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ベーグル

「ごめんよぅ千梅ちゃん……! 目覚ましセットするの忘れてたんだよぉ」


 翌日、千梅ちゃんとご飯に行くと約束した日、私は寝坊した。


「久しぶりにやらかしたね。でもまあ、ただ寝てただけで良かった」


 布団に額を擦り付ける私を、千梅ちゃんが呆れたように見下ろす。


 十時に集合のはずが今現在十三時。お昼ご飯の時間はすぎている。


 そしてこんな申し訳ない状況でも、私のお腹は空腹だと主張する。


「身体は正直だよね」

「滅相もございません」


 ベッドの上で空腹。寝たいし食べたい、本当に正直だ。


「ごめんねぇ千梅ちゃん」

「まあいいよ、まだお昼だし」

「うぅ……」

「とりあえずご飯食べよ。それで、着替えて出発」


 そう言って、千梅ちゃんは小さいトートバッグをテーブルの上に置く。


 あれ? 行くの?


「でも、ご飯食べたら――」

「元々用事があってね、だから食べてからでも問題無し」

「おおう、そうなんだ!」


 それなら良かった。それで、千梅ちゃんはなにを買って来てくれたのかな?


 立ち上がった私は、トートバッグから見えた物に歓喜の声を上げてしまった。


「ベーグルだ!」


 ベーグルはいいよぉ、お菓子にもなったりご飯にもなったり! サンドイッチよりも食べ応えがあって、ハンバーガーよりも食べやすい! だから私はベーグルが好きなんだ。


「そっ、最寄り駅近くのベーグル屋さんで買ったの」

「ううう……羨ましい‼ 羨ましすぎるよ千梅ちゃん! 私なんてコンビニしかないんだよ⁉」

「知らないよ。早く食べようよ、飲み物勝手に出すね」


 私の嘆きを受け流した千梅ちゃんは冷蔵庫へと向かう。うぅ……なんにも入っていない冷蔵庫が開けられちゃう……。


「ねえ紗依花、あんた自炊してる?」

「うっ……」


 なにも入っていない冷蔵庫。私の場合それは、自炊で食材を使い切っているからなにも入っていないんじゃなくて、元々なにも入れていなかったということ。


 一人暮らし始めた直後はちゃんと自炊もしていたよ。ちゃんと料理もできるし。でも、一度サボっちゃうとやらなくなるんだよね。


 そして千梅ちゃんは言葉に詰まった私をひと睨みして、辛うじて生きていた牛乳を取り出して、マグカップに入れて持ってきてくれた。


「はい、買うものがいっぱいだね」

「滅相もございません……」

「それはベーグル見ながら言う言葉じゃないと思うんだけど……どれ食べる? おかず系か甘い系」


 そんなことを言いつつ私を甘やかしてくれる千梅ちゃん。さすが親友、大好き、本当にありがとう。


 お腹がぐうぐう空いて、今すぐお腹を満たしたい私が選ぶのは当然おかず系だ。


「おかず系!」

「じゃあどれいく? 豚肉の生姜焼きを挟んだベーグルかキーマカレーを中に入れたベーグル」

「生姜焼き‼」

「はい」


 そうしてベーグルを渡してくれ千梅ちゃんはトートバッグからチョコかな? 黒いずんぐりとしたベーグルを取り出した。美味しそう……。


「いや、そんな顔で見ないでよ……」


 苦笑いしながら言われ、ハッとした私は貰ったベーグルを見る。


 プレーンのベーグルがバンズみたいに上下に分かれていて、その間にレタスと豚肉の生姜焼きが挟まっている。豚肉の生姜焼きは一枚の大きなお肉じゃなくて、こま切れのお肉を使っているみたいで、玉ねぎと一緒に味付けしている。ちなみに私も豚肉の生姜焼きはこま切れのお肉で作る。


「いただきます」


 透明のフィルムをめくって、早速ベーグルのにかぶりつく。


 もちっとしたベーグルに、豚の生姜焼きが合う! ベーグルは分厚いからかな? お肉も柔らかくて味付けもしっかりしていて美味しい!


「美味し~い」

「それは良かった。うん、やっぱ紗依花と食べると美味しい」

「えへへー、千梅ちゃんはなんのベーグル食べてるの? チョコ?」

「え、うん。中にブラウニー入ってるやつ」

「ブラウニー⁉」


 今、ブラウニーって聞こえた気がするんだけど千梅ちゃん‼


「甘いもの食べてたらしょっぱいものが食べたくならない?」

「ならないかなー」

「私は甘いものが食べたい!」

「他にもあるから、まずそれ食べなよ」


 どうしてそんなことを言うの千梅ちゃんの意地悪! でも、今日この流れを作ったのは私だからそれは言わないでおこう。


 千梅ちゃんの言う通り、まずは生姜焼きベーグルを食べてからだ。更に食べ進めるとなんと、中からマヨネーズが出てきた!


 豚肉の生姜焼きにマヨネーズ。私は知らない組み合わせ、だけどそれがすっごく合っていて、また今度豚肉の生姜焼きを作って、マヨネーズをかけて食べてみようかなって気持ちになる。


「マヨネーズ入ってて美味しい……!」

「だよね。あたしも初めて食べた時びっくりしたよ」


 やっぱり千梅ちゃんもそう思っていたんだ。それを聞いて、私の淡い気持ちが決意に変わる。


「千梅ちゃん」

「ん?」

「私、豚の生姜焼き作るよ。それで、マヨネーズかけて食べてみるよ」


 決意に満ちた私を見る千梅ちゃんの感情は……どういう感情なんだろう……?


 えぇ……なんだろう、餌を食べるワンちゃんを見るような? 穏やかな笑みというか、優しい笑顔?


「次、なに食べる?」

「スルーしないでよ‼ 甘いの!」


 まあいいや。今はベーグルを味わうことを考えよう。

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