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第9話 ライム

私がメキシコ料理店で酔っ払っていると、店主の計らいで、瓶の口にライムの刺さったビールが運ばれてくる。

「いいんですか?」と私が上機嫌に呂律が回らずにいうと、店主は「サービスですよ」と少しむすっとして返してくる。

私はまあそういうならと、刺さったライムを手に取ると、そのビールを飲み始める。

すると、ビールの瓶の口のところに映像が映っているのに気づく。

よくよく見てみると、荒野が広がっており、そこを一人の小さな人影が横切っているのだとわかる。

私は不思議なこともあるものだと、ビールを飲むのも忘れて、それに惹きつけられる。

荒野にはサボテンが数本と、ワシが一羽いる。そしてさらによく見ると、人影は疲れているようだ。

私はなんだか魔が差して、ライムを絞って、その映像に汁を垂らす。

私には予想として昔いたずらした水浸しのアリの巣のことが思い出される。

案の定、ライムの搾り汁が垂れた先の映像は、大雨になったようで、ワシは飛び立ち、人影は走って先に行ってしまう。

私はおもしろくなって、さらに一滴、瓶の口に汁を垂らす。

サボテンは流され、荒野は水浸しになる。

私が大笑いしていると、後ろから店主に肩をたたかれる。

店主は「そんなことだろうと思ったよ。食事は人の生き方を映すっていうからな」といって、私を店の外に追い出す。

私は千鳥足で駅の方へ向かう。すると雨が降ってくる。

ザーザー降りの雨で、私はびしょ濡れになる。

駅に着くころには道路が見えないくらい水が地面を覆ってくる。

私は駅は動いているのだろうかと思う。

駅構内は誰もいず、列車だけが来ている。

私はとりあえずその列車に乗る。

すると列車は走り出す。

不思議と列車の中までは水が来ていない。

おそらくこの列車は遠いどこかへ向かって走っているのだ。

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