こんなことを奥様に聞くなんて失礼なんだろうけど、でも他に聞く相手なんて居ない。
ここまでは奥様もバクチーニさんやメイドさん達もみんな優しく接してくれていたけど、きっと本心は別なんだろうな。
だって、お母さんがそんなことをするなんて信じられないけど、奥様の言う通りなら私は浮気相手の娘なんだもん。
よく思われてないどころか、憎まれていたって仕方ない。
私だって好きで浮気相手の娘として生まれた訳じゃないけど、こういうのってたぶん理屈じゃないんだろうし。
奥様は、私を捕まえようとして呼び出したのかな。
いや、呼び出したのは領主様だっけ?
まぁ、どっちでも同じか。
ここに来た時に最初に会った門番とか他の人を見る限り、それ程強い人はいない。
門番は弱くはなさそうだったけど、あれくらいならどうにでも出来る。
だから、対人戦の経験はそれ程多くはない私でも本気を出せばたぶん逃げ切れるとは思う。
多くないだけで賊とやり合った経験は普通にあるしね。
武器を取り返すのは難しいかもだけど……。
でも、逃げたとしてどこに行こう。
きっともうこの町には居られなくなるよね?
キャロル達のとこに行く?
それか、いっその事別の国まで逃げる?
冒険者ギルドは世界中にあるし、今の私ならどこに行ったって生きていくことは出来るはずだ。
「アリサ、落ち着きなさい。
ほら、お茶を飲んで」
無意識に俯いてしまっていたらしく、奥様の声にのろのろと顔を上げる。
用意してくれていたお茶は、すっかり冷めてしまっていたはずだけど、いつの間にか新しいものに交換されていた。
言われるままにカップへと手を伸ばそうとしたけど、自分でも情けないくらいに手が震えている。
音を立ててはいけないとマナーの先生に習っていたのに、手に取ろうとしただけでガチャガチャと大きな音を立ててしまった。
「あっ……ごめんなさい……」
「構わないわ。今はマナーなんて気にしないでいいから」
絶対に怒られると思ったのに、予想外に優しい言葉をかけられた。
それを不思議に思って奥様へと視線を向けると、何故か奥様は私を気遣うようにこちらを見ている。
その瞳には、私に対する憎しみが浮かんでいるだろうと思ったのに、そんなものは欠片も感じないどころか、本気で心配してくれているようにしか見えない。
奥様だけじゃない。
ローザさんもその隣にいるメイドさんも奥様と同じような目で私を見ているし、チョコレートを持ってきてくれたメイドさんに至っては目に涙を浮かべている。
「ごめんなさいね。わたくしが一度に色々と話し過ぎてしまったわ。
貴女への配慮が足りなかったわね」
「いえ、そんな……。
私こそ失礼な態度を取ってしまって……」
確かに許容量は超えてしまったけど、別にそれはもういい。
むしろ、何故ここまで話した後にも奥様が私への態度が変わらないのかの方が気になる。
「今日はここまでにしましょう」
「あ、はい。わかりました……」
しかし、もうこれ以上話すつもりはないらしく奥様がそう言って立ち上がってしまったので、そうなると私もそれに続くしかない。
どうやら、捕まるようなことはないみたい。
それはそれで良かったのは間違いないんだけど……。
「アリサ、最後に一つだけ。
これだけは知っていて欲しいの」
「はい、なんでしょうか?」
「貴女のお母様は、夫の浮気相手なんかでないわ。
貴女は不義の子などでは決してありません」
「そうなんですか?」
もしそれが本当なら少しはマシかもしれないけど。
それなら、私はどうして生まれたの?
また新たな疑問が生まれてしまったけど、奥様はそれについては何も語ることはなく。
結局、そのことは聞けないまま、その日の奥様との話は終了してしまった。