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第3話 前編

その知らせが届いたのは、

穏やかな朝の、朝食中だった。

普段アゼルは騎士団の食堂で食事をとっているがここ最近は、ノアと一緒にレオン達と食事をしている。


「……村が一つ、まるごと消えた?」


レオンが読み上げた報告書に、場の空気が一変する。


「昨夜の時点で、村ごと消息不明。

 人も、魔物も……誰ひとり残っていない」


アゼルが眉をひそめ、

ノアも、ふと手を止めて顔を上げた。


「周囲に異常な魔力の痕跡が残っていた。

 分析の結果……“魔塔”の術式と酷似している」


レオンの声が冷静に響く。

“魔塔”――それは、王国から外れた、

誰も近づかない“禁忌の地”にある塔だった。


何百年も前に封じられたはずの場所。

だが、今――その封印は意味をなしていない。


セリスが震える声で言った。


「……まさか、本当に動き始めてるの……?

 魔塔の連中が……人を攫ってるの?」



アゼルが低い声で問う。


「さらわれた村人たちは……?」


「……おそらく、生きている。

 だが、魔塔に連れていかれたら……助け出すのは難しい」


そう口にしたレオンの手には、

古い文献の写しが握られていた。


“魔塔”に関する禁書には、こう書かれている。


――塔に捕らえられし者は、

 肉体も魂も、術の糧に変えられる。

 消えることはなく、ただ“壊れる”。


食堂に沈黙が落ちた。

その静寂を破ったのは、カイルの拳が机を叩く音だった。


「……そんな場所に、俺たちの民を渡せるか」


誰よりも早く立ち上がったのはアゼル。彼の瞳は、鋭く決意に満ちていた。


「行く。奴らを止める」


「アゼル……!」


エリオが止めようとするが、アゼルは振り返らずに言った。


「陛下には俺から報告する。

 その上で、選ばれた者だけを連れて、魔塔の周辺へ調査に出る」


レオンが重く頷いた。


「我らの民を守るために。必要な戦いだ」


その時、ノアも静かに立ち上がる。

目を逸らさず、アゼルを見上げた。


彼はノアを見つめ返す。

言葉にしなくても、ノアが“行く”と言っているのがわかった。


アゼルはしばらく黙ったあと、

ほんの少し口元を緩めて言った。


「……行くなら、俺の隣だ。

 二度と一人にはさせねぇ」


ノアは強く頷いた。

――今度は、守る。


たった一人の少女が、

恐れを越えて歩き出した。



その先にあるのは、

新たな闇。

そしてその奥に潜む、魔塔の“主”だった。




魔塔の存在が明るみに出てから、二週間が経った。

その間、城では何度も会議が開かれた。


アゼルやレオンが中心となり、各地に斥候を送り出し、村や町の防備を固める。

だが――


「塔への直接介入は許可できない」


陛下の決断は変わらなかった。

理由は、魔塔が“古代の結界”によって守られているためだった。


下手に近づけば、侵入者の命が一瞬で消し飛ぶと言われている。

さらに、魔塔の魔力圏内では一切の通信が遮断される。


「突入しても、生きて帰れる保証がない」


そうレオンが静かに言うとき、アゼルは悔しさを隠しきれず拳を握りしめた。

陛下はそれでも、冷静だった。


「今は……焦るな。

奴らが表に出てきた瞬間を、絶対に逃すな」



そんなある日。

王国南部の村から、妙な報せが届いた。


「子供と……魔物だけが、いなくなっている……?」


レオンが眉を寄せた報告書を手にする。

被害にあった村は、3つ。


どの村も大人は無事。

だが、5歳~12歳前後の子供たちと、

その土地に共存していた魔物だけが跡形もなく消えている。


痕跡はなし。

襲撃の兆候もなし。

ただ“消失”。


「どういうことだ?今度は大人は無事………」

カイルが低く唸る。


「魔物だけじゃなく、子供……?

生け贄か……? いや、違う……」


セリスが不安そうに震える声で言う。


「……なんで子供だけ……?」


ノアもその報告を聞いて、

そっと胸に手を当てる――。



何かが――うっすらと心に引っかかっていた。


そしてその夜。


リアムがノアの部屋を訪ねて、不安そうに囁いた。


「……魔物って、ノアと同じ“魔力のにおい”がするんだって。

もしかして、それが……」


ノアの表情が少し強張った。


子供と魔物。

無関係に見える2つの存在。


けれど――

もし、魔塔が求めているのが“純粋な魔力”を持つ存在だったとしたら?


ノア自身も、その標的になり得る。

それを、誰よりも早く察していたのがアゼルだった。




「お前も、気づいてるんだろ」


ノアは黙って頷く。


――


「……だから今は、俺から離れるな」

「絶対に……次に狙われるのは、お前かもしれねぇ」


平穏だった城の中に、

じわじわと不安と緊張が満ちていく。


直接手を出せない魔塔。

それでも確実に、王国へと牙を伸ばしてきている。


そしてある夜――




王国の“平和”は、

確実に崩れ始めていた。


――


◇ 深夜の囁き ◇


その夜。

ノアは一人、ベッドの中で目を開けていた。


眠れない。

胸の奥がざわざわして、息が苦しい。


そんな時だった。


――たすけて。


「……え?」


かすかな、少女の声。

耳ではなく、頭の中に直接響いてくる。


――こわいよ。たすけて。


ノアは胸を押さえて起き上がる。

声は、悲しみと恐怖に満ちていた。

でも、どこかで確かに“生きようとしている”声だった。


ノアは部屋を飛び出した。

向かったのは、アゼルの部屋。


ノックもせずにドアを開けると、

ベッドに横になっていたアゼルが顔を上げた。





「……どうした」


ノアは、震える声で話した。


「こえ……きこえた……たすけて、って……」


アゼルの表情が一瞬で鋭くなる。


「いつからだ」


「いま……さっき……」


アゼルはすぐに立ち上がり、ノアの肩に手を置いた。


「落ち着け。

 何かが……起きる」


彼の目には、確かな直感と覚悟があった。


「何があっても俺のそばを離れるな」


ノアは小さく頷いた。



不安な日々か続いた。






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