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第69話 始まりの失敗②

「俺にはやっぱりルルが必要なんだ。フィレンツェアとは必ず婚約破棄するから待っていてくれ。教会でのボランティア活動が功績として認められればルルとだって結婚出来るかもしれない。だから今は勉強よりもそっちを頑張って欲しいんだ。でもまだ、誰にも内緒だよ?フィレンツェアにバレたら邪魔されるかもしれないからね……」


 そう言われてあたしは涙を流して喜んだ。それからもジェスティードと結ばれる為にあたしはひたすら頑張ったのだ。どんどん残酷さを増すイジメにも耐えて、勉強もそっちのけで教会に通い詰めた。セイレーンが面白がってくれているうちは良かったが、飽きてきたらそうはいかない。セイレーンをなだめなから魔法を使ってもらっていたので心身共に疲労を感じ始めていた頃、異変が起こった。


 ある日から、セイレーンがあたしの前から消えてしまったのである。セイレーンがいなければ治癒魔法は使えない。あたしは慌ててジェスティードの元へ相談しに行ったのだが、ジェスティードから返ってきた言葉はあたしやセイレーンを心配する言葉ではなかった。



「フィレンツェアと正式に結婚する事が決まったんだ。だからルルはもういらないよ」


 ジェスティードは、やれやれと言うように肩を竦めてそう言ったのだった。


「え……なんで……。だって、フィレンツェア様とは必ず婚約破棄するって……」


「ははっ、ルルは馬鹿だなぁ。王族と公爵家の婚約がそんな簡単に破棄出来るわけがないじゃないか。それに君は────犯罪者になってしまったからね。犯罪者の血を王族の血筋に混ぜるわけにはいかないだろう?というか、男爵令嬢の身分で本当に王子と結婚出来ると思っていたのか?俺を王太子にする為の後ろ盾にもなれないくせに」



 犯罪者?あたしが?



 意味がわからず呆然としているとジェスティードはにっこりと笑った。でもそれはあたしが好きになった笑顔じゃなくて、まるで別の人の顔のように見える。


「実はね、ルルにお願いしていたボランティアなんだけど……あそこは密輸組織が奴隷を集めている秘密の場所なんだよ。とある国がね、精霊を捕まえて閉じ込める事に成功したんだ。そこで例えば守護精霊を捕まえて人間から引き離したらどうなるのか……人為的に“加護無し”を作ったらどうなるかって実験をしているんだよ。“加護無し”の平民なら人権なんて無いも同然の奴隷だ。俺はその実験材料を集めていたんだよ」


「……ど、れい?あの人たちが、加護、無し……?」


「そう言えば、君はその奴隷達から“聖女”と崇められていたみたいだけど……あまりに盲目的に君を求めていて、まるで新しい宗教家のようで怖かったよ。ちなみにそんな行為を国が法律で厳しく禁じられているんだって知っていたかい?学園の生徒でありながら碌に勉強もせずに怪しい宗教を立ち上げた罪は重い。それにしても、あんなに守護精霊がいない人間ばかりだったのに本当に気付かなかったなんて、やっぱりルルは馬鹿だなぁ……。ちゃんと勉強しないからそうなるんだよ」


「な、なにを……言っているの……」


 ジェスティードの口から出てくる言葉はどれもよくわからなかったが、あたしを見るジェスティードの目にはもう愛なんて欠片も感じられなかった。そしてこれまであたしに愛を紡いでくれていた口から最後に出てきた言葉はあたしを地獄へ突き落とす言葉だったのだ。


「ルルのセイレーンもすでに捕まえたから……君もこれで立派な“加護無し”さ。もう魔法は使えないね、さようならルル」


 そうしてあたしは犯罪者として捕まった。希少な精霊魔法を悪事に使ったと責め立てられ、ジェスティードがセイレーンを救うためにあたしから引き離したのだと発表したのだ。


 あたしから助けられたはずのセイレーンが小さな籠に押し込められ泣いているのに、人間達のその目には何も見えていないのか。


 あたしがジェスティードの真実を話しても誰にも信じてもらえないどころか王家を陥れようとしているとさらに罪が追加された。王家への反逆とみなされ、あたしには首切りの刑にされることになってしまった。


 あたしはそのまま処刑されることになった。そして断頭台に上がるあたしの元へ険しい顔のフィレンツェアが現れてひと言呟いたのだ。


 その言葉は、ギロチンの刃があたしに到達すると同時にあたしの耳へと届いた。「あなたも私と同じ……憐れね」と。


 すると、どこからとも無くピロン!と音が鳴り……その瞬間、“世界”が止まった。



 周りの風景がセピア色に染まり、白黒が反転していく。そしてあたしの足元から音を立ててひび割れが広がると────あたしの首と体は深い闇へと堕ちていったのだ。



 頭に響くように『これは失敗だね!こんな性格悪い王子なんて最悪だし、これじゃ世界観がめちゃくちゃだよ。どこで間違えたのかなぁ?さて、どこからやり直そうか……』と言う声と、空に浮かぶ〈GAMEOVER! 攻略に失敗しました。ジェスティードルートBADEND〉と言う歪んだ文字を見つめながら。



 次に目が覚めた時、あたしの体は記憶よりひと回り小さくなっていた。まるで悪夢でも見ていたかのようだが、うるさく跳ねる心臓の音がは現実だったと訴えている。



 あたしはジェスティードに利用されたんだと知った。ただ尽くしてくれる都合の良い道具として……。


 あの時の声や空に浮かんでいた文字がなんだったのかはわからないが、どうやらあたしはあの時に死んでしまったらしい。そして数年前に戻っているようだった。周りの人間はもちろんセイレーンにもあたしと同じ記憶は無かったがあたしはそれでも神様に感謝したのだ。


 きっと、かわいそうなあたしを助けるために神様が奇跡を起こしてくれたのだろうと喜んだのだが……。




 それが1回目────あたしの身に起こった悪夢よりも恐ろしい異変の始まりに過ぎなかったのだ。









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