20XX年 5月8日
ボクの部屋には、ずっと昔からある一枚の絵が飾られている。
西洋風の金髪の少年が、遠くを見つめている肖像画だ。
おかしな話だけど、
その少年は「ボクがモデルだ」と家族は言う。
でも、どう見たって違う。
ボクは黒髪に黒い瞳の、どこにでもいる日本の小学生。
あの金髪碧眼の少年なんて、ボクとは真逆の見た目だ。
なんとなく、あの絵の前では、いつも背中がゾワッとする。
でも生まれたときからあるものだし、気のせいって思ってた。
――あの日までは。
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その夜、ボクはぐっすり眠っていた。
はずだった。
ふいに体が重くなって、動かなくなった。
金縛り――というやつなのかもしれない。
怖くて、目だけをゆっくりと開けると、
ベッドの足元に、見覚えのある金髪の少年が立っていた。
何も言わない。ただ、無表情でボクを見つめていた。
――やばい。
胸の奥で直感が叫んでいた。
逃げなきゃ。だけど、動けない。
ただ、指先が少しずつ動いてきた。
ボクは力を振り絞って、横に置いてあった分厚い英和辞典を掴み、
そのまま、全力で――投げた。
ガツン!
鈍い音がして、少年は驚いたように一歩引いた。
次の瞬間、スーッと薄れて、姿を消した。
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次の朝。
起きると、いつもより部屋が静かだった。
ボクはカーテンを開けて、朝の光を取り込んだ。
そしてふと、壁の肖像画を見た。
――なんか、違う。
昨日までと明らかに違うところが、ひとつだけあった。
少年の顔。
右のまぶたが赤く腫れていた。
見間違い……じゃない。
その目は、ボクが投げた辞書が当たったちょうどその場所だった。
さすがに気味が悪くなったボクは、お父さんに頼んで、
その肖像画を燃えるゴミに出してもらった。
それから、ボクの部屋は――
誰かの「気配」なんて、まったくしなくなった。
たぶん、今ごろはもう灰になってるんじゃないかな。
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肖像画 完
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ネタバレ解説・考察(意味がわかると怖い話)
• ボクの部屋にあった肖像画は「金髪の少年」だったが、なぜか「ボクがモデル」と言われていた。
• 寝ている間に現れたのは、絵の中のその少年であり、ボクに強く執着していた存在と思われる。
• ボクが金縛り中に投げつけた辞書は少年に直撃し、翌朝その絵の少年のまぶたに赤い腫れができていたことで、それが絵の中の存在であったと裏付けられる。
• 絵を処分してから「人の気配」がなくなったのは、長年ボクに取り憑いていたものが去った証拠。
• 「自分とは似ても似つかないのに、なぜモデルがボクだと言われたのか」という違和感も、ボクと何か深い縁があった存在であることを暗示している。