「ここが、セフィのお部屋だよ」
そうして、案内された場所は何から何まで見覚えがあった。
セラフィーナがいつでも滞在できるよう、かつても王宮に用意してもらった一室と全く同じであった。
「気に入らない?」
無言でどこか懐かしく思いながら部屋を見渡すセラフィーナに、アルバートが心配そうに声をかける。
セラフィーナは慌てて首を左右に振った。
「そう、ならよかった」
むしろよく見知ったその場所は、セラフィーナに安心を与えてくれるような気がした。
翌日から、パーティーに向けて準備が行われた。
最初に行ったのは、ドレスを作るための採寸だった。
何度も経験したそれは、セラフィーナにはなんてことなく、特に問題なく終えられた。
次に行ったのは、パーティーで必要となるマナーとダンスの練習である。
かつて嫌というほど練習を重ね身につけていたセラフィーナは、これも特に問題ないだろうと思っていた。
しかし、現実はそう甘くはなかった。
それでも、マナーについては、まだましだった。
小さくなった身体は思うように動いてくれず、上手くいかないこともあったけれど、これまで学んできた豊富な知識のおかげで、まだなんとかカバーすることができた。
しかし、ダンスはそう上手くはいかなかった。
小さくなったこの身体にはダンスの経験がないからなのか、久々に小さな身体で踊るからなのか、セラフィーナの知識をもってしても、上手く踊ることができない。
その上、セラフィーナは今まで、同じ年齢だったアルバートとしか踊った経験がない。
だが、今回踊る相手は、10歳年上で身長差もかなりあるアルバートである。
今までとはまるで勝手が違い、何度やっても上手くいかなかった。
(どうしよう、間に合う気がしないわ……)
とてもではないが、パーティーまでにきちんと踊れるようになっている気がしなかった。
しかし、そうなれば王族であるアルバートにまで恥をかかせることになってしまう。
それは再び王家に尽くすと誓ったセラフィーナにとっては、あってはならないことだった。
その日から、セラフィーナは毎日夜遅くまで、寝る間を惜しんで必死にダンスの練習していた。
そうした日を3日ほど過ごした、夜のことだった。
朝から練習を続け、足は疲れて震えている。
それでも休む暇などない、と必死に両足に力を入れてなんとか立っていた。
そうしてステップを踏もうと一歩踏み出した時、足首がぐにゃりとあらぬ方向に曲がり、セラフィーナはそのまま転んでしまった。
(しまった、これはまずいわ……)
慌てて左足の足首を見ると、腫れあがっているのは一目瞭然だった。
しかしながら、ここで練習を止めると、絶対にパーティーに間に合わないだろう。
(大丈夫、このくらいなら、大丈夫。まだ、踊れるわ)
セラフィーナは自分自身にそう言い聞かせ、なんとか足に力をいれて立ち上がった。
「う……っ」
床に足がつくだけで、激痛が走るようだった。
(このくらい、我慢しなきゃ)
かつての自分なら、我慢できたはずだ、とセラフィーナは思う。
だが、幼い身体は痛みにも弱いのか、目尻には涙が溜まり、泣き出したい気持ちに襲われる。
それでも必死に我慢して、練習を再開しようとした時だった。
「何をしてるの?」
なぜか、アルバートがその場に現れたのだ。
「でぇん、か……」
「だからアルだって……って、今そんな場合じゃないか」
アルバートは真っ直ぐとセラフィーナの元へ来ると、その場にしゃがみ込んだ。
そして、腫れあがったセラフィーナの左足首に触れる。
「い……っ」
セラフィーナはあまりの痛みに、思わず声をあげる。
同時に足から力が抜け、その場にどすんと尻もちをついてしまった。
我慢していたはずの涙も、気が抜けてしまったのか、セラフィーナの瞳から溢れ出してしまう。
「泣くほど痛いんでしょう?無理しちゃダメだよ」
アルバートは流れるセラフィーナの涙を指で拭うと、セラフィーナをまたしても抱っこした。
そして、近くのソファへと座らせると、今度はハンカチで涙に濡れた顔を拭いてやる。
「医者を呼んでくるから、おとなしく待っていてね」
そう言って部屋から出ようとするアルバートの服を、セラフィーナは慌てて掴んだ。
医者など不要なのだと、首をふるふると振って訴える。
「ダメだよ、ちゃんと診てもらわないと。悪化して、歩けなくなったりしたら、困るでしょう?」
アルバートはやんわりとセラフィーナの手を自身の服から放させる。
それから、あやすように、セラフィーナの頭を撫でた。
「すぐ戻るから。絶対に動いたりしちゃだめだからね?」
小さな子に言い聞かせるように、といってもセラフィーナは中身はともかく外見はしっかり小さな子であるのだが、とにかくアルバートはそう言うと、急いで駆け出してしまった。
「どうだ?」
アルバートは、セラフィーナの足を手当てしている医師に問いかける。
「骨に異常はないようです。1週間ほど安静にお過ごしになれば、腫れも痛みも引くかと」
大怪我ではないらしいことに、アルバートはほっと胸を撫でおろす。
しかし、セラフィーナは顔面蒼白になった。
「だめっ、しょれじゃあ、ぱーちーが……っ」
1週間も安静に過ごしてしまえば、ダンスの練習はできないどころか、出席するはずのパーティーまで終わってしまっている。
セラフィーナには、当然許容できる話ではなかった。
すぐにでも練習を再開しなければ、セラフィーナの頭の中にはそれしかない。
「パーティーの件は、僕がなんとかするから。セフィは、心配しなくて大丈夫だよ」
「でも、みゃにあわにゃい……」
「間に合わなくてもいいから。今日はもう休もうね。お部屋まで、送ってあげるから」
セラフィーナには不安しかなかった。
それでも、アルバートに強く反論することもできず、頷くしかできなかった。
翌日から、セラフィーナは部屋でおとなしく過ごすこととなった。
マナーの勉強も、ダンスの練習も一切なくなった。
食事だけは、アルバートや国王夫妻ととるため、その際はアルバートが迎えに来て、当然のように抱っこされて移動する。
そうした日を数日過ごし、遂にパーティーの日を迎えてしまった。
(どうするんだろう……)
今日のパーティーでアルバートとダンスを踊れと言われても、セラフィーナは圧倒的に練習不足だ。
オーダーメイドで作られたドレスを身にまとってはいるものの、左足はまだ腫れあがった状態で包帯も巻かれている。
セラフィーナは不安なまま、迎えに来ると言ったアルバートの来訪を待っていた。
「わぁ、セフィ、すごくかわいいね」
にこやかに現れたアルバートは、やはりそうすることが当然だというように、セラフィーナを抱っこする。
「じゃ、行こっか」
そう言って会場へ向かうアルバートを見ながら、セラフィーナは思っていた。
これはきっと、パーティーの会場へ向かうまでのことなのだと。
会場の中へ入る時には、セラフィーナは自分の足で歩くことになるのだと。
ところが、アルバートはパーティー会場の中にも、セラフィーナを抱っこしたまま入ってしまった。
国王がアルバートに向けて成人の祝いの言葉を述べる時も、アルバートとセラフィーナの婚約が発表された時も、その後2人でパーティーの出席者たちに挨拶してまわる時も、セラフィーナはずっとアルバートの腕の中にいた。
(こ、これでいいの……?殿下は、疲れないの……?)
自身の足で歩くことなくずっと抱かれている状態で、果たして成立しているのかも不安だった。
だが、それ以上にずっとセラフィーナを抱いたままパーティーに参加しているアルバートが、セラフィーナはとても心配だった。
「少し、ここで待っていてくれる?」
必要だと思われる挨拶は一通り終わらせて、アルバートはようやくセラフィーナを会場の隅に置かれている椅子へと降ろした。
アルバートは疲れた様子などみせなかったが、それでもアルバートが心配だったセラフィーナはすぐに頷く。
「すぐに戻るからね」
そう言い残すと、アルバートはその場を離れた。
1人残ったセラフィーナは、ただぼーっとパーティー会場の様子を眺めていた。
しかしながら、予想もしなかった人物の登場に、驚愕する。
「やっとアルバート様から、離れたんですね」
そう言って現れたのは、ものすごく見覚えのある少女だった。
(ミラベル・バレットがなぜここに!?)
彼女はどこか既視感を覚える笑みを浮かべて、セラフィーナを見下ろしていた。