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第6話 後編

死の森を抜けた先にそびえ立つ、黒き巨塔。

その周囲を覆うのは、目に見えるほど濃密な魔力の膜――“結界”。


まるで塔そのものが意思を持って侵入者を拒んでいるかのように、結界は脈打ち、時折稲光のような亀裂を走らせては閉じていく。


「……これが、魔塔の結界……」

騎士の一人が息を呑む。


人間の魔術師たちが封印に挑もうと手をかざした瞬間、結界が鋭い棘のように弾け、彼らを吹き飛ばした。

「くっ……! 魔力を吸い取られる……!」

「人間の術では、破れぬ……!」


その時。


重々しい足音が響いた。

黒い毛並みの高位魔物が、結界の前へ進み出る。

「……この壁の気配……知っている……。

 我らが子らを奪った“檻”の匂いだ」


翼を広げた巨竜が唸りを上げる。

「ならば、砕くまで。

 我らの怒りと憎しみを、この壁に叩きつけるだけだ!」


魔物たちが次々と並び立ち、咆哮を上げた。

その声は大地を震わせ、空を裂く。


アゼルも剣を掲げる。

「俺たちも全力を尽くす! 人と魔、力を合わせてこの壁を砕く!」


叫びと共に、魔術師たちが詠唱を重ね、騎士たちが聖剣に祈りを込める。

魔物たちは牙を剥き、爪を振りかざし、竜の咆哮で大気を揺らす。


そして――


「――今だ!!」


アゼルの合図と共に、すべての力が結界に叩き込まれた。

閃光、轟音、震動。

結界が悲鳴を上げるかのように軋み、黒い膜に大きな亀裂が走る。


「まだだ……押し込め!!」


最後に、黒毛の魔物が大地を蹴り、全身の力で結界に突進した。

巨体が閃光に包まれ、砕ける音が空に響く。


――バリンッ!!


結界が砕け散り、黒い欠片が光となって空に溶けていった。


静寂。

次の瞬間、目の前に現れたのは……無数の牙と眼を持つ、魔塔の守護者だった。


「……結界の主まで、目を覚ましたか」

高位魔物が牙を剥き、低く唸る。


「さあ、人間たちよ……ここからは戦場だ」




砕け散った結界の奥から、地を割るような咆哮が響いた。

闇の中から姿を現したのは――異形の化け物。


数本の腕に無数の刃。

全身を覆う鱗は黒曜石のように硬く、瞳は燃えるような赤。

その背から伸びる触手の群れが、獲物を探すかのように蠢いていた。


「……こいつが……魔塔の守護者……!」

騎士たちが思わず剣を握り直す。


化け物の咆哮と同時に、触手が大地を叩き割り、雷鳴のような衝撃が走った。

数人の兵が吹き飛ばされ、血を吐く。


「下がれッ!!」

アゼルが叫び、剣で触手を弾き飛ばすも、化け物は傷一つ負わない。


その時――。


「……人間ども。ここから先は我らに任せろ」

黒い毛並みの高位魔物が一歩前に出た。

その声は低く、しかし揺るぎない覚悟を帯びていた。


「お前たちが進まねば、あの子は救えぬ」

「だから……ここは我らが命を賭して食い止める!」


「だが――!」

アゼルが反論しようとする瞬間、巨竜の翼が広がり、轟風が兵たちを押し戻した。


「行け、人間。貴様らの剣はまだ“彼女”に届いていない」

竜の瞳が真っ直ぐにアゼルを射抜く。

「ここは、我ら魔物の戦場だ!」


咆哮と共に、魔物たちが一斉に飛びかかった。


炎を吐く竜、鋭い牙を閃かせる狼、影に溶ける魔獣。

それぞれが血と誇りを燃やし、化け物の巨体へ挑む。


触手が薙ぎ払われ、黒い獣が血を吐きながらも牙を食い込ませる。

巨竜が炎を叩きつけ、化け物の鱗を焦がす。

だがそのたびに、化け物の咆哮が轟き、凄まじい反撃が魔物たちの肉を裂いていく。


「ぐっ……まだだ! まだ倒れぬぞ!!」

黒毛の魔物が吠え、再び立ち上がる。


血に塗れながらも、彼らは一歩も退かない。

その背中は――かつて人間に恐れられた魔物ではなく、仲間を守ろうとする“戦士”そのものだった。


アゼルは拳を握りしめ、声を張り上げた。

「必ず戻る! 生きて帰ろう!!」


魔物たちの咆哮が応えるように響いた。

そして――アゼルたち王国の騎士団は、化け物の激闘を背に、魔塔の奥へと駆け抜けていった。


その奥ーー


「侵入者だ!!」

「殺せ! 生け捕りは必要ない!!」


影の中から現れたのは、塔の魔導兵。

異様に膨れ上がった腕、皮膚から滲み出す魔力の瘴気、

人でも魔物でもない“実験の成れの果て”。


彼らの目には光も理性もない。

あるのはただ、命令に従う機械のような殺意だけだった。


ドォンッ!

槍の突撃が盾を弾き飛ばし、火花が散る。


「くそっ……重い!」

「怯むな! 押し返せ!」


弓の矢、剣の斬撃、槍の突き。

ただ肉体と鋼鉄の力だけで立ち向かう。


だが異形兵は、腕を斬り落とされても前進をやめない。

槍で胸を貫かれても、血を撒き散らしながらなお迫ってくる。


「なんなんだ、こいつらは……!」

「人でも、魔物でもねぇ……!」


盾が砕け、騎士が吹き飛ぶ。

壁に叩きつけられた身体から、血が滴った。


その瞬間、アゼルが前に躍り出る。

剣を振り抜き、異形兵の胴を両断。

血飛沫を浴びながら叫ぶ。


「退くな!! 進め!!」


彼の声が仲間たちを奮い立たせる。

盾を失った者は剣を両手で握り直し、

弓兵は至近距離から矢を叩き込む。


レオン達も背中を合わせ、剣で敵を切り飛ばす。

「道は俺たちが切り拓く! アゼル、行け!」

「任せろ――ッ!」


重たい鎧がぶつかり合う轟音。

斬撃と絶叫が響く血の廊下。


倒れる者も出た。

だが誰一人、後退はしなかった。


「ノアァァァ!!」


アゼルの剣が閃き、敵を薙ぎ払いながら、ついに目の前に現れる。

重たい魔力の結界に覆われた、分厚い鉄の扉。


「ここだ……!」


震える声が、仲間の胸を打つ。

血にまみれた剣を握り直し、アゼルは一歩前へ。

この先に――ノアがいる。






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