「それなら、僕がお役に立ちますよ」
アオが思い詰めた顔で何かを言おうとしたその時、まるでわざと遮るように声が聞こえた。近くの木陰からひょっこりとアルバートが顔を出したのだ。
「……アルバート様。なぜここに?」
「いえ、僕の守護精霊が珍しく騒ぐので何かあったのかと思いまして……。いつもなら気にしないのですが、今日に限っては正解だったようですね」
するとアルバートの首元からするりと長く細い肢体が姿を現した。
そこには赤いまだら模様をした美しいヘビがいて、爬虫類独特の瞳で私とアオを見ていたのだ。
「驚かせてしまったら申し訳ありません、この子はヘビ型の守護精霊なんです」
にこりと口元に笑みを浮かべたアルバートだが纏う雰囲気からはそんな和やかな感じはしなかった。相変わらず瞳は長い前髪に隠れていて見えないし、今も本当はどこを見ているのかもわからない。……ただ、なんとなくドラゴン姿のアオを見ているように思ったのだ。それも決して好意的ではない視線で。
私はついアオを抱き締める腕に力を込めた。するとアオは何かを察したのかトカゲの姿に戻り、私の腕の中にすっぽりと収まったのだが、魔力の使い過ぎで疲れたのか少し震えているようだった。
「先日は守護精霊はお連れではなかったですものね。名付けはされているんですか?」
自分の守護精霊にわざと名前をつけない人もいる言うし、付けていても教えたくない人もいるだろう。名前は人間と守護精霊の繋がりを深く表すものなのだ。もしかしたらアルバートはそっち系かもしれないと思っていた。それに、今はなんとなくアオから話題を逸ららしたかった。
「ええ、名前は“ニョロ”です。僕はこの子の滑らかな動きがとても気に入っているのでそこから名前を付けました。フィレンツェア嬢のように青いから“アオ”なんて安直な名前は付けませんので」
あっさりと名前を教えてくれた上に、なぜか私のネーミングセンスを馬鹿にしてきたのだ。アオに話題を戻されたようにも感じた。
「……アオの名前の由来なんてあなたに教えましたっけ?」
「たぶんそうだろうと思っただけですよ。そんなことよりも……一体あなた達は学園内で何をしてるんですか?」
アルバートの指が地面を指す。ケンカを売られているような気もしたが、どうやらノーランドとの事を見られていたようだったが、トゲトゲした言い方には怒りが含まれていると感じた。
「目撃したのが僕だったからよかったものの、他の人間に見られていたらどれだけ騒ぎになると思っているんですか?……トカゲくんも魔力があれだけ上がったんだから周りから自分たちの姿を隠す結界を張るとかなんとでもやりようがあったでしょうに、それをあんなに堂々と……いくらなんでも軽率過ぎる。殺気立った気配に気分が悪くなりましたよ」
アルバートの声が一瞬鋭くなると、アオの体がまたもやビクッと震えた。
「ア、アオは私を守る為には仕方無くやってくれたんです!それに、実は以前にも丸飲みにしちゃった事があるけどちゃんと無事だったし「今回は前回の比ではないですよ」え?」
「とうやら僕はトカゲくんの事をかいかぶっていたようです。自分の欲に忠実なのはいいですが、まさかここまで暴走するとは……。フィレンツェア嬢を守るナイトが聞いて呆れますね。トカゲくん、結局君は────
「────え?」
アルバートのその言葉に、ドキリとした。
その言葉がアオの事を指し示すのがわかったが、アオが闇落ちをしたのはあくまで前世での出来事である。聖女だった私の聖なる力で浄化されて、この世界で精霊として生まれ変わったアオにはもう闇落ちなんて関係ないはずである。
「
アルバートはアオに怒っているようだった。緊張した空気が流れる中でアオの体の震えが止まらなくなっていく。
なぜアルバートが、闇落ちについて詳しく知っているのか。それに精霊が闇落ちするなんて聞いたことがない。私が知らないだけといえばそれだけなのに、でもアルバートはまるで自分もよく知っているかのようにため息を吐いたのだ。
『ぼ、僕は……僕は……』
「とにかく、この地面の男は僕がなんとかします。このままでは死んでしまいますから……今はトカゲくんの魔力が強すぎて仮死状態になっているようですからね」
「えっ?!そんな、アオは口では色々言ってても人間を殺したりなんてしないわ!」
私が思わずそう叫ぶと、アルバートの腕に巻きついていたヘビの守護精霊が『シャーッ!』と牙を剥いた。その縦長の瞳孔に怒りの色を感じ取り、思わず体が強張ってしまう。
アルバートがアオに怒っているのなら、このヘビは私に対して怒っているのだ。
「とりあえず、ここは僕に従ってください。僕だってトカゲくんのことは気に入っているので今回は助けます……僕の守護精霊の頼みでもありますしね。でも────」
アルバートは開きかけた口を閉じ、私に「フィレンツェア嬢、そろそろ昼休み時間も終わりますよ。僕もすぐに追いかけますから、先に教室へ行っていてください」と促してきた。私が何か言おうとすると小さな袋を手渡してくる。そこには幾つかの飴玉が入っていて、それはこれ以上は話すことはないという態度に見えて私は従うしかなかったのだった。
「……わかりました。お願いします」
「あなたの頼みならば、喜んで」
***
肩を落としながら立ち去るフィレンツェアの背を見守りながらアルバートはポツリと呟いた。
「……神様、あなたはどこまで予想していたんですか?」と。