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第67話 アオが消えた日


 それからアオは体を震わせたまま何も言わなかった。




 残りの授業を受けている間もカバンの中で丸まっていて休憩時間な話しかけても返事もしてくれない。それを見て周りのクラスメイトが「“加護無し”の悪役令嬢は、とうとうペットにまで嫌われたようだ」と陰口を叩いてきたが私にとってはどうでもいいことだった。


 遅れて戻ってきたアルバートにあの後の事を聞いたが「大丈夫ですよ」と誤魔化されるし、結局アオについての事もあれ以上は教えてくれない。アルバートの守護精霊にも敵意を向けられたままだ。



 そして放課後。様子が変だと、グラヴィスが私を呼び止めてきた。そして、午前中の合間にノーランドが学園に来ていてグラヴィスのところへ現れたのだと言う。



「あいつは俺の幼馴染みなんだ。昔から思い込みが激しい馬鹿だったが根は悪い奴ではなかったんだが。しかしルル……いや、どうやら女性絡みで問題を起こしたとかで結局退学になったんだ……その、ノーランドが君に暴言を吐いた上に暴力まで振るったと本人から聞いて……。それからさっき学園に連絡がきたのだが、ノーランドが街の修道院の前で倒れていたそうだ。もう侯爵家からは除籍されているそうだし、これからは平民になるからもう君に関わる事はないと思うが……ノーランドの代わりに謝罪させてくれ。俺は幼馴染みとして大人として、もっとあいつに厳しくするべきだった」


 グラヴィスのライトブラウンの瞳が申し訳無さそうに陰っていた。たぶんグラヴィスにとってノーランドは幼馴染みとしてはそれなりに大切な相手だったのだろう。


「いいえ、私は大丈夫です。それにあの噂の事をおっしゃっているのなら、はずですから暴力なんてそんな……。確かにハンダーソンさんと一緒の時に多少は悪く言われましたけれど、それはいつもの事でしたし。もう関わらないのならばそれだけでじゅうぶんですから、先生からの謝罪は必要ありません」


「フィレンツェア・ブリュード嬢……。そうか、ありがとう」


 もしかしたらグラヴィスは私とノーランドの間に何があったかをなんとなく察しているのかもしれないが、私の意を汲んでくれたようだった。


「それから、これは俺のお節介なので聞き流してくれていいのだが……アルバート・エヴァンスと友達になったと言っていたよな?こう言ってはなんなのだが、彼はその……変わっているんだ。だから油断と言うか、気を許しすぎない方がいいと言うか……とにかく変わり者だから、気をつけた方がいいかもしれない。もしかしたら、なにかトラブルに巻き込まれるかもしれないからな……。とりあえず今日はまっすぐ帰りなさい。顔色が悪いぞ。その、もし困ったことがあったらいつでも俺に相談したらいい」


 グラヴィスが視線を下げながら咳払いをして、ずり落ちそうになった眼鏡を指で押し上げた。私のことを“加護無し”だからと差別せずに教師として相談に乗ってくれるということなのだろう。


 それにしても、今はグラヴィスの方が困っているように見えるがアルバートはなにかやらかした過去でもあるのだろうか?でも確かに、ちょっとどころか全部変わっているとしか言いようがない人物ではある。秘密を探るどころか、秘密と謎しか出てこないのだから。


 未だ隠されたあの瞳で、アルバートは私が知っていることも知らないこともすべて見透かしているように思えたのだ。


「……お心遣いありがとうございます、シュヴァリエ先生」



 本当ならもっと喜ぶ状況のはずだった。


 グラヴィスの様子から見て、もはやルルに興味を示す兆候はない。ノーランドはルルから見捨てられた。これで逆ハーレムルートは完全に潰れたし、各攻略対象者のルートがふたつも消えたのだ。ジュドーは隣国の王族だしヒロインへの関心も強いようだから手間取るだろうが好感度はジェスティードの方が上のはずだ。ここまでは上手くいっているのである。


 でも、アオの事を考えるとどうしても浮かれた気持ちにはなれなかった。



 アルバートにもっとちゃんと聞くべきだろうか。なぜ闇落ちについてそんなに詳しく知っているのか、なぜそんなにアオの事を怒っているのか。アオは何にこんなに怯えているのか……でもきっと答えてはくれないだろうとも思った。



 そして迎えの馬車に乗り込んだ時に護衛と御者が神妙な顔をしていた事に気付いた。何か話しにくい事を知っているような……。


「あ!……ねぇ、もしかして密偵が────」


 ふたりの様子を見て、私を見守る為に学園の様子を探っている密偵の存在を思い出した。きっと今日も私がいた辺りを見ていたはずだ。


「フィレンツェアお嬢様、それはここでは言えません。公爵家で奥様達がお待ちですので……」


「……わかったわ」


 私はアオが入っているカバンをそっと抱き締めた。少しでも何かがわかれば、アオの不安がっている理由もわかるかもしれないと思ったのだ。





 公爵家に到着するやいなや、侍女にお願いしてカバンごとアオの事を頼むと私はお母様とお父様のところへ急いだ。もしかしたら何かわかるかもしれないと、気が急っていたのだ。



 その時の事を、後に私はとても後悔することになる。なぜアオから離れてしまったのか。返事が無くたってカバンから出てこなくったってずっと抱き締めておくべきだったのだ。と。







 その日の夜。アオの分の食事を持って部屋に戻ると────そこにアオの姿は無く、気配すらも消えていたのだ。


 ベッドの上に、1枚の青い鱗を残して。











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