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第一章 冒険者、令嬢になる

第3話

クロームズへと帰還してから数日。


私は今日も今日とてギルドの書庫へと籠っている。

なんせ、ギルドの書庫には本がたくさんあるんだよね。

魔物や薬草に関する本はもちろん、一般教養やらその他の本までたくさんある。


お貴族様にとってはそうでもないらしいけど、私のような平民にとっては本も紙も貴重だ。

そもそも、平民には読み書きが満足に出来ない人も多い。

私は幸いなことに亡き母がそれなりの教養があった人で一通り教えて貰ったけどね。


最近はクエストを受けるのは週に一度か二度くらいに抑え、それ以外の日は毎日ギルドの書庫に籠って勉強をしている。


と言うのにも理由があって……。



「あー、アリサいたいた。今日も頑張ってるわね」


「あれ、ジェーンさん。珍しいですね、ここに来るなんて」


声を掛けられて振り返ると、そこにいたのはギルドの職員のジェーンさん。

受付嬢もしている人で、私が冒険者登録をした五年前からなにかと気にかけてくれている恩人だ。


「ちょっとアリサに用があってね。

ところで、どう?勉強の進み具合は」


「いやー、難しいです。やらなきゃいけないのはわかってるんですけど、心折れそう」


「そうよねぇ。とは言え、Aランクになるには必須なんだけどね」


「そうじゃなきゃ絶対やらないですよ」


そうなんだよね。

私が連日書庫に籠っている理由。

それはAランクへと昇格するためだ。


冒険者のランクはCランクまでは冒険者としての活動実績だけで自動的に上がる。

そしてBランクに上がるには昇格試験があるのね。

これは、冒険者としての戦闘能力はもちろん、野営に関する知識とか色々と問われる。

それでも、求められるのはあくまでも冒険者としての能力なんだよね。


でも、Aランクになるにはそれだけじゃダメなんだ。

一定以上の一般教養とか最低限のマナーとかね。

一見すると冒険者稼業とは関係なさそうな知識も求められる。


これはAランクになると、依頼でお貴族様とも接する機会があるからだ。

なんせお貴族様に無礼をしたら、その場で無礼打ちをされても文句は言えないから。

だから、最近はずっと昇格試験に向けて書庫で勉強をしつつ、週に一度ギルドが派遣してくれたマナーの先生にマナーレッスンも受けている。


実は実力的にはAランク相当なのに、これらの勉強やレッスンが嫌でBランクでランクを止めてる冒険者も一定数いたりする。

ギルド側もAランクの人数があまりにも足りてないとかならない限りは昇格試験を受けるようにうるさく言ったりしないし、生きていくにはBランクでも十分過ぎるほど稼げるからね。


「ところで、何か用があったんじゃ?」


「あ、そうそう。マスターが呼んでるわよ?執務室まで来てくれって」


「えー?マスターが?なんかしたかなぁ……」


ここでマスターと言えば一人しかいない。

この冒険者ギルドクロームズ支部のギルドマスターであるガイエンさんだ。


普通、ギルドマスターであるガイエンさんが一介の冒険者に過ぎない私を執務室に呼び出すなんてことはない。

それなのに、わざわざジェーンさんを迎えに寄越すなんてよっぽどのことだと思うんだけど、心当たりがないんだよなぁ。


「私も詳しくは聞いてないけど『狂風』に何か特別な指名依頼でも来たんじゃない?」


「もー、その名前で呼ばないでくださいよ……」


「あら、いいじゃない?アリサの歳で二つ名なんてそうそう付かないわよ?」


「それは……まぁそうかもですけど」


この恥ずかしい『狂風』という名前。

それがいつの間にか付けられていた私の二つ名なんだよね。


『狂風』のアリサ。


うん、ないわ。


冒険者として名前が売れてくると、誰が付けるのかこんな風に二つ名が付くことがある。

一般的にはAランク冒険者の中でも実績と経験を積んだ人が付けられるから、まだBランクの私が二つ名で呼ばれるのは本当ならとても光栄なのはわかってるんだけどね……。


「ま、とにかく早くマスターのところに行くようにね。

珍しく真面目な顔してたから」


「うわぁ、それ聞いてますます行きたくなくなりました」


ジェーンさんは用件だけ言うと、じゃあ、よろしくねーと笑顔で去って行ったけど、残された私はとても笑う気にはなれない。


だって、常日頃から堂々と事務仕事は面倒くさくて嫌いだと公言しているような人なんだよ、うちのギルマスって。


そんな人が真面目な顔をしてでの呼び出しなんて、どう考えてもろくな事じゃないじゃん……。

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