完全にポカーンとしてしまった私を見て、奥様は「そういう反応になるわよね」と苦笑している。
いや、だって仕方なくない?
何となく、何となくだけど私の父親が領主様だってことはようやく少しずつ理解出来てきたところだったのに。
だって届け出がしてあるっていうことはさ。
「領主様は私のことご存知だったんですか?」
ってことになる訳だよね?
「ええ、そのようね。
あのポンコ……んんっ。
あの人がいつどうやって貴女のことを知ったのかまではまだ聞き出せてはいないのだけどね」
奥様が手に持つ扇子がミシッと音を立てる。
あ、今日のは木製なのかな。
どうやら、奥様は領主様に対してかなりお怒りらしい。
まぁ、私としてもね。
はっきり言って良い気分じゃない。
と言うか、奥様の前だから抑えてるけどめっちゃムカついてる。
だって、もしかしたら領主様はお母さんが病気だったことすら知ってて放置していた可能性だってあるし。
もしそうなら、ちょっと許せそうにない。
そんな気持ちが顔に出てたのかもしれない。
「わたくしが貴女や貴女のお母様のことをもっと早く知っていたら、何かしら力になれたのだけど……」
そんな風に私を気遣うような言葉をかけてくださった。
「奥様は私や母のことは……?」
たぶん、今の言い方からして知らなかったんだとは思うんだけど。
私の予想は正しかったみたいで、奥様は頷く。
「アリサのことを知ったのは最近よ。
学院の入学要項が届いて、それで夫を締め上……問い質したの」
聞こえてないフリをずっとしてたけどさ。
奥様、領主様に対してちょこちょこと物騒な事とか暴言とか言いかけてない?
私としても同意見だからいいけど!
そう言えば、バクチーニさんが今領主様に会うのは差し障りがーとか言ってたけど、もしかしてもう奥様やっちゃった?
私も出来れば何発か入れたいなぁ。奥様に頼んだら許可してくれるかな?
「ただね、貴女のお母様のことは昔からよく知っているわ」
「え!?」
お貴族様の奥様が、なんでお母さんのことを?
でも、確かに私もお母さんが私が生まれる前は何をしてたのかは知らないな。
村の生まれではないみたいなのは何となくは感じてたけど、それ以上のことは特に気にしたこともなかった。
「貴女のお母様、サリナはね。
元々はクロームズ子爵家のメイドだったのよ」
「母が……」
それもまたびっくりだけど、どこか納得も出来た。
何となく他の村人達とは雰囲気が違ったし。
だって、お母さん以外には村長さんくらいしか読み書きに不自由しない人なんていなかったし、誰も知らないような行儀作法も知ってたもん。
「わたくしと夫はね、幼い頃からの婚約者だったの。
それで子供の頃から定期的にクロームズ子爵家へと来ていたのだけど、サリナとはその時に出会ったの」
そして奥様は母との出会いや関係を話してくれた。
お母さんのお母さん。
つまり私のお祖母さんは、領主様の乳母だった。
お母さんて領主様と乳兄弟だったんだね。
それもあって、幼い頃は母と領主様は兄妹のように育ち、奥様が婚約者としてクロームズ子爵家に通って来るようになると、母と奥様は同い年だった上に髪や瞳の色が同じなことも手伝ってすぐに仲良くなり、身分を越えて親友といえるような関係だったそうだ。
……って、ん?
「え!?奥様って母と同い年なんですか!?」
いや、お母さんて生きてたらもう三十代後半だよ?
奥様ってどう見ても二十代にしか見えないんだけど……。
「そうだけれど……。どうかした?」
「あ、いえ!なんでもありません!」
ま、まぁとにかく。
その後もこのお屋敷で働いていた母だけど、奥様が領主様と結婚してから数年後。
乳母としての役割を終えると地元へと帰っていた祖母が体調を崩したのを理由に、メイドの仕事を辞めてしまったらしい。
「それなら仕方ないと思っていたのだけれど……」
そこで言葉を切ると、こちらをうかがうように視線を向けてきたので首を振る。
だって、私お祖母さんとか会ったことないもん。