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第64話 クロイキモチ②

 でも……こいつはフィレンツェアの事を自分より下だと思っていて、下衆な感情を含めた目で見ながらフィレンツェアの嫌がることをしようとしている。




 こんな奴を絶対にフィレンツェアには触れさせやしない。この目障りな人間を今すぐフィレンツェアの目の前から消し去ってやる────。




 それからの事は一瞬だったと思う。




 僕はドラゴンの姿になっていた。もちろんトカゲの姿でも精霊魔法は使えるけど、どうしても威力が落ちてしまうんだ。実は、フィレンツェアの部屋であの黒髪の嫌な奴とのいざこざがあった時に一気に魔力が上がっていた。それにコントロールも上手く出来るようになっていたのには自分でも驚いたっけ。


 ものすごくムカつくけど、結果的に黒髪の奴のおかげ……なんて絶対に口が裂けても言わないけど。あいつも大嫌いだし、今はまだあいつの力の方が少しだけ強いから勝てないだけだ。いつか絶対に秘密を暴いてこてんぱんにしてやるって決めているけど。


 だからまずは、こいつからだ。


 本当なら爪と牙でズタズタに切り裂いて原型がわからなくまで肉片にしてやりたい衝動に駆られたけど、フィレンツェアにそんな汚いモノを見せたくない。前世では大変な目に遭っていたフィレンツェアには、今世では綺麗なモノだけを見ていて欲しいんだ。



 だから僕は、こいつを生きたまま氷漬けにした。ピキッと音がすればほんの一瞬で人間の氷像が出来上がる。血管の一本も残らず凍らせてやったから動いたり、ましてや氷から抜け出すなんて絶対に出来ないだろう。今この氷像を砕けば血の一滴も流さずにこいつを殺すことが出来る……でも僕は殺したりしない。


 フィレンツェアが人間を殺しちゃダメって言ってたから、殺さないんだ。僕はちゃんと約束を守るドラゴンなんだから。


 だから、意識もちゃんと残しておいた。ここまで魔力が上がっていなかったら難しかったかもしれないけど。今のこいつは意識はあるのに体は動かず、五感が少しづつ奪われていっているはずだ。その恐怖を感じながら……永遠に闇に沈めばいいと、地面の中に埋めてやったんだ。




 ────あれ?




 そこまでしてから、僕は水の精霊魔法が使える精霊に生まれ変わったはずなのになんで違う精霊魔法が使えるようになっているんだろう?と、その時小さな疑問が生まれた。


 氷は水の温度を変えるだけだったからすぐに使えるようになった。嫌なモノを跳ね返す結界も魔力のシャボン玉を応用して形や大きさを変えて力を込めたらすぐに使えたし、シャボン玉に込める魔力と強度を変えればフィレンツェアを運ぶことだって出来るようになった。


 でも、今この氷像を地面に沈めたのは水でも氷でもない気がしたんだ。



 フィレンツェアを守る為の魔法は全部の力を込めて一生懸命やったら今までも成功していたから、フィレンツェアの為ならなんでも出来るんだって自信にも繋がっていたけれど……。これはどんな精霊魔法なんだろう?土か、重力か……それとも。



 その時。ちょっとだけ、心の中に“黒い気持ち”が渦巻いている気がして心がざわざわとした。その“黒い気持ち”はよく知っているモノだったから。


 でも、それに気付いちゃダメだ。だってきっと、それはフィレンツェアが嫌がることだってわかる。あの時みたいなことになったら、フィレンツェアを犠牲にしたら……。想像しただけで爪がカチカチと音を立てた。



 もし僕が変わってしまったらどうなるんだろう?でも、フィレンツェアを大好きな気持ちだけは絶対に変わらない。フィレンツェアが大切で大好きで、フィレンツェアの為ならなんでもする。


 でも、僕が変わっちゃったせいでフィレンツェアが僕の事を嫌いになっちゃったら?




 そんな想像をしただけで僕の中にある“黒い気持ち”が急激に大きくなった気がした。そしてその“黒い気持ち”が、なぜ使えたのかわからない精霊魔法の源であることにも気付いてしまったんだ。



 本当はわかってるんだ。なんでこんなにいっぱいムカつくのか。フィレンツェアを守りたいのはもちろんだけど、あいつもあいつもあいつも……フィレンツェアに近付くみんなにムカつく。


 僕はフィレンツェアの特別で、フィレンツェアの守護精霊で、前世から知っていて……。誰よりもフィレンツェアに近いのに、誰よりも遠い。




 フィレンツェアは人間で、僕は精霊だから。




 僕がフィレンツェアに触れようとするあいつらに嫉妬しているんだとわかってしまったから、こんなに“黒い気持ち”が大きくなっているんだ。


 そして、この“黒い気持ち”は前世でも感じていた。それどころか、前世の僕が“闇落ち”した原因でもあると思い出してしまった……。






 そんな“黒い気持ち”から生まれただろう新たな精霊魔法を、フィレンツェアは受け入れてくれるのだろうか。もしも、怖がられてしまったら────。



 そんな事を考えている間に、筋肉の氷像は僕とフィレンツェアの目の前で「とぷんっ」と音を立てて完全に消えてしまった。フィレンツェアはその様子を驚きながらも珍しそうに見ていたので、“今の僕”には気付いていないようだった。











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