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第11話「ラグナロック」

 196〇年 8月31日


 夏の終わり。

 蒸し暑い夜。

 ボクは、ある巨大な音楽ライブ会場にいた。


 ステージには、異様な雰囲気をまとう4人組のバンドが姿を現していた。

 名前は《ラグナロック》。

 幻のバンドと噂され、実在を信じていない人も多い。

 でも、目の前にいる。

 本物だ。


 観客たちは今か今かと彼らの演奏を待ちわびていた。

 ざっと数えて数万人規模の聴衆。

 目を光らせ、息を飲みながら、ボクらはステージを見つめていた。


 だが、ひとつだけ──

 ボクには、どうしても気になる“噂”があった。


 「彼らの演奏が始まると、世界が終わる」


 都市伝説とも言えない、不可解な言い伝え。

 このライブも開催情報が告知されたわけではなかった。

 何かに呼ばれるように、ボクたちはここに“来させられた”のかもしれない。


 ⸻


 そしてついに、演奏が始まった。


 ベースの重低音が空気を震わせる。

 ドラムが心臓の鼓動と同調する。

 ギターが歪み、悲鳴のような旋律を響かせる。


 ──ボーカルが歌い出した瞬間だった。


 観客たちが、次々と頭を抱えて悶えだした。

 うめく者、涙を流す者、天を仰ぐ者。

 苦しみ、震えながらも、誰一人として立ち去らない。

 その場に、必死にしがみついていた。


 歌声には何かがある。

 耳を塞いでも、頭の中に直接響いてくるような声。

 たった一つの音が、心の奥の“痛み”を容赦なく引きずり出す。


 演奏が進むにつれて、観客たちは次第に静かになっていった。

 穏やかな顔で、涙を流しながら──光に溶けるように、消えていった。


 ボクは、ただ呆然と立ち尽くしていた。


 ⸻


 ラグナロックの最後の音が消えたとき、

 広大なライブ会場には、もう誰もいなかった。


 観客はもちろん、スタッフも、警備員もいない。

 あんなに満員だったのに──残っていたのは、ボクひとりだけ。


 ステージ上の彼らは、静かに楽器を置いた。

 そして、まるで次の目的地があるかのように、無言でステージ裏へと消えていった。


 ボクはただ、その背中を見送るしかなかった。


 ⸻


 それ以来、彼らのライブは定期的に行われているという噂がある。

 告知も広告もないのに、必ず観客は集まる。

 そして、誰も帰ってこない。


 ⸻


 ラグナロック 完


 ⸻


 ここからネタバレ解説と考察だよ。

 カウント0になるまでスクロールしてね。



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【ネタバレ解説・考察】


 ステージに集まっていた観客たちはすでにこの世の存在ではなかった。

 **成仏できずに彷徨う“亡者たち”**であり、ラグナロックは霊を浄化するための「楽器を持った霊媒師」だったのだ。


 演奏=鎮魂。

 歌声=祈り。

 光に包まれて消えていったのは、“成仏”の瞬間。


 ただし──


 なぜボクだけが残されたのか。


 それは、ボクがまだ“半分こちら側”にいなかったからかもしれない。

 もしくは、いずれまた彼らの音に呼ばれる、“次の奏者”だったのかもしれない。

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