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第62話 俺の女神③

「────だから幼馴染みの、グラヴィス・シュヴァリエにこれまでの経緯をすべて説明して相談したんだ。あいつはいつも冷静で頭がいいから、なんとかしてくれるかもって……そしたらなぜかボッコボコにされてしまった……。どんな理由であれ女生徒に暴力を振るうなど言語道断だと、そんな男が騎士団になど入れるはずがないだろう。と言われてしまって……。しかも騎士団へ入団するには必ず試験を受けなくてはいけなくて、推薦だと受け付けないんだそうだ。昔、それで不正があったからと……実力や考え方、それに人格など様々な面で試されて決まるんだと……。調べたらすぐにわかることだった。俺はあんなに騎士になりたかったのに、調べることすらしなかったと初めて気付いたんだ……。だから、俺には騎士になる資格はない。それが、わかった……。こんなに情けなかったら、ルルも守護精霊も離れて当然だろうなと、わかったんだ……」


「────そうですか」


 ルルに嫌がられ、王子に罵倒され、学園長には呆れられ、守護精霊には見捨てられ、幼馴染みにも殴られた。そんな俺の話を唯一黙って聞いてくれているの優しさが身に染みて、止まりかけていた涙が再び地面を濡らし始める。自分の馬鹿さ加減と情けなさに余計悲しくなった。


「な、なんで……こんな話を聞いてくれるんだ……。お前こそ、こんな情けない俺を嘲笑うなり罵倒でもすればいいものを……それとも、同情でもしているつもりなのか……。お前は悪役令嬢のはずだろう、フィレンツェア・ブリュード!」



 俺がそれまで地面と向き合っていた顔を上に上げると、がため息混じりに肩を竦めていた。その反応にまたもや驚いてしまう。



「いえ、同情なんてしませんけど。まぁ、不可抗力とは言え踏んづけてしまったのは私が悪かったですし……それに急にブツブツ語り出すんですもの。立ち去るタイミングもわからなかったですし、下手に遮るのも悪いかなって思ってしまって。ついでに人の不幸を笑うつもりもありません(私に関わらないでいてくれるならなんでもいいし)」



「そうか……。と、ところで……」



 それから俺は首を後ろに向けて、とある痛みの箇所を確認した。実はさっきからかなり痛かったのだが……、そのとある箇所にはフィレンツェア・ブリュードが連れ歩いていたペットが飼い主とは真逆の表情で牙を剥いていたのだ。『ぎゃうぎゃう!』と何か言っているようで言葉はわからないがこちらには罵倒されている気がする。それに、なぜかこのトカゲを見ると寒気がしてくるのだ。目を合わすのが怖くて視線を戻すと、フィレンツェア・ブリュードと目が合ってしまった。



 俺をずっと見ていたのか……。そう思ったら妙に胸が高鳴った。




「……あの、さっきからそこのトカゲがジャンニーニに噛み付いているんだが……」



「ジャンニーニって誰ですか?「大臀筋の名前だ」えっ、あぁ、筋肉の名前……そういえばそう言う設定だったっけ……。いえ、えーと、その子は最近噛みつき癖が発覚してしまっていて。でも賢い子なのでさすがに噛み千切ったりはしないと思うので安心してください」



 素っ気なくそう言われたが、興味無さげにしながらもトカゲに「本気で噛んじゃダメよ」と注意をしてくれたのだ。



 あの悪役令嬢が、俺に優しい……?噂とはまったく違うその姿に不思議な気持ちになった。(でも尻の痛みは増した)


 しかも俺が筋肉に名前をつけている事を知っても反応が薄い。マイケル達の事を聞いて戸惑わなかったのはルル以来だ。いや、ルルは過剰なくらい筋肉を褒めてくれたが。



 しかしそれでも、こんな反応をする女性がいたなんて……。



 その姿を見て、俺は本当に人を見る目がないと思い知ったのだ。こんな状況になってやっと彼女の本心に気付けるだなんて、今までの俺はなんと愚かだったのか。




「……ありがとう、フィレンツェア・ブリュード嬢。俺はあなたを誤解していたようだ。────君は本当は俺に惚れていたんだな!!」



「はぁ?!」



「大丈夫だ、もうわかっている!君がルルをイジメていたのはルルが第二王子の女友達だったからではなく、ルルと俺が特別な関係だと思って嫉妬していたからだったんだな!」



 真実がわかればこれまでの憂いが一気に晴れた気がした。つまり、婚約者がいながら俺を愛してしまったが故の暴走……それが悪役令嬢の正体だったんだ。



「俺は心が広いから、“加護無し”でも受け入れてみせよう!それにもう侯爵家は捨てた身だ、なんならブリュード公爵家に婿入りして爵位を継いでやることもでき────────」




 俺はジャンニーニの痛みも忘れて立ち上がると、フィレンツェアに向かって腕を伸ばした。


 侯爵家からは除籍されてしまったし、このまま平民になるしかないと思っていたが神は俺を見捨てなかったのだ。フィレンツェア・ブリュードは俺にとってまさに幸運の女神なのだと、アドレナリンが溢れ出た気がした。そして────。


 ブツン。と、どこかで何かが切れる音がしたと思った瞬間。


 俺の視界は真っ暗になった。意識はあるのに、呼吸をする事も体を動かす事も出来ない。だんだんと感覚を奪われていく事だけがわかっていて……身も凍るような冷たい闇の世界に囚われたのだった。







***







「……沈んじゃったわ。これもアオの精霊魔法なの?」



 頬を紅潮させ鼻息を荒くしたノーランドがフィレンツェアに襲いかかろうとしたその時、アオの怒りが限界を超えた。一瞬にして氷漬けにされたノーランドはそのまま地面へと飲み込まれるように沈んでしまったのである。完全にその姿が沈み切ると、ノーランドの消えてしまった地面には何事も無かったように青々とした芝生が生えていた。




 その時、ドラゴンの姿となったアオの瞳がと同じ瞳をしていた事に…フィレンツェアは気付いていなかったのだった。





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