「酒は百薬の長なんだ」と酔っ払いが話しているのを、近くの席から聞くとなしに聞く。
私も酔いが回ってきて、彼のどうでもいい話が本当にどうでもよくなる。
もし素面だったら、「何が百薬の長なんだ! 害しかないじゃないか!」などと突っかかっていたかもしれない。
実際、私はアルコールにいい思い出がない。
先日も、酔っ払って外で寝てしまい、3万円をすられたばかりなのだ。
気づくと、じょうぜつに話していたその客も眠ってしまっている。
店内は馬鹿馬鹿しい笑い声が響いている。どの客も何が楽しいのかもわからずそうしているに違いない。
私はそう思うと急に酔いが覚め、伝票を持って財布を探す。
しかしそこで、財布がないことに気づく。私は冷や汗が出てきて、頭がぐるぐるする。
オロオロしていると、ふとあの酔っ払いのことが目に入る。
確か数十分前に札束を見せびらかしていたのだ。
私は店を出るふりをしてそうっと彼に近づき、ポケットを探る。
案の定、札が手に当たる。
私はすぐさまそこを離れてレジに向かう。
「お会計5340円になります」と店員がいうのを、私はすり取った札を差し出す。
しかし「お客様、ご冗談でしょう?」と店員がいう。
カルトンをよく見ると、ふざけた文字で、「お前は泥棒だ」と書いてある紙片が乗っかっている。
私はさらに汗をかいて、店員の制止も振り切り、外に走り出す。
繁華街を走る中で私はあの男の話を思い出す。
確かに、あの男は人気マジシャンだと口にしていたのだ。