帝に艦長が肩を落とす。

「…おまえな、――――そもそも、それで、今回はわたしを着飾らせて、なにをしたいんだ?また、踊らせて潰したい政敵でもできたか?それとも、何処かの部族が星ごと反乱する気配でもあるのか?」

「…―――いやだなあ、…―――。僕がきみを着飾らせると、裏に必ず政治や戦の駆け引きがらみの策略を描いているみたいじゃないか、…――。誤解だよ、僕はちゃんときみを着飾らせるのが楽しくてやっているんだから。純粋に、―――」

「うそつけ」

純粋に、と続けようとした言葉はあっさり切り捨てられて。

「で、どのくらい今回は滞在すればいい?できるだけ短くしろよ?」

いやそうに眇めた視線で見返してきながら、妥協してくれる甘さに少しばかりうれしくなって。

 銀ノ帝―――銀狼帝とも呼ばれる帝国皇帝は、微笑む。

「たすかるよ。実は東方連盟と、実に面倒くさい交渉事があってね?きみが着飾って邪魔をしてくれるととても助かるんだ」

「…―――おまえ、そのひね曲がった根性をどうにかしろ」

「無理」

即答してうなずいて、ふいに手のひらを上に向けてみせる帝に。

 帝の手のひら、―――ホログラムが浮かぶ其処に視線をやって艦長が実に嫌そうにすっぱいものでも食べたような顔になる。

 てのひらに浮かぶホログラムが浮かび上がらせるのは、銀の光を纏う衣裳。

「あのな、…――それを着ろと?」

「わかりがいいのはたすかるね」

 銀の豪奢な衣裳は、美しく豪華なことこの上ないが。

 確実に、実に着用するのに時間がかかる代物であることも確かだろう。

 嫌そうに眉を寄せるのは、それに掛かる時間を考えてのことだろう。

「ミルドレッドに頼んでよかったよ。」

 きみに採寸できるなんて、彼女だけだからね、と。

帝が実にうれしそうにいうのに、艦長がくちをへの字に曲げる。

「まったくだ。…はやく終わらせろよ?」

妥協して我慢しているのが丸わかりのリ・クィアに銀の帝が莞爾と笑む。

「勿論、帝国旗艦を長いことドック入りさせてはおかないからね?きみの艦は、宇宙にあり、その秩序を保つ任務に就くのが、本来の役目だ、――――」

 うむ、とうなずく艦長をみながら。

 少しばかり淋しい心持で。

 でも、それはきれいに隠して銀狼帝は言葉にする。

 ―――きみが、譬えすぐに宇宙へ戻っていってしまうのでも、…――。

 それでもね、と。

「しばし、きみの隣に、きみの手をとって」

 銀ノ帝は、くちにする。

「となりにある楽しみを、ぼくにくれないかい?」

「…―――仕方ないな、…」

 嘆息しながら、艦長が妥協するのを。

「さっさと終わらせろよ?」

「できるかぎりね」

 約束をしながら。

 ―――きみは、結局は宇宙へ還ってしまうのだけどね?と。

 少しばかりせつなく想いながら、銀ノ帝は、艦長を呼ぶ。

 隣に留まってはくれないきみだけれども。

 いまだけは、傍にいて。

 手を取って、ダンスをしよう、と。―――

 謀が、成就するまで。


 いつでも、きみと。


 できるだけ、ながくいたいなんておもいながら、―――。





 結局、きみは艦に還るのだものね?


 帝が想う。

 帝国の権力がどれほど強大であろうとも。

 リ・クィア・マクドカルの意志を曲げることだけはできないから、と、――――。




 かくして、銀ノ帝と帝国の女神は踊り。

 その陰謀が裏で何を動かしたかを。

 そんな何事かをすべて。


 いまはわすれて、帝は女神を招きその手をとる。


 帝国の女神と、銀ノ帝―――。

 その眩さを伝説として。







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