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第4話 砂が落ちる前に、一直線

 砂時計を返した。くびれから、細い砂が落ちはじめる。


 白い粉の線の手前に立ち、足の位置に小さな印を付ける。サクが風上へ半歩出て、私の足首の外側に両手で輪を作って待つ。


 一つ目。

 両手を土に置き、息を整えてから足を上げる。サクの指先がそっと触れる。姿勢が安定する。

 手のひらの下で土がざわめく。匂いに微かな湿りが混ざる。いい感じだ。手をそっとどけると、小さな緑がぴょこり。

 手前の芽のとなりに緑の点が一つ、増えた。

 前列の男の子が小さく拍手、しかけて自分に“しー”。


 砂は静かに落ち続け、もう後半に差しかかる。


 私は逆立ちのまま、二歩前へ。

 ここから速度を上げる。余裕はない。


 ――その瞬間、ロープの下から白い鼻先がぬっと現れた。ヤギだ。小さな鈴が、ちりん。温かい息が耳の横にふっとかかる。やめて、そこは弱い。……もしかして髪、狙ってる?


 私は逆立ちのまま、二歩前へ。

 ここから速度を上げる。砂の目盛はあと二つ。実はギリギリ。


 観客がざわつく。

 サクは手を離さないまま、片膝をすっと前に出し、私とヤギのあいだに膝の壁を作る。もう一方の足のつま先でロープを持ち上げて、侵入を防ぐ。

 ヤギは「めぇ」と一声だけ言って、サクの膝に鼻先を押しつけ、私の髪の先を諦める。鈴がちりん、遠のく。


 私は一度だけ呼吸を整えれて、指先に体重を落とす。手のひらがじんわりしてから、土が笑う。


 思った以上に体力を削られ、額と鼻先に汗。……鼻がむずむず。くしゃみは論外。そこへ綿毛が群れて低く流れ込む。だいぶやばい。くしゃみ一つで終わる。


 と、すっと影。

 サクが膝で風を切って、綿毛を横へ逃がす。ナイスアシスト。

 手のひらに集中すると、地面がわずかに沈んで芽が出る。三つ目の点。


 砂時計の、上の砂はもう薄い。

 観客も思わず、前のめりになる。それでも声を出さない。ロープからはみ出さない。学習が早い村は、畑の覚えも早い。


 最後の位置。秒読みはしない。

 サクの手が、一瞬だけ強くなる。


「強い」


 すぐに、触れているだけの力に戻る。

 最後の集中。土が、かすかに鳴る。


 四つ目の点が立つ。――同時に、ざわめきが走る。間に合った、らしい。


 息がそろって、土の匂いが一段深く落ち着く。


 世界を戻す。視界が反転して地面が足下に帰る。

 五つの芽が、目で追わなくても分かる一本の列になっていた。


 観客は一度だけ静まり、次に長く続く拍手へ変わった。大きすぎない、ちょうどいい音量。


「賭け、成立。今日はここまで。土は一度に起こしすぎない方が長持ちします」


 私は軽く会釈し、板に一本の印を、さっきより深く刻む。

 足首に残る温度が、ゆっくり引いていく。


 ひげ面の男が、つばを少し上げた。——この村の「認めた」の合図は、もう分かった。

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