20XX年11月16日
休日、ボクは古びた商店街の中にある古本屋へと足を運んだ。
その店は、もう何十年も前から営業しているような年季の入った佇まいで、中に入るとすぐに埃と紙のにおいが鼻をついた。
奥の棚を眺めていると、ふと一冊の分厚い文庫本が目にとまった。
カバーは剥がれ、ページの端は黄ばんでいる。
タイトルは──**『夢ヶ島』**。
パラパラと中をめくると、無人島でのサバイバルを描いた物語らしい。
内容は…やけに生々しくてリアルだった。
心をつかまれるような感覚があって、ボクはそのままレジに持っていった。
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家に帰った夜、夕飯を食べ終えてから、ボクは早速その本を読み始めた。
文字ばかりなのに、読み進める手が止まらない。
やがて瞼が重くなり、布団に潜り込むとすぐに眠ってしまった。
その夜、ボクは夢を見た。
どこまでも広がる海の上、小舟に乗って、ボクはひとり黙々と漕ぎ続けていた。
目指すは、水平線の向こうに浮かぶ孤島──夢ヶ島。
波を越え、風に押されながら、ボクはようやく島にたどり着いたところで、夢は終わった。
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次の日、学校から帰ると、少しだけ勉強をして、それからまた『夢ヶ島』を読んだ。
日が暮れてもページをめくる手は止まらず、気づいたら夜中だった。
でも、次の日は日曜だ。
少しくらい夜更かししてもいいよね。
布団に入るとすぐに、また夢を見た。
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今度の夢では、ボクは島の中を必死に逃げ回っていた。
背後には、大きな獣の足音。
振り返らなくても、ボクを追いかけるそれの存在はわかった。
──肉食恐竜。
巨大な顎、獰猛な目。
それが、ボクを喰らおうとしていた。
息を切らしながら、倒木の陰に身を隠すと、恐竜はしばらく周囲をうろついた後、姿を消した。
助かった…そう思って歩き出すと、湖に出た。
湖のほとりでは、たくさんの動物たちが水を飲んでいた。
安心したボクも、しゃがみこんで水に手を伸ばそうとした──そのとき。
動物たちの身体から、いきなり真っ赤な炎が噴き上がった。
それなのに、彼らはまるで気にしていない。
静かに、淡々と、燃えながら水を飲みつづける。
気づけば、ボクの身体にも炎が這い寄っていた。
でも──熱くない。
燃えているのに、痛くない。
ただ、どこか遠くで、本が燃えるような匂いが鼻をかすめた。
次の瞬間、視界が真っ白になって、意識が途切れた。
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目が覚めたのは、昼の1時を過ぎていた。
布団から出て、階段を下りてリビングに行くと、お父さんが新聞を読み、山おじさんが爪を切っていた。
「ねぇ、お母さんは?」
「庭で焚き火してるぞ」と山おじさんが言った。
庭に出ると、お母さんが古い雑誌やボロボロの本をどんどん焚き火に投げ入れていた。
ぱちぱちと燃える音。舞い上がる煙。
そして──
**『夢ヶ島』**の背表紙が、炎の中にあった。
「あら、ボク。焼き芋できたわよ。食べる?」
お母さんは何事もなかったように笑っていた。
でも、ボクの手は震えていた。
だってあの夢で燃えていたのは、まさにこの本だったからだ。
もし…あのまま目を覚まさなかったら、ボクは一緒に──
それ以来、夢ヶ島の夢を見ることはなかった。
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夢ヶ島 完
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【ネタバレ解説・考察】
『夢ヶ島』という小説は、ただの物語ではなかった。
それは読む者を**夢の中の島へ引きずり込む“媒介”**だった。
夢の中で動物たちが炎に包まれていたのは、現実でお母さんが本を燃やしていたから。
夢と現実がリンクしていたのだ。
もし目を覚まさずにいたら──
本と一緒に、ボクの魂も燃やされていたのかもしれない。
あの島から脱出する方法は、ただ一つ。
現実で『夢ヶ島』をこの世から消すこと。
お母さんが本を燃やしてくれなければ、ボクはもう、戻れなかった。