街中を歩いていると、ピアノの音が聞こえてくる。
音の方へと歩いていってみると、いまや廃れてしまったストリートピアノを弾いている若者がいるのが見える。
それは穏やかな音色で、私は思わず聴き入ってしまう。
聴いているのは私一人のようだ。そして、演奏者も周りには気を配っていないようで、自分の演奏に入り込んでいる。
そうしている間に曲が終わり、私は拍手を贈る。
演奏者の若者は恥ずかしそうにそこを立ち去る。
私はピアノを弾きたい衝動に駆られる。しかし私は弾ける曲を持っていない。
ストリートピアノにさよならを告げながら、私は「音楽家はもう芸術家になることはないだろうな」と思う。
というのも、音楽はもう大衆の思い通りになってしまっているからだ。
カスタマイズされ、システマティックになり、心地いいかどうかしか、また、売れるかどうかしか、基準になり得ないそんな道具。
とはいえ、私は芸術家の音楽を聴きたいわけでもない。
そんなことを考えていると、先ほどの若者が風俗店に入るのが目に入る。
「いたずらキャット」という名前の風俗店は私がいつも気になっている楽しげなお店だ。
音楽家を私たちは何か崇め過ぎているのだろう。
私も思い切って、その店に入ってみる。
どうでもいいような音楽が流れていて、私は先ほどの彼の演奏を思い出す。
穏やかで繊細な耳に残る演奏‥‥。