196〇年 8月31日
夏の終わり。
蒸し暑い夜。
ボクは、ある巨大な音楽ライブ会場にいた。
ステージには、異様な雰囲気をまとう4人組のバンドが姿を現していた。
名前は《ラグナロック》。
幻のバンドと噂され、実在を信じていない人も多い。
でも、目の前にいる。
本物だ。
観客たちは今か今かと彼らの演奏を待ちわびていた。
ざっと数えて数万人規模の聴衆。
目を光らせ、息を飲みながら、ボクらはステージを見つめていた。
だが、ひとつだけ──
ボクには、どうしても気になる“噂”があった。
「彼らの演奏が始まると、世界が終わる」
都市伝説とも言えない、不可解な言い伝え。
このライブも開催情報が告知されたわけではなかった。
何かに呼ばれるように、ボクたちはここに“来させられた”のかもしれない。
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そしてついに、演奏が始まった。
ベースの重低音が空気を震わせる。
ドラムが心臓の鼓動と同調する。
ギターが歪み、悲鳴のような旋律を響かせる。
──ボーカルが歌い出した瞬間だった。
観客たちが、次々と頭を抱えて悶えだした。
うめく者、涙を流す者、天を仰ぐ者。
苦しみ、震えながらも、誰一人として立ち去らない。
その場に、必死にしがみついていた。
歌声には何かがある。
耳を塞いでも、頭の中に直接響いてくるような声。
たった一つの音が、心の奥の“痛み”を容赦なく引きずり出す。
演奏が進むにつれて、観客たちは次第に静かになっていった。
穏やかな顔で、涙を流しながら──光に溶けるように、消えていった。
ボクは、ただ呆然と立ち尽くしていた。
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ラグナロックの最後の音が消えたとき、
広大なライブ会場には、もう誰もいなかった。
観客はもちろん、スタッフも、警備員もいない。
あんなに満員だったのに──残っていたのは、ボクひとりだけ。
ステージ上の彼らは、静かに楽器を置いた。
そして、まるで次の目的地があるかのように、無言でステージ裏へと消えていった。
ボクはただ、その背中を見送るしかなかった。
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それ以来、彼らのライブは定期的に行われているという噂がある。
告知も広告もないのに、必ず観客は集まる。
そして、誰も帰ってこない。
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ラグナロック 完
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【ネタバレ解説・考察】
ステージに集まっていた観客たちはすでにこの世の存在ではなかった。
**成仏できずに彷徨う“亡者たち”**であり、ラグナロックは霊を浄化するための「楽器を持った霊媒師」だったのだ。
演奏=鎮魂。
歌声=祈り。
光に包まれて消えていったのは、“成仏”の瞬間。
ただし──
なぜボクだけが残されたのか。
それは、ボクがまだ“半分こちら側”にいなかったからかもしれない。
もしくは、いずれまた彼らの音に呼ばれる、“次の奏者”だったのかもしれない。