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第63話 クロイキモチ①


※アオ視点






 その時の僕は機嫌が悪かった。


 なぜかと言うと、せっかくフィレンツェアと楽しくお昼ご飯を食べていたのにあの白い髪をした嫌な奴のせいで台無しになってしまったからだ。


 しかもあいつ、フィレンツェアに勝手に触って涙を舐めたんだ!それにフィレンツェアの匂いまで嗅いでた!ドラゴンだって番じゃない相手の匂いを勝手に嗅いだら怒られるのにと思ったら、あの白い髪の嫌な奴は僕の中でフィレンツェアの匂いを勝手に嗅いだとっても嫌な奴になった。


 それから酷いこともたくさん言っていた。最初はフィレンツェアをこの世界の聖女と間違えていたみたいだったけど、それが違う人間だってわかった途端にフィレンツェアの事を「嫌われてる」とか「悪役令嬢」とか……それに、僕の事もかっこ悪いって言ってた。


 でも僕の事は何を言われても平気なんだ。このトカゲの姿はフィレンツェアが褒めてくれたんだから僕はこのままでいい。でも、それでフィレンツェアが嫌な気持ちになるんだったらやっぱり許せなかった。



 フィレンツェアを嫌な気持ちにさせる人間なんて今すぐ噛み殺してやりたい気分だった。


 でも、フィレンツェアにはむやみに人間に噛み付いたらダメだって言われているから今日も我慢したんだ。特に他の人間が見ている時や、相手が“おーぞく”とか言う種類の人間だとフィレンツェアや公爵家がもしかしたら困ることになるかもしれないって言われたから……だって、フィレンツェアが困るのは嫌だから。


 本当は僕がフィレンツェアの守護精霊だってみんなにわかれば、もう“加護無し”だなんて馬鹿にされずに済むんだろうけど……でもそうするとフィレンツェアは王子って奴と結婚させられちゃうんだ。フィレンツェアをイジメるフィレンツェアの婚約者……こいつも“おーぞく”だから結婚したくなくてフィレンツェアはとっても頑張ってるって言ってた。


 フィレンツェアが結婚させられちゃうなんて、それはもっと嫌だった。だから僕がドラゴンで精霊で、フィレンツェアの守護精霊だってバレちゃいけない。威嚇しながら、どんなにムカついても必死に気配を誤魔化して普通のトカゲのフリをしていた。フィレンツェアも頑張ってるんだから僕だって頑張らなくちゃ!


 だから、なんとか白い髪の嫌な奴から離れるまで噛み殺したい衝動を必死に抑えたんだ。やっとフィレンツェアの笑顔が見れて気持ちが落ち着いてきてたのに……また違う嫌な奴が現れてうんざりした。


 そいつは前にムカついて頭から飲み込んだ事がある筋肉の嫌な奴だったんだけど、フィレンツェアが優しい事につけ込んでペラペラとどうでもいいことをずっとしゃべってくるんだ。こんな奴、その辺に捨てとけばいいのに……そう思ったがフィレンツェアが話を聞きながら何か考えているみたいだったから僕はぐっと堪えていた。


 せっかくフィレンツェアが僕にお菓子を食べようねって言ってくれていたのに、それを邪魔するなんてムカついたから思わず噛み付いてやったけど。


 ここには他の人間はいないし、こいつは“おーぞく”じゃないって前に聞いたから噛み付くくらいならきっとフィレンツェアもダメって言わないと思ったんだ。



 まぁ、本気で噛むのはダメみたいだったから……だから手加減してたけど、でもこいつがフィレンツェアと会話する度につい牙に力がこもってしまった。


 それでも、フィレンツェアに酷いことをしないならそれで許してやるはずだったんだ。フィレンツェアも「ごめんなさいとありがとうが大切よ」って言っていた。こいつがちゃんと反省してフィレンツェアに「ごめんなさい」をするなら、もうフィレンツェアに悪い事を何もしないなら……でもこいつは反省なんかしてなかった。こいつはとんでもないことを言い出したんだ、絶対に許せるはずがないことを。





「……ありがとう、フィレンツェア・ブリュード嬢。俺はあなたを誤解していたようだ。────君は本当は俺に惚れていたんだな!!」



 フィレンツェアがびっくりした顔で「はぁ?!」と叫んでいたが、僕だってびっくりした。何をどうしたらそんな話になったのか意味不明だ。きっとフィレンツェアも僕と同じ事を考えていたようで困った顔をしている。


 それなのに、筋肉の奴は気持ち悪い顔をしてまたもやペラペラとしゃべり出したんだ。



「大丈夫だ、もうわかっている!君がルルをイジメていたのはルルが第二王子の女友達だったからではなく、ルルと俺が特別な関係だと思って嫉妬していたからだったんだな!」


 勘違いもここまでくるとすごいなとは思ったけど、こいつがフィレンツェアを見る目は図書館の時の眼鏡の奴の時よりもさらにムカついて、さらにものすごく気持ち悪い目だったんだ。


 フィレンツェアが、こいつの事を好きになるなんてあり得ないのに。



「俺は心が広いから、“加護無し”でも受け入れてみせよう!それにもう侯爵家は捨てた身だ、なんならブリュード公爵家に婿入りして爵位を継いでやることもでき────────」




 その時、ブツン。と僕の中で我慢していた何かが切れた音が聞こえた気がした。



 それでなくても許せないのに、こいつはフィレンツェアに触れようとしたんだ。しかも、フィレンツェアに好かれてるなんてとんでもない勘違いまでしている。


 フィレンツェアに触れていいのは僕だけだ。本当なら誰にも触れさせたくないし誰にも触れて欲しくないのに。それなのに、どいつもこいつも気軽にフィレンツェアに触れ過ぎなんだよ。



 でもそれが家族で、フィレンツェアが喜んでいるなら僕は我慢する。だってフィレンツェアの笑顔が見れるから。


 それにフィレンツェアが触れることを許しているなら僕は我慢するし、フィレンツェアが噛み付いちゃダメって言うならもちろん噛み付くのも我慢する。その相手がフィレンツェアに好意を持っているかどうかなんて関係ない。フィレンツェアがどれだけ嫌がっているかが肝心なんだ。だってそれがわかれば、ではダメでも、後からどうとでも出来るから。






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