電車に乗って乗り換えて、そうやって千梅ちゃんと私は街に出てきた。
どこへ行くのかと、電車に乗りながら千梅ちゃんに聞いてみたら、家電量販店へ行くらしい。なにを買うんだろう?
「そろそろ教えてよぅ」
「んー、まだ秘密ー」
さっきからこの調子で、千梅ちゃんは教えてくれない。別に秘密にしておかなきゃダメな物じゃないらしいんだけど、なんかなんとなく秘密にしているらしい。
人混みの中をはぐれないように歩きながら、やって来たはいいものの、人が多すぎてゆっくり見て回れないんじゃないかと思う。
「何階?」
「二階だね」
「へぇ……」
二階には……カメラ、理美容、時計・ブランド、お酒。この中で千梅ちゃんが選びそうなのは……美容系かな?
答え合わせを楽しみに、私と千梅ちゃんは店内にもぞもぞ入っていく。
千梅ちゃ~ん、と助けを求めて手を伸ばすと、千梅ちゃんは私の手を引いてくれる。
「人が多い……‼」
「ほんとそれ。売ってるといいんだけど」
千梅ちゃんは迷うことなく進んでくれる。私なら、どこがどこだか分からずにグルグル同じ場所を回ってしまう気がする。変わらない景色の中を永遠に……。
そうやって千梅ちゃんに連れられて、やってきたのはカメラが売ってある場所だ。
黒くて輝いている。ちなみにお値段も見えない……見たくないから。
「カメラ……?」
「そっ、カメラ」
千梅ちゃんはそんなカメラゾーンをスっスっと歩く。カメラを買うと言っているのに、吟味する気配は無い。
「無いなあ……」
「カメラでしょ?」
「うん――」
そう言いながらも、千梅ちゃんは並ぶ一眼レフとか、デジカメは見ていない。あっちへ行ったりこっちへ行ったり。
「あー! あった!」
そう言って止まった千梅ちゃんの背中に顔をぶつけそうになった。
なにを見つけたのか、気になった私は千梅ちゃんの視線の先を追った。
「これって――」
「インスタントカメラ」
「おおー、有名なやつだ」
千梅ちゃんの言っているインスタントカメラは、お店に持って行って現像が必要なやつじゃなくて、その場で写真が出てくる物だった。
おしゃれだ……!
でもそんなカメラが二種類ある。一つは今人気の物で私もよく見るやつ、そしてもう一つは今日始めて見た、昔の洋画で出てきそうなカメラだ。
「街の方に来ないと売ってないんだよね」
「うん。いつも売り切れてたような気がする」
「あー、こっちはそうだね。フィルムも売り切れていたりする。でもあたしが欲しいのはこっち」
千梅ちゃんの目当ては洋画で出てきそうな方だ。確かに、これは普段売っているの見ないなぁ。
種類は全部で二種類……? いや、三種類かな。
小さいのが一つ、大きいのが二つある。大きいのは一見同じに見えるけど、説明を見てみると性能というか、できることに違いがあるみたい。
後は……へえー、スマホの写真を印刷できたりするのもあるんだ。
「どれ買うの?」
「うーん……実際触ると悩むね。まあ小さいの買うんだけどね」
「悩んでないじゃん」
そう言って千梅ちゃんは一番小さいカメラのご注文カードを取った。でもまだレジには向かわずその場にいる。なにをしているのかなって千梅ちゃんの視線を追うと……フィルム?
「なにしてるの?」
「フィルム見てる。別売りなの」
「うん……」
そっか……すっごく高いんだね。
その場で写真が出るからフィルムが必要だっていうのは知ってたけど……高いよ! 千梅ちゃん!
千梅ちゃんの買うサイズだと、十六枚入って四千円弱‼ 高い! 人気のやつの方がフィルムは安いよ‼
「千梅ちゃん、高いよぅ……」
「うん……うん……そうだね、解ってる」
「ほら、こっちのにしようよ!」
「いや、写り具合がこっちの方が味があって好きなんだよね。うん、でも――」
「「高いなぁ」」
それから五分、十分と時間が過ぎて、ようやく千梅ちゃんの覚悟が決まったみたいでレジへと向かう。かなり悩んでいたけど、レジに向かう千梅ちゃんの表情はワクワクしたような、楽しそうな表情だった。
そして無事に購入して、私達は逃げるように外に出るのだった。
〇
「うぅ……お腹空いてきた……」
「えー、あたしは逆ー」
買ったカメラを守るように抱える千梅ちゃん。
私達は今、どこに行くでもなく、ただぶらぶらと歩いている。相変わらずの人の多さで、歩くのに苦労はするけど慣れてしまえば大丈夫。現在地とこのまま歩けばどこへ辿り着くのか分からないことを除けば。
「とりあえず、どこかのカフェで休憩しよっか? 紗衣花のおやつと、カメラちょっと触ってみたいし」
「賛成‼」
「うわ凄い食いつきよう」
さすが千梅ちゃん! そうだよ私はお腹が空いているの! だから千梅ちゃん! 私をいい感じのカフェに連れてって!
「とりあえず……行こっか……」
私の気持ちが伝わった! もちろん頷くことしかできないし、したくない。
「うん!」
千梅ちゃんは困った風に笑って歩き始める。
さすが千梅ちゃん、スマートだ。迷うことなくどんどん進んでいく。目的地は決まっているみたいで、そこまでの道筋を把握している!
早く私を連れていって‼
「ここ」
「わあ! オシャレ!」
そうして連れて来てくれたのはレトロな雰囲気のあるカフェだ。
入口の隣ではクレープも販売しているみたいで甘い香りが漂ってくる。
千梅ちゃんに続いて中に入ると、まずはショーケースに入ったケーキが迎えてくれた。そしてお店の中は暖色の照明が照らしていて、木でできた椅子とテーブルが落ち着く。
幸いにも、席が空いていて私と千梅ちゃんは待つことなく席に着くことができた。
「紗衣花から選んでいいよ」
そして千梅ちゃんが渡してくれたメニュー表に目を通す。
メニューはカフェらしくケーキとドリンク。そして喫茶店みたいにパスタとあと……アルコールとおつまみもある⁉
「凄いよ千梅ちゃん。ソーセージだって」
「うん、知ってる。あたしここ来るの初めてじゃないし」
「なんで誘ってくれなかったの⁉」
こんな良さそうなカフェ、私を誘わず一人で行くなんて‼
「いや、なんとなくで入ったから」
千梅ちゃんは買ったカメラを慎重に開けながら言う。
「そこで良かったから紗衣花を連れて来たんだよ」
「むぅ……それなら」
それなら……しょうがないか。うん、気を取り直してなにを食べるか決めよう。
今のお腹の空き具合だと食べられるのはケーキ。そのケーキをなににしよう……。
ショートケーキはもちろん、フルーツタルトやチーズケーキ、あとブリュレケーキなるものが!
「千梅ちゃん。私決めたよ!」
「おっ、もう決めたの?」
「うん! ブリュレケーキにする!」
そう言って私がメニュー表を渡すと、千梅ちゃんはカメラをテーブルに置いて、メニュー表を受け取ってくれた。
「あたしはメロンソーダで」
「早い!」
「うん、あたしお腹空いてないし、なんか雰囲気的にメロンソーダじゃない?」
得意げに笑う千梅ちゃんはカメラを持つ。
確かに、なんかこういうレトロなカフェにはナポリタンとかメロンソーダとかのイメージがある。メニュー表を確認してみるとちゃんとナポリタンもあった。
うわあ美味しそう……。ってダメダメ、私はもう決めたんだ。
気持ちが変らないうちに早く注文しないと。
「すみませーん」
だから私は勢い良く手を挙げて店員さんを呼ぶのだった。
〇
少し待つと、私の注文したケーキと千梅ちゃんの注文したメロンソーダが運ばれてきた。
テーブルに並ぶカラメルソースのかかったケーキと、バニラアイスとさくらんぼの入ったメロンソーダを私はスマホのカメラに収めた。
千梅ちゃんはというと、カメラを持って撮ろうかどうかと悩んでいるみたい。
「……どうする?」
「……撮ってみたい。けど無駄にできない」
「解るよ、その気持ち……‼」
なんせフィルムが高いもん。
「うまく撮れるかな?」
「ごめんね、分かんない。もし下手なことを言って、失敗しちゃうと責任が取れないから」
「うぅ……」
千梅ちゃんはまた悩んで、ようやくカメラをケーキとメロンソーダに向ける。
そして息を止めてシャッターを切った。
ぴかっとフラッシュが焚かれて、すぐにぐぅいーんって音と同時に写真が出てきた。
千梅ちゃんは少し待って、その写真を取って、テーブルに伏せた。
「あれ、なんで?」
「えっと、現像されるのに時間がかかるらしくてね、まだなにも写っていないみたい」
「えー、てっきりすぐに撮った写真が見られるものだと思ってた」
伏せられた写真を一瞬だけ見せてもらうと、なにも映っていなくて灰色だった。
「十分、十五分はかかるんだって」
「ドキドキだね」
「うん……じゃあ待つ間に食べよっか?」
「うん‼」
千梅ちゃんはストロー咥えてメロンソーダを飲む。そしてため息のような息を吐く。うまく撮れているか緊張しているのかな。
「紗衣花も食べなよ」
そうだ。千梅ちゃんの観察もいいけど、私もケーキを食べたいんだ。
早速、フォークをケーキに刺してみる。ブリュレケーキだけど、上のカラメルはカリッとしたものじゃなくて柔らかい物。スッとフォークが沈んで切ることができる。
持ち上げたケーキを見てみると、ぷるぷるしていてプリンみたいだ。
それはもう、美味しいに決まっている‼
ケーキを一口。
口の中で滑らかなブリュレケーキがとろける! スポンジケーキじゃなくて、とろけるクリームタイプのケーキ! 私これ好き!
クリームの甘さと同時に、カラメルの香りがふわっと広がってしつこく甘みが広がる前に塞き止めてくれる!
「千梅ちゃん。これ美味しいよ」
「紗衣花の表情を見れば分かるよ」
「食べてみる?」
「じゃあ一口だけ」
ということで千梅ちゃんにもブリュレケーキを味わってもらいます。
「んん、美味しいね! あ、ほら、あたしのメロンソーダもあげる」
「ありがとう~」
ん~、炭酸が喉を刺激してメロンが広がる~。
「美味しいねえ……」
そうやって私が美味しさに浸っていると、またぐぅいーんって音が聞こえた。
まさか……撮ったの?
「え?」
「へへっ、撮っちゃった」
「ええー⁉ もったいないよ! それに気づかなかった‼」
「美味しそうに食べる紗衣花を見てたら……ついね。あと、フラッシュは切れるみたい。うまく撮れてるといいけど」
千梅ちゃんは本日二枚目の写真をテーブルに伏せる。
そしておしゃべりをしながらケーキを食べ、メロンソーダを飲んで、私がケーキを食べ終え、千梅ちゃんもグラスに残った氷で遊び始めた頃――。
「そろそろ十分ぐらいは経ったよね?」
「うん。待って、私まで緊張してきちゃった」
最初に撮った写真をテーブルの真ん中に置いて、私と千梅ちゃんは顔を見合わせる。多分考えていることは同じで、緊張の瞬間だ。
「いい?」
「うん」
そんな短いやり取りで、千梅ちゃんが写真に手を伸ばす。
「もしダメだったとしても、まだもう一枚あるし……!」
「それは慰めになってないよ」
引きつった笑みを浮かべる千梅ちゃんに私も引きつった笑みを浮かべてしまう。
そうだ、最初は一枚撮ってみて上手くいけばいいけど、失敗すれば次に同じ失敗をしないように学ばないとダメなんだ。
それも無しに二枚撮っちゃった……。
「いくよ?」
「うん……‼」
そして千梅ちゃんは、勢い良く写真をひっくり返す。現像された写真を見て、私達は同時に声を上げてしまった。
「「あっ……」」
昔の写真を見ているような、懐かしさを感じる写真の色。でも、被写体のケーキとメロンソーダはピントが合っていなくてもやもやだった。
「あぁ……なんで……⁉」
絶望の声を上げた千梅ちゃんは急いでスマホを触り出す。私は千梅ちゃんが調べ終わるまで写真を観察する。
形と色で多分なにを撮ったのか分かるけど、見事にボケている。これは……ショックだ。私でもこんなにショックなんだから、千梅ちゃんはもっとショックだと思う。
「近すぎた……」
「え?」
「近すぎた……被写体から腕の長さ分離れないと駄目だってさ……」
「えぇ……」
なるほど、確かに千梅ちゃんは至近距離で撮っていたね。
「なんでこんな基本を見逃してたんだろ……」
ショックを隠せない千梅ちゃんは顔を覆ってうなだれる。フィルムの値段が値段のせいで、これも練習だよ! って軽々しく言えない。こうやって失敗を重ねないと上達しないのは解っているんだけどね。
「千梅ちゃん、もう一枚、確認してみる……?」
私を撮ったやつは、距離もいい感じに離れていると思うし。
「うん、こっちはちゃんと離れているもんね」
今度は写真を少しだけめくって確認する千梅ちゃん。
「どうだった?」
「……大丈夫そう!」
千梅ちゃんの目に光が宿った気がして、私の心が熱くなった気がする。
でもちゃんと確認してみるまで分からない。どうか上手く撮れていますように!
「いくよ?」
「うん」
緊張の瞬間、千梅ちゃんが写真を一気にひっくり返す。
「「おお……!」」
懐かしい記憶を写真にしたような、心が温まる写真。でも――。
「恥ずかしいね」
写っているのは私なのだ。うん、恥ずかしい。
「でも綺麗に写ってるじゃん」
「うーん」
まあ、千梅ちゃんが嬉しそうだからいいけど……。
「大切にしてね?」
「もちろんだよ」
じゃあ、いっか。
そして安心した私は、なんかお腹が空いてきた気がして再びメニュー表を開く。
「あっ、あたしもケーキ食べたい。安心したらお腹空いちゃって」
「うん、私も。追加で頼もっか」
二人で追加のケーキを選ぶ。失敗しちゃったのは残念だったけど、成功した写真もあったし、美味しいケーキを千梅ちゃんと一緒に食べることができる。
「今日は良い一日だね」
「まあね。寝坊されたけど」
それを言われると、本当に申し訳のない気持ちが……。
「……でも寝坊したおかげで、千梅ちゃんとこうしてケーキを食べられたんだよ」
「良い写真も撮れたしね」
「うーん……今日一日、トータルだとプラスかな?」
「紗衣花がいる時はいっつもプラスだよ」
なんて嬉しい言葉……‼ 千梅ちゃんは最高の親友だよ!
「えへへ、私もー」
私達は顔を見合わせて笑い合う。
こうして親友と過ごすだけで良い一日になる。それって凄く贅沢で、幸運なことだと私は思う。
学生の頃とは取り巻く環境は違うけど、私と千梅ちゃんの関係はなにも変わらない。
そんな変わらないものを大切にしていこうと、私は笑顔の千梅ちゃんを写真に収めるのだった。