19XX年7月12日
ここは「独裁国家」。
名前も地図にも、もう存在しないと言われている国。
ボクはここに生まれ、育ち、そして今日――
「処刑裁判」に立ち会うことになった。
この国では、「罪人」は皆、**自分で自分に科す罰=“私刑(しけい)”**を言わなければならない。
ただし、甘くない。
どんな私刑でも、ノルマ未達なら即・死刑。
逆らっても、同じく死刑。
つまり、選んでも選ばなくても、命を懸けることに変わりない。
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今日も広場には独裁者の玉座があり、目の前で罪人たちが自分の刑を言わされていた。
「よし!次!おまえ、自分の刑を言え!」
「……はい!えっと……映画を、24時間、ノンストップで視聴する刑でお願いします!」
「ふむ。よかろう。次!」
観衆は無表情だった。
感情を持つことは、この国では……危険なことだから。
ボクの順番がどんどん近づいてくる。
緊張で手が震える。
だが――
ボクのすぐ前の青年が、不思議なことを言い出した。
「えーっと……“手を挙げた者が、私ノ刑になります”」
会場がざわついた。
独裁者が眉をひそめる。
「……なに? もっと具体的に言え」
すると彼は、静かに微笑んで、こう言った。
「“この国の独裁者になる”という、刑罰です。」
独裁者の顔が凍りついた。
会場も、凍りついた。
私刑は絶対。
たとえ、独裁者であっても。
沈黙の中、独裁者が、フッと鼻で笑って、手を挙げた。
「この国の独裁者は、私だ。誰にも渡さん。私が、その刑を受けよう」
青年は微笑んで、うなずいた。
「では、喜んで……**“私ノ刑”**を差し上げますね」
その瞬間、独裁者の顔が青ざめた。
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その日のうちに、独裁者は広場から姿を消した。
誰も、何も説明しなかった。
数日後、青年は「大統領」となり、私刑制度を撤廃し、選挙による新政権を樹立した。
国民は彼を「英雄」と呼び、ボクも、彼に憧れるようになった。
それでも時々、ボクは思い出す。
あの時、青年があんな「刑」を言わなければ、何も変わらなかった。
だけどあれは、“罰”だったのか?
それとも――“仕掛け”だったのか。
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私ノ刑 完
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ここからネタバレ解説と考察だよ。
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ネタバレ解説・考察(意味がわかると怖い話)
• 彼が言った「私ノ刑」は、一見「自分が独裁者になる罰」に見えるが、真意は**「その刑を望んだ者=手を挙げた者が刑に処される」**という仕掛け。
• 独裁者は「誰にも渡さぬ」と手を挙げることで、“私ノ刑”にハマってしまった。
• つまり、“私ノ刑”とは、**「刑そのものに引き寄せられた者を罰する」**トラップであり、自らの強欲で独裁者は処刑された。
• 青年は法に逆らうことなく、制度の矛盾そのものを利用して、独裁体制を終わらせた。