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第2話


「どう……して……?」


ブリュエットには目の前で起こった出来事が飲み込めなかった。

護衛はブリュエットに背中を向けているものの、護衛が剣を抜いたことや地面に滴る血を見て、何が行なわれたのかはすぐに理解した。

しかし。


(なんでそんな、ひどいことをするの?)


ブリュエットには、それがどうしても分からない。

あのウサギのような生き物は、足に怪我をしてブリュエットに抱えられていただけなのだ。


(危ないわけなんかない。ウサギさんは、わたしの腕の中で、しずかにしてただけだよ)


護衛の躊躇の無い残酷な行動に、ブリュエットの混乱は収まらない。

しかし護衛はブリュエットの混乱などどうでもいいかのように振り返り、ブリュエットの身を案じる仕草を見せた。

手にはあのウサギのような生き物の死骸を持ったまま。


「どうして、あの子を殺しちゃったの!? 助けを、もとめてたのに!」

「あれは魔獣です」

「まじゅう……町に?」


魔獣。

幼いブリュエットも、魔獣については教え込まれていた。

神秘の森に住んでいる動物で、知性があって魔法を使える。個体によっては人間の言葉も喋ることが出来る。

そして……人間を敵視している。


「ウサギさんは、まじゅうだからしゃべれたんだ……だけど、まじゅうかもしれないけど、あの子はあんなに小さくて、けがもしてたよ!? 助けてって、言ってたよ!?」

「そうやって人間を騙す気だったのでしょう」

「だましてる感じじゃなかったよ!?」

「騙そうとしている者は、相手に騙そうとしていることがバレないように振舞います」

「それは……そうかも、しれないけど……」


ブリュエットは何を言えばいいのか分からなくなってしまった。

ブリュエットはあの魔獣が自分に助けを求めているように感じたが、それが演技だったと言われてしまうと、反論することは出来ない。

証拠は何もなく、魔獣が助けてと言い、ブリュエットが魔獣の言葉は本音だと感じただけの話なのだ。

当の魔獣はすでに殺されてしまったため、答え合わせも出来ない。


「中には姿を変えることの出来る魔獣もいます。この魔獣が、怪我をした小さく弱い生き物のように姿を変えていた可能性もあります。魔獣はそうやって人間を騙して誘い込み、殺すのです」

「う、うん。それは聞いたことあるけど……でも……」


納得していない様子のブリュエットに護衛は説明を付け足したが、それでもまだブリュエットは納得していないようだった。


「でも、殺されたのに、あの姿のままだよ? やっぱり助けをもとめてた、弱いまじゅうだったのかも」

「仮にそうだとしても、町に出た魔獣は殺す決まりです。ただの護衛が帝国の規則に逆らえるはずもありません」


決まり。規則。

貴族として平民の手本となるように、それらは確実に守るべきものとブリュエットは教えられている。

だから護衛もブリュエットも、正しい行ないをしたはずだ。


(そのはず、なのに)


ブリュエットの心はざわつくばかりだった。


「町に魔獣が出たことは報告しなければなりません。魔獣を見つけた場所に案内していただけますか?」

「う、うん……わかった」


そのとき魔獣のツノが折れて地面に落ちた。


(せめて、お墓をつくってあげよう)


そう思ったブリュエットは、落ちたツノをそっと拾うと、護衛に気付かれないようにポケットにしまった。




ほどなくして、“魔獣討伐隊”が町にやって来た。

あの小さな魔獣が一匹だけで森から降りてきたとは思えないからだ。

人間を襲うために魔獣が集団で町に潜伏している可能性が高い。

魔獣討伐隊はブリュエットにそう説明し、魔獣を発見した状況を何度も確認した。


「お嬢様。早急に屋敷へと戻りましょう」

「……うん、そうする」


魔獣討伐隊にたくさんの質問をされたブリュエットは疲弊し、菓子を買う気分ではなくなってしまった。

買ったところで菓子が喉を通るとも思えなかったため、護衛の提案に素直に従うことにした。

魔獣を殺した護衛はブリュエットが解放された後も魔獣討伐隊の質問攻めを食らっていたため、もう一人いた別の護衛とともにブリュエットは馬車へと向かう。


「あのごえい、いつ馬車に来るかな?」

「まだ掛かるでしょうね。あの者のことはお気になさらず。私たちだけで先に帰りましょう」

「先に帰ったら、あのごえい、こまるんじゃないかな?」

「大人ですので、置いていっても自力で屋敷まで来るでしょう。それよりも今はお嬢様を早急に屋敷に送り届けることが重要です。また町に魔獣が出るかもしれませんから」


馬車に辿り着いたブリュエットは、馬車に乗ると椅子の上に寝そべった。動き出したら強い揺れで起きてしまうだろうが、少しの間だけでも寝たかったのだ。

護衛は御者と何かを話しているようで、すぐには馬車に乗って来なかった。

そのことをブリュエットはありがたいと感じ、重くなってしまった瞼を閉じた。


「……こ……どこ……どこにいるの……?」


寝そべるブリュエットの耳に、馬車の外から声が聞こえてきた。

あまりにも悲痛なその声に、ブリュエットは思わず目を開けて身体を起こした。

そして窓から外を見ると、通りでは半透明のウサギのような生き物が何かを探している。

その姿形は、先程殺されたあの魔獣そっくりに見える。


「……え? どういうこと?」


半透明とはいえブリュエットには姿も見えるし声も聞こえるのに、町を歩く人は誰も魔獣の存在に気付いていないようだった。

誰もが平然と通りを歩いている。

魔獣が目の前にいてもお構いなしにペチャクチャと会話を続けている。


「どこにいるの……町に降りてないといいけど……あの子はまだ姿が消せないから……」


思わず魔獣を凝視してしまったブリュエットは、顔を上げた魔獣と目が合った。

魔獣はブリュエットと目が合ったことに驚いている様子だ。

そして……正面から魔獣の顔を見ると、やはり、魔獣の額にはツノがあった。


(きっと、あの子のお母さんだ)


言動から察するに、あの魔獣は迷子になった子どもを探している。

そしてブリュエットはあの母親に似た魔が殺されるところを目撃している。


(本当のことを、つたえた方がいいの? でも、殺されたなんて言えない……。

だけど言わなかったら、あのお母さんは、ずっと子どもをさがし続けることになっちゃう)


ブリュエットが迷っている間に、魔獣は馬車のすぐ近くまでやって来ていた。


「あなた、私が見えているのね? 怖がらないで。襲わないから安心して。私は子どもを探しているだけなの。子どもを見つけたらすぐに森に帰るわ」


ブリュエットが何も言えないでいると、魔獣はさらに続けた。


「ねえ、私に似た子を見なかった? 大きさは私よりもずっと小さいのだけど。目を離した隙にいなくなってしまったのよ。好奇心の強い子だから、もしかしたら町に降りたのではないかと心配になって探しに来たの。お願い、知っていることがあったら教えて」

「…………わたし、その子を見た」

「本当!? やっぱり町に降りて来ていたのね。あれほど駄目だと言っておいたのに。どこ? 私の子はどこにいるの!?」


ブリュエットに質問をした魔獣は、ブリュエットの想像通りあの魔獣の母親だった。

自分があの魔獣を見つけたことを伝えたブリュエットだったが、その先を言葉にすることは出来なかった。

代わりに、ポケットに入っていた魔獣のツノを見せた。


「これは……まさか……」


一瞬にして絶望の表情になった魔獣に、ブリュエットはただ頷くことしか出来なかった。


「あなた、どうしてこれを……」

「せめて、お墓をつくろうと思って。わたしの目の前で、殺されたから」

「……いつ?」

「一時間くらい前」

「……そうだったの。教えてくれてありがとう。ちなみにどこで殺されたのかしら?」


ブリュエットは、子どもの死を聞かされた魔獣が予想よりも落ち着いていることに驚いた。

もしもブリュエットがもう少し成長していたら、その落ち着きが作られたものだと気付くことが出来たかもしれない。

しかし幼いブリュエットにはその判別が出来ず、そのために詳細を話してしまった。


「あっちの、通りの先。今、まじゅうとうばつたいがいるところで、殺されたの」

「魔獣討伐隊ね……分かったわ」


魔獣はそう呟くと、ブリュエットの教えた通りへと去り、姿を消した。

そうしてすぐに、悲鳴と怒声と銃声が聞こえた。



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