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第6話


「魔獣王様、本当に町へお戻りになるのですか?」

「何度も言ったであろう。今はそれが一番良い。今日の目的はお前たちに顔を見せることと癒しの泉の水を手に入れることだったから、目的は果たした」


集会を終えた魔獣王は、フェンリルの背に乗って森を移動していた。

行きとは違ってフェンリルが歩いているため、舌を噛まずに会話をすることが出来る。


「魔獣王様の意志が変わらないのなら、僕はそれに従うまでですが……せめて町までお送りします」

「駄目だ。森の出口で人間が待ち伏せをしている可能性が高い。お前が森から出ることは、我が許さぬ」

「それでは魔獣王様が危険なのでは……元の姿なら人間など相手になりませんが、今は子どもの姿ですから」

「人間どもは我……ブリュエットを保護したいと考えている。危害は加えないだろうさ。ああ、もうこの辺でいい」


そう言った魔獣王は、フェンリルの背から飛び降りた。

そしてフェンリルの頭を撫でる。


「くれぐれも皆が妙な気を起こさないように、お前の一族で魔獣をまとめるのだぞ。我がいない今、最も強い発言権を持つのは、お前の一族なのだから。出来るな?」

「……はい、魔獣王様。仰せの通りに」

「いい子だ。では、またな」




念のため森を出る前にフェンリルと別れた後、魔獣王は一人で森を歩いていた。

中身が魔獣王とはいえ、身体は六歳のブリュエットだ。

歩幅の狭い足での歩行はもどかしい程に時間がかかる。


『声さんって、まじゅうおうさんだったんだね』

「我を知っているのか?」

『有名だもん。ものすごく強いドラゴンだったって』

「そうか……待て。お前、意識があったのか?」


魔獣王は歩みを止めて、自身の身体の本当の所有者に話しかけた。


『最初はねむってたよ。でも途中でおきたの。だけど、しゃべれるようになったのは、ついさっき』

「なるほどな。我がお前の身体を動かせるのは、あくまでも限られた時間でのことなのだろう」

『そうなの?』

「ああ。その証拠に、我はだんだん眠くなってきた。心配せずとも、もう少ししたらこの身体の主導権はお前に戻るだろう」

『ねむいのは、朝早くにおきたのと、子どものからだでいっぱい歩いたからかも。わたし、いっぱいあるいた後はすぐねちゃうもん』


ブリュエットの言葉に、魔獣王はからからと笑った。


「そうか、子どもとはそういうものだったな。幼少時代などずいぶんと昔のことだから忘れていた!」

『まじゅうおうさんは、おとしよりなの?』

「百年近く生きているが、そもそもの寿命が違うからな。ドラゴンとしては、我もまだまだ若造よ」


魔獣王は、眠る前に森を出なくては、とまた歩き始めた。

そして歩いてすぐに森を出る前にブリュエットに伝えることがあったと思い出す。


「そうだ。人間どもにどうして森へ行ったのかと聞かれたら、魔獣の子どもに綺麗な花を見せたいと言われたから着いて行ったとでも言ってくれ。そして花を見たから帰ってきたと説明してほしい」

『フェンリルは子どもなの?』

「そうだ。だから……ということもないが、お前を攫った悪者としてフェンリルが殺される未来は望んでいない」

『わたしもフェンリルさんがころされるのは、いや。また背中に乗せてほしいもん』

「では、この説明をしてくれるな?」

『まかせて!』


魔獣王は歩き続ける。

森の出口まではあと少し。

魔獣王は今にも眠ってしまいそうだったが、重くなっていく足をひたすらに動かした。

そのときだった。

ブリュエットが言い辛そうに、魔獣王に話しかけた。


『ねえ、まじゅうおうさん。わたしは、まじゅうおうさんをふういんするために、生きてるの?』


ブリュエットの、子どもの口から出たとは信じたくない発言に、魔獣王は固まった。

親から放置され、二十四時間の監視を付けられ、自分の中に魔獣王がいると知った子どもが辿り着いた質問。

それが、これだ。

なんと悲しい問いだろうか。


――――この子がこの質問に辿り着いた大きな原因は、我の存在だ。


魔獣王は、多大なる罪悪感を覚えるとともに、激しく後悔した。


――――我が表に出て来なければ、この子どもはこのような考えを持たずに生きていけたかもしれない。

――――監視が付いているため自由は少ないものの、それなりに人生を謳歌できたかもしれない。

――――そもそも我が身体に封印されていなければ、両親に不気味がられることもなく幸せな家族関係だったかもしれない。


『まじゅうおうさん、教えて。わたしの命は、まじゅうおうさんをふういんするためのもの、なの?』

「そんなわけがなかろう!」


ほとんど条件反射のように魔獣王は怒鳴った。


――――ブリュエットの命が、いいや誰の命であっても、それが我を封印するための道具のはずがない!

――――命は本人のものだ。本人のために使うべきものだ!

――――誰かの、何かの、道具になるために生まれてくることなど、あってはならない!


「お前の命は、お前が生きるためのものだ。我の封印のためのものではない。我とは無関係に、お前はお前の人生を歩むために生まれてきたのだ」

『むかんけいって言われても、からだの中にまじゅうおうさん、いるよ?』

「それなら……お前はお前の人生を取り戻せ!」

『じんせいを、取り戻す?』


ブリュエットの言葉に魔獣王は大きく頷いた。


「そうだ! 我はこの身体からの解放を願う。そしてお前は、自分の人生を取り戻す」

『自分の、じんせい……』

「今この時より、我らは同志だ!!!」


正直なところ、今この瞬間まで魔獣王は、ブリュエットを丸め込んで魔術師を探し出し、封印を解こうと考えていた。

ブリュエットのためではなく、自分のために。

しかし今は、ブリュエットの人生を取り戻すためにも、ブリュエットの身体と自分との分離が必要なのだと悟った。

そして。


「魔獣と人間との争いに、生まれたばかりの赤ん坊を巻き込んだ魔術師を我は決して許さぬ。我の封印にお前を使った悪魔のような魔術師を、生かしてなどおくものか!」


魔獣王は怒りで燃えていた。

これまでは魔術師に封印を解かせることも視野に入れていたが、もはやその考えはない。

魔獣王を封印した魔術師を殺すことで封印を解くことが、ブリュエットの復讐にも繋がると思ったからだ。


『まじゅうおうさんは、まじゅつしを、ころしちゃうの?』

「長時間一緒にいれば、情も移る。お前に我の封印という不幸を与えた者を、どうして許せようか!?」

『わたし、ふこう、なの?』


魔獣王は、今すぐにブリュエットのことを抱きしめてやりたいと願った。

親のように、家族のように。

しかし自身がブリュエットの身体の中にいる以上、ブリュエットを抱きしめることは出来ない。


「すぐに世界一の幸せ者になる。二度とあのような悲しい考えが浮かばぬぐらいにな」

『……ねえ、まじゅうおうさん。一つ、おねがいがあるの』

「言ってみろ。我に出来ることなら何でもしてやろうぞ」

『まじゅうおうさんはわたしたちが、『どうし』だって言ってたけど、わたし、どうしって意味がよく分からないの。だからね、わたしはまじゅうおうさんとは、どうしじゃなくて……お友だちになりたいの』

「お友だち、とな。我と?」

『だめ……かな?』


魔獣王はこれまで友というものを持たなかった。

圧倒的な力とあまりにも長い寿命を持つドラゴンを、友と認識する魔獣は神秘の森にはいなかった。

神秘の森で暮らす魔獣たちにとって、魔獣王は王というよりも神に近い存在だったからだ。王とは身分違いの友情を育む者もいるが、それが神では話は変わってくる。

もしドラゴンが絶滅寸前でなければ友もいたかもしれないが、あいにく魔獣王の周りに存在したドラゴンは家族のみだった。

ゆえにブリュエットの発言は、魔獣王にとって想像すらしていないものだったのだ。


「あっははは! より気に入ったぞ、ブリュエット。よかろう。お前と我は友だちだ。誰が何と言おうともな!」

『ほんとう!? わたし、はじめてお友だちができた。うれしい!』

「我もだ。封印が解けたら、一緒に花見でもするとしよう」

『お花見したい! わたしも、やりたいこと、いっぱい考えておくね!』


魔獣王は軽快な足取りで一人……いいや、ブリュエットと一緒に、森を下りた。



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