それから、ギリギリセーフで教室に駆け込んだ私たち。久しぶりに朝から全力で走ったから、なんだか眠気がする。私はそのまま爆睡してしまった。
「……里、朱里。起きろ」
「う~ん」
ペチペチと私の頬を叩く男の子が目の前にって、
「こ、黒炎くん!?」
「おはよ、眠り姫。もう午前の授業終わったぞ」
「う、うそ……」
ほんの少し寝ていたと思ったのに、まさか午前の授業寝てるなんて。やっぱり、朝方までのゲームが思ったより身体にきてる。しかも朝からは走るはめになるし。
「そりゃあもう気持ち良く寝てたぞ。ヨダレが出るくらいに」
「え、ヨダレ!?」
私は咄嗟に口のまわりを手鏡で確認した。
「冗談だよ、冗談」
「もうバカッ」
「悪い悪い。それよりさ、昼飯屋上で食わね?」
「食べる! 私、お弁当作ってきてるの」
「へぇ、お前の手作りなんてはじめて食うなー。それでお前の自信作の弁当ってのはどれだ?」
「えっとね。あ……」
鞄の中身を必死に探すも、お弁当箱は一向に見つからない。
「どうしたんだ?」
やばい、台所に忘れてきちゃってる。
朝はアカリちゃんになるために準備してて、しかも朝方まで研究してたから。
うー、せっかく黒炎君に食べてもらおうって思ってたのに……。
「う、ううん。なんでもない」
「弁当忘れたんだろ? ほら、購買行くぞ」
「なんで私が忘れたって……っていうか、怒ってないの?」
「は? なんで怒るんだよ。誰にだって失敗の一つや二つあるだろ。それに、弁当忘れましたって顔に書いてある」
「え、顔に?」
私はとっさに自分の顔を再び確認する。
「書いてないよ?」
「ぷっ。あははは。ホント、おもしれー奴。お前見てたら飽きない」
「えー、なにそれ」
「んなことより購買行くぞ、パンが売れ切れちまう」
「うん!」
やっぱり黒炎君って優しいな。普段はアカリちゃんのことしか考えてないのに。
これって、少しは私のこと見てくれてるってことなのかな?
あっという間に放課後になり、黒炎君と帰ろうとしていた、その時、
「あの……黒炎くん。今、話いいかな?」
ポニーテールの女の子が黒炎君に声をかけてきた。
「俺、今から友達と帰るんだけど」
「黒炎君、行ってきなよ! せっかく呼ばれてるんだし」
「朱里……お前が言うなら行ってくる。先に教室で待っててくれないか?」
「うん、わかった!」
また告白か~と思いながら、教室へ向かう私。恋敵の協力? まさか、そんなことをするわけがない。
鈍感な黒炎君は気付いてないだろうけど、あの女の子、私のことすごーくきつい目で睨んでたんだよ? しかも、最後は殺気なんか送っちゃって。あの場にいたら怖くてたまんないよ。
恋する女子って怖いなぁ~、あれ私も恋してるはずなんだけど。などと心の中で呟いて黒炎くんを待っていた。
「……おそい」
20分近く待ったのに一向に訪れる気配がない。
「待てない!」
そういって私は黒炎君を探しに行くことにした。告白する場所はわかんない。けど、乙女の勘を信じる! 告白する場所といえば大抵決まってる。非常階段の下、もしくは誰もいない教室。
よし! まずは非常階段の下だ。
「いた……」
木の影に隠れながらこっそりと見る私。あきらかに挙動不審です。
「ねぇ、好きな人って誰なの?」
「だから、教えられないって何度も言ってるだろ」
二人は喧嘩してるみたい。というか、女の子が怖いんだけど。普通そこまで聞く?
「ワタシの知ってる人? 名前教えてくれたら諦めるから」
「はぁ~。あのな、人には言えないことの一つや二つあるんだ。それにこれを言ったら、君が他の人に言うってこともありえるだろ? だからそんな簡単に言えない」
黒炎くんは深いため息をついてそう言った。それに黒炎君の言ってることは正論だ。
「は? なにそれ。ワタシのこと疑ってるの? ねぇ、早く教えて。あ、もしかして好きな人ってワタシだったりする? そうだよね、さっき振ったのは冗談だよね。だって、あなたの好きなアカリちゃんと同じポニーテールなんだし?」
「お前なに、いって……」
「……っ」
目の前にいるわけでもないのに、私にも黒炎君と同じように恐怖を感じた。
これがヤンデレってやつ? ゲームで見るよりも、百倍怖いんですけど。
というか、黒炎君はヤンデレが大の苦手。今のゲームで何百回もヤンデレルートになったので見るのも嫌だと、この前言っていた。
助けたい。でも、怖くて足が動かない。
「動け、足!」
私は震えていた足をバシッと叩き、すぐさま黒炎君を守るように彼の前に立った。
「あなた誰? そこ邪魔なんだけど」
「うっ。どき、ません! 私は彼の幼馴染みです!」
「朱里、お前どうして……」
「助けに来たの。どうして? って、好きな人が困ってたら助けるのって当たり前じゃない?」
私は両手を大きく広げ精一杯、黒炎君を守る体制をとった。
「あなたも彼を愛しているの? でも、相手にされてないでしょ? だから、そうやってゲームキャラの真似事をしてるんじゃないの?」
「は? 朱里、それどういうことだよ」
「そ、それは……」
なんで、この女の子はそんなことまで知ってるの? 怖い、怖すぎる。でも、バレたからには仕方ない。
それに私、さっきの勢いで本人に好きな人って言っちゃったし。私は逃げも隠れもしない。
「そうだよ。私は黒炎くんのことが大好き! 振り向いてもらうために黒炎君の好きなアカリちゃんになろうとした。ポニーテールだって、口調だって。だけど、わかったの。私はアカリちゃんにはなれないってこと。でも、それでいい。私は今の私を好きになってもらうようにアタックする! そう決めたの」
私はすべての思いを言葉にした。
今まで言えなかったこと、全てを。
あぁ、言いたいことを伝えるってこんなに気持ちいいんだ。
「朱里。俺もお前のことが好きだ!」
「え?」
「なにそれ、両思いだったってこと? それならワタシはアナタなんか興味ないわ。お幸せに」
「ちょ、まっ……」
女の子があっけなく私たちの前を去っていくからビックリした。てっきり、また攻撃してくるのかと思ったから。
って、あれ?
今、黒炎君はなんて言ったの?
「お前のこと好きだって、もしかしなくても私?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
そういって、そっぽを向く黒炎君。見れば、耳も顔も茹でだこのように真っ赤だった。
「でも、どうして? アカリちゃんが好きなんじゃないの?」
「アカリのことは確かに好きだぞ。だけど、リアルの女を好きになったって良いだろ」
「んん?」
その区別はついてたんだ。てっきりリアルとゲームがごっちゃになってるとばかり。