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5. 上手くいかない


「ここが、セフィのお部屋だよ」


 そうして、案内された場所は何から何まで見覚えがあった。

 セラフィーナがいつでも滞在できるよう、かつても王宮に用意してもらった一室と全く同じであった。


「気に入らない?」


 無言でどこか懐かしく思いながら部屋を見渡すセラフィーナに、アルバートが心配そうに声をかける。

 セラフィーナは慌てて首を左右に振った。


「そう、ならよかった」


 むしろよく見知ったその場所は、セラフィーナに安心を与えてくれるような気がした。




 翌日から、パーティーに向けて準備が行われた。

 最初に行ったのは、ドレスを作るための採寸だった。

 何度も経験したそれは、セラフィーナにはなんてことなく、特に問題なく終えられた。


 次に行ったのは、パーティーで必要となるマナーとダンスの練習である。

 かつて嫌というほど練習を重ね身につけていたセラフィーナは、これも特に問題ないだろうと思っていた。

 しかし、現実はそう甘くはなかった。

 それでも、マナーについては、まだましだった。

 小さくなった身体は思うように動いてくれず、上手くいかないこともあったけれど、これまで学んできた豊富な知識のおかげで、まだなんとかカバーすることができた。

 しかし、ダンスはそう上手くはいかなかった。

 小さくなったこの身体にはダンスの経験がないからなのか、久々に小さな身体で踊るからなのか、セラフィーナの知識をもってしても、上手く踊ることができない。

 その上、セラフィーナは今まで、同じ年齢だったアルバートとしか踊った経験がない。

 だが、今回踊る相手は、10歳年上で身長差もかなりあるアルバートである。

 今までとはまるで勝手が違い、何度やっても上手くいかなかった。


(どうしよう、間に合う気がしないわ……)


 とてもではないが、パーティーまでにきちんと踊れるようになっている気がしなかった。

 しかし、そうなれば王族であるアルバートにまで恥をかかせることになってしまう。

 それは再び王家に尽くすと誓ったセラフィーナにとっては、あってはならないことだった。


 その日から、セラフィーナは毎日夜遅くまで、寝る間を惜しんで必死にダンスの練習していた。

 そうした日を3日ほど過ごした、夜のことだった。

 朝から練習を続け、足は疲れて震えている。

 それでも休む暇などない、と必死に両足に力を入れてなんとか立っていた。

 そうしてステップを踏もうと一歩踏み出した時、足首がぐにゃりとあらぬ方向に曲がり、セラフィーナはそのまま転んでしまった。


(しまった、これはまずいわ……)


 慌てて左足の足首を見ると、腫れあがっているのは一目瞭然だった。

 しかしながら、ここで練習を止めると、絶対にパーティーに間に合わないだろう。


(大丈夫、このくらいなら、大丈夫。まだ、踊れるわ)


 セラフィーナは自分自身にそう言い聞かせ、なんとか足に力をいれて立ち上がった。


「う……っ」


 床に足がつくだけで、激痛が走るようだった。


(このくらい、我慢しなきゃ)


 かつての自分なら、我慢できたはずだ、とセラフィーナは思う。

 だが、幼い身体は痛みにも弱いのか、目尻には涙が溜まり、泣き出したい気持ちに襲われる。

 それでも必死に我慢して、練習を再開しようとした時だった。


「何をしてるの?」


 なぜか、アルバートがその場に現れたのだ。


「でぇん、か……」

「だからアルだって……って、今そんな場合じゃないか」


 アルバートは真っ直ぐとセラフィーナの元へ来ると、その場にしゃがみ込んだ。

 そして、腫れあがったセラフィーナの左足首に触れる。


「い……っ」


 セラフィーナはあまりの痛みに、思わず声をあげる。

 同時に足から力が抜け、その場にどすんと尻もちをついてしまった。

 我慢していたはずの涙も、気が抜けてしまったのか、セラフィーナの瞳から溢れ出してしまう。


「泣くほど痛いんでしょう?無理しちゃダメだよ」


 アルバートは流れるセラフィーナの涙を指で拭うと、セラフィーナをまたしても抱っこした。

 そして、近くのソファへと座らせると、今度はハンカチで涙に濡れた顔を拭いてやる。


「医者を呼んでくるから、おとなしく待っていてね」


 そう言って部屋から出ようとするアルバートの服を、セラフィーナは慌てて掴んだ。

 医者など不要なのだと、首をふるふると振って訴える。


「ダメだよ、ちゃんと診てもらわないと。悪化して、歩けなくなったりしたら、困るでしょう?」


 アルバートはやんわりとセラフィーナの手を自身の服から放させる。

 それから、あやすように、セラフィーナの頭を撫でた。


「すぐ戻るから。絶対に動いたりしちゃだめだからね?」


 小さな子に言い聞かせるように、といってもセラフィーナは中身はともかく外見はしっかり小さな子であるのだが、とにかくアルバートはそう言うと、急いで駆け出してしまった。




「どうだ?」


 アルバートは、セラフィーナの足を手当てしている医師に問いかける。


「骨に異常はないようです。1週間ほど安静にお過ごしになれば、腫れも痛みも引くかと」


 大怪我ではないらしいことに、アルバートはほっと胸を撫でおろす。

 しかし、セラフィーナは顔面蒼白になった。


「だめっ、しょれじゃあ、ぱーちーが……っ」


 1週間も安静に過ごしてしまえば、ダンスの練習はできないどころか、出席するはずのパーティーまで終わってしまっている。

 セラフィーナには、当然許容できる話ではなかった。

 すぐにでも練習を再開しなければ、セラフィーナの頭の中にはそれしかない。


「パーティーの件は、僕がなんとかするから。セフィは、心配しなくて大丈夫だよ」

「でも、みゃにあわにゃい……」

「間に合わなくてもいいから。今日はもう休もうね。お部屋まで、送ってあげるから」


 セラフィーナには不安しかなかった。

 それでも、アルバートに強く反論することもできず、頷くしかできなかった。




 翌日から、セラフィーナは部屋でおとなしく過ごすこととなった。

 マナーの勉強も、ダンスの練習も一切なくなった。

 食事だけは、アルバートや国王夫妻ととるため、その際はアルバートが迎えに来て、当然のように抱っこされて移動する。

 そうした日を数日過ごし、遂にパーティーの日を迎えてしまった。


(どうするんだろう……)


 今日のパーティーでアルバートとダンスを踊れと言われても、セラフィーナは圧倒的に練習不足だ。

 オーダーメイドで作られたドレスを身にまとってはいるものの、左足はまだ腫れあがった状態で包帯も巻かれている。

 セラフィーナは不安なまま、迎えに来ると言ったアルバートの来訪を待っていた。


「わぁ、セフィ、すごくかわいいね」


 にこやかに現れたアルバートは、やはりそうすることが当然だというように、セラフィーナを抱っこする。


「じゃ、行こっか」


 そう言って会場へ向かうアルバートを見ながら、セラフィーナは思っていた。

 これはきっと、パーティーの会場へ向かうまでのことなのだと。

 会場の中へ入る時には、セラフィーナは自分の足で歩くことになるのだと。

 ところが、アルバートはパーティー会場の中にも、セラフィーナを抱っこしたまま入ってしまった。

 国王がアルバートに向けて成人の祝いの言葉を述べる時も、アルバートとセラフィーナの婚約が発表された時も、その後2人でパーティーの出席者たちに挨拶してまわる時も、セラフィーナはずっとアルバートの腕の中にいた。


(こ、これでいいの……?殿下は、疲れないの……?)


 自身の足で歩くことなくずっと抱かれている状態で、果たして成立しているのかも不安だった。

 だが、それ以上にずっとセラフィーナを抱いたままパーティーに参加しているアルバートが、セラフィーナはとても心配だった。


「少し、ここで待っていてくれる?」


 必要だと思われる挨拶は一通り終わらせて、アルバートはようやくセラフィーナを会場の隅に置かれている椅子へと降ろした。

 アルバートは疲れた様子などみせなかったが、それでもアルバートが心配だったセラフィーナはすぐに頷く。


「すぐに戻るからね」


 そう言い残すと、アルバートはその場を離れた。

 1人残ったセラフィーナは、ただぼーっとパーティー会場の様子を眺めていた。

 しかしながら、予想もしなかった人物の登場に、驚愕する。


「やっとアルバート様から、離れたんですね」


 そう言って現れたのは、ものすごく見覚えのある少女だった。


(ミラベル・バレットがなぜここに!?)


 彼女はどこか既視感を覚える笑みを浮かべて、セラフィーナを見下ろしていた。


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