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第65話 その怒りの先は①


「……沈んじゃったわ。これもアオの精霊魔法なの?」



 まるで地面に飲み込まれるように沈んでしまった氷漬けのノーランドの姿が完全に消えた後、何事もなかったかのように青々とした芝生が生えている地面を思わず指先でつついてしまった。そこにあるのは少し固めの普通の土で、この中に氷漬けのノーランドが埋まっているなんて信じられないくらいだ。でもさすがはアオである。相手を無傷で黙らせることが出来たのだと関心もした。


 でもまさかノーランドがあんな暴走をするとは思わなかったのでさっきは驚いてしまったが、未だになぜああなったのかは謎でしかなかった。







 最初にノーランドを踏みつけてしまった時は私だと気付かれる前にこの場から離れようと思っていた。だか、相手が私だとわかってるのかわかっていないのか……別に聞いてもいないのになぜかノーランドが勝手にこれまでのあらすじ的な事を語り出したのである。


 この場に留まったのは、もしかしたらヒロインが攻略を失敗したのでは……と興味があったからだ。


 しばらく話を聞いていて適当に相づちを打っておく。まさかヒロインとの出会いから聞かされるとは思わなかったが、その内容にやっぱりヒロインは転生者なのだと確信が出来た気がした。たぶんルルは引ったくりが出てくるのを待ち切れなかったのだろう。だからわざと自分から動いて無理矢理イベントを起こしたのだ。図書館でのイベントもそうだが、ヒロインはかなりせっかちなきがした。


 そして、どうやらそんなお粗末なセルフイベントで引っかかるノーランドはジェスティードよりもだいぶチョロかったようだ。


 しかしヒロインはそんな簡単に引っかかったノーランドの攻略を失敗したと判断して諦めたのか、それとも不要になったのか……どのみちノーランドはヒロインに見捨てられてしまったのだ。ヒロインとのハッピーエンドがなければノーランドが騎士になって成功するルートには決して繋がらないのだから。


 長々と時間をかけたが、これであれだけ懸念していた逆ハーレムルートの可能性が消えたとわかったのはかなりの収穫だと思った。


 聞いた限りではもう貴族ではなくなったようだし、さらにこれだけ意気消沈しているようならばもうフィレンツェアに突っかかってくることは無いだろう。なにせノーランドの行動はすべて悪役令嬢からヒロインのルルを守る為のものだったはずだ。ヒロインから見捨てられたて無関係になった今、もうその必要は無いのだから……と、一安心していた時の暴走だった。


 どこをどうしたらフィレンツェアがノーランドに惚れていることになるのだろうか?確かに今までのフィレンツェアはルルに嫉妬はしていたかもしれないが……それはあくまでも婚約者であるジェスティードとルルの関係に対してだけであるし、今となってはそんな想いなど微塵もない。


 いくら思い込みが激しいキャラクターだとは言え、それにしたってどう転んだらそんな思考になるのかがさっぱりわからなかった。


 それに涙を流していたのを見て、もしかしたら前回のショックもあり反省しているのかと思ったのだが……フィレンツェアを見下して利用しようとしてくる発言にやはり同情などしなくてよかったと思った。


 なによりも、興奮しているらしく頬を赤くし鼻息も荒い下心たっぷりなその表情はなんだか気持ち悪い。神様に見せてもらったスチルのかっこよさなどそこには欠片もなかった。


 結局はノーランドは何も変わっていなかった。いや、酷くなったと言うべきか。これではいくらヒロインだって見捨てたくなるのもわかる気がした。ある意味で、ノーランドが気持ち悪かったおかげで逆ハーレムルートを阻止出来たと思うべきなのだろうが……。


 フィレンツェアが“加護無し”だからと見下し、さらにはなぜか上から目線でブリュード公爵家を乗っ取ろうと企んだノーランドに好感度など上がるはずがない。


 そうして、ノーランドの手が私に届く前に彼は生きたまま氷漬けになっていたのである。











「……これって、ノーランドのバッドエンドになるのかしら。ヒロインに見捨てられた攻略対象者には世界のバグも手を出さないのね。……ねぇ、アオ?」


『────っ、な、なぁに、フィレンツェア……』




 ひと通り土をつつき、指先についた土を払ってから振り向くと、ドラゴンの姿のままのアオがビクッと体を震わせた。なんだか顔色が悪い気ががする。



「アオ、大丈夫?もしかして魔力を使い過ぎたんじゃ……私を守る為に無理させちゃったのね。でも、ありがとう」


 そう言ってアオに手を伸ばし、ひんやりした鱗ごとアオを抱き締めた。


「なんだか見たことのない魔法だったけれど、水の精霊魔法ってあんなことも出来るのね。あれってもしかして、地面を大きな水溜りにしちゃったの?そんな魔法があるなんて全然知らなかったわ、私ったらまだまだ勉強不足ね……。あ、でもさすがに土の中に埋めたままってわけにはいかないし、どうしようかしら?」


『そ、それは────』


「……アオ?」


 いつものアオならもっとはしゃいでくると思ったのに、今は妙に元気がない。心なしか鱗の艶も陰っている気がした。


『フィレンツェア……ぼ、僕は……っ』
















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