「……やっと会えた」
そんなアルバートの呟くような言葉に、“私”の口角がほんのりと上がるのがわかった。
目の前に
────これは“フィレンツェアの視界”だ。
そこにはなにやら嬉しそうにしているアルバートの顔が映っていて、特に前髪に“フィレンツェア”の視線が集中しているようだった。
あの時、いつもは頑なに前髪で隠されていたアルバートの瞳が見えた瞬間。あの一瞬で小さなフィレンツェアが私を押し退けて前へと出てきたのだ。
────それにしても。
見えてしまったアルバートの瞳の色に動揺したとはいえ、こうも簡単に小さなフィレンツェアに入れ替わられるとは思わなかった。これまで気持ちを引っ張られる事は多々あったけれど、まさか本気で小さなフィレンツェアが引きこもりをやめるとは思っていなかったのだ。だからこそ、小さなフィレンツェアを突き動かしたアルバートの存在が不思議でならなかった。
……アルバートのあの瞳は、はっきりと赤く色付いていた。
いや、“赤い色系統の瞳”自体は存在する。でもそれはもっと明るい……ピンク色やオレンジ色、またはそれに近い赤色だけだ。あんな────“赤黒い血のような色をした瞳”は小さなフィレンツェアの記憶にも、もちろん神様からの情報にも無いものだった。
なぜならば、神様が“血の色”をあまり好んでいなかったからだ。それに私自身も“血”を見るのは苦手であった。聖女時代の嫌な思い出とも重なるし、神様もそれを知っているのだ。……だって神様は、私が本気で嫌がることはしないでいてくれたから。いつもふざけていて馬鹿みたいな事ばっかりしていたけれど、神様はずっと私を気遣っていてくれた。
だから、そんな“血の色”だとわかる色をわざわざゲームの登場人物の瞳の色に使うなんて考えにくいと思った。もしも神様が私にも何も教えずに“わざと”アルバートの瞳の色をそうしたのだとしたら、きっとそれはとても重要な役割りを持っているからだろう。だとしたらアオの事を知っているのも納得である。
しかも……その重要人物だろうアルバートに、小さなフィレンツェアがこんなにも反応したのだ。これまで小さなフィレンツェアが私に隠していた秘密と関係しているに違いないと思った。
私としては早くアオに関しての事の話をしたいのに、画面の中の視線はずっとアルバートを見つめているままだ。それにもう瞳は見えないがアルバートも小さなフィレンツェアを見つめ返しているように見える。さっきまでの雰囲気とは全く違うアルバートの態度も不思議でしかないのだが、私はなぜか妙に甘酸っぱい空気を漂わせる小さなフィレンツェアとアルバートの様子にどうしたものと頭を悩ませるしかなかった。
すると────これまで隠されていた小さなフィレンツェアの気持ちが少しづつ私の中に伝わってきたのである。
【私にはずっと隠し続けてきた秘密がある……これは、もう一人の私にも絶対に内緒の秘密なのに……。でも、アルバート様を目の前にしたらもうこの気持ちに我慢は出来ないわ】
響くように伝わってくる小さなフィレンツェアの強いの感情。するとフィレンツェアの視界の画面の横にひと回り小さい別の画面が突如現れたかと思うとそこには“フィレンツェア”の姿が映し出されたのだ。どうやらこちらはフィレンツェアの過去の記憶を映し出しているようだった。
【私は
そこに映るのは、まだ私と入れ替わる前の“フィレンツェア”だ。いつも険しい顔をして、笑う事など決してないフィレンツェアの姿だ。
【
でもその時の私は……みんなに笑われて陰口を言われて、私は悔しくて悲しくて……でも“加護無し”であることを言われたら反論出来なくて……その場から逃げるようにして立ち去ったわ……】
すると、画面が一瞬乱れて別の場面を映し出した。フィレンツェアの視界の方の画面は変わりなくアルバートと見つめ合っているのに、過去の画面の方は目まぐるしく映像を変え出したのだ。
この過去の思い出の映像が他者目線なのはゲームの仕様なのだろうか。俯き下唇を噛むフィレンツェアの姿は痛々しいほどだった。このフィレンツェアの姿がゲームとして当然の姿なのだと言われたら……悲しい。
だって“フィレンツェア”は────やっぱり私なのだ。
悪役令嬢だからと、ゲームのキャラクターだからと、どれだけ言われても……転生した時点で私とフィレンツェアの魂は同じだ。小さなフィレンツェアが、私のような魂が自分に転生してきてどう思ってるのかはわからなかったけれど……なんだかんだと上手くいっていた気がしていたから。
そして、またもや画面が変わる。
フィレンツェアが涙を堪えて走る姿。そして────。
【それから、学園はとても広くて人があまり立ち寄らない場所がいくつかあると知っていたからそのうちのひとつに行って木陰の茂みに座り込んだわ。本当なら公爵令嬢がそんなことをしてはいけないのだろうけど、その時は泣いて喚くのを我慢するのに必死だったのよ。そんな事する気もないくせにどんな報復をしてやろうかなんて考えて気を紛らわせないと心が壊れてしまいそうで、もうギリギリだったの。周りからは散々言われていたし、確かに権力とか財力を駆使はしたけれど……でも努力したのに、結局は“加護無し”だからって言われて終わりなんだもの。私にだって守護精霊がいればこんな事しなくても誰かに愛してもらえたのにって、私を守護してくれない精霊を心底恨みもしたわ。……そんな時よ】
────フィレンツェアは、アルバートを見つけたのだ。アルバートは名前くらいしか知らないクラスメイトだったが、唯一フィレンツェアを「“加護無し”のくせに」と馬鹿にしてこない人間でもあった。あの黒髪がなんとなく苦手で避けてしまっていたけれど悪い感情はない。フィレンツェアにとってアルバートはそんな人物だった。